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Tue, 19 November 2024
特集
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今だからこそ問いたい「伝統」の意味 ロンドンのトラディショナル・ショップ
伝統と格式の街、ロンドンにも、確実に時代の波は押し寄せる。今、ロンドンにある店のどれだけが、10年後にも残っているだろうか。ありのままの姿を守り続ける店、親から子へと受け継がれる店、そして時の流れとともにその形を変えつつも、残すべきものを残していく店 − 今回はロンドンに息長く存在し続ける店を取り上げた。世界的な不況が国中を暗く覆い尽くす今だから問いたい。「伝統」を守る、その意味とは。
(村上 祥子、中井亮太)

shoe「贅沢」の本質を知る店
John Lobb

「贅沢」という言葉の本質を知ることのできる場所。それがジョン・ロブ、オーダーメイドの靴屋として、その名を知られた店である。吹き抜けになった高い天井、重厚感溢れる店内。まるで小さな美術館に足を踏み入れたと錯覚を起こすかのような空間の中央に置かれたガラス・ケースには、靴のサンプルが恭しく展示されている。地下には、壁一面を覆い尽くす靴の木型の山と、10人ほどの職人が作業を行う工房。上階とは全く異なる、妥協を許さぬ厳しい空気がピンと張りつめる。オーダーから完成までにかかる期間は、約6~7カ月。費用は2000ポンド前後。不況が世を襲うなか、こうした買い物を高いと見るか、妥当とみるか。その答えは、かつては自身も職人として働いていた経営者、ジョナサン氏の「制作期間を長いとも、この値段が高いとも思いません。我々はそれに見合うクオリティの高い靴を、一人ひとりのお客様のためにつくっているのですから」と言い切る言葉と、半年もの期間を経てつくられる靴の中にあるのかもしれない。

John Lobb
9 St. James’s Street London SW1A 1EF
Tel: 020 7930 3664
www.johnlobbltd.co.uk

John Lobb
John Lobb

上写真: 落ち着いた空気が 流れる店内のガラス・ケースに飾られたご自慢の靴の数々。店内に置かれた靴はすべてサンプルだ。左: 前 後左右、どこを見渡しても木型の山。右: 揺るぎない自信が微笑みから滲み出る ジョナサン氏。

hat英国紳士の「粋」を知る
Bates

帽子を被るということは、日本人、特に男性にとっては非日常的な行為であろう。しかし、英国人紳士にとって帽子は必需品。英国人の心意気を肌で感じるには、自分にしっくりと馴染む帽子を一つ、選ぶことが早道かもしれない。ジャーミン・ストリートに100年以上 もの長きにわたって店舗を構えるベイツ。薄暗く、こじんまりとした 店内の壁には、一分の隙もないほどに帽子が積まれているが、温かみのある生地の質感と色合いが、圧迫感を覚えさせない。シルクハットやソフト帽、シャーロック・ホームズの代名詞ともなっている鹿打帽にカジュアルなツイード・キャップなど、帽子の種類は千差万別。「どれだけの帽子があるか、自分でももう分からないよ」と苦笑するのは4代目オーナー、ティムさん。いかにも英国紳士らしい渋みに溢れているが、一方で自分の愛用の帽子を取り出してきてはさっと被りポーズを取ってくれる、無邪気な人でもある。まるで体の一部であるかのように颯爽と帽子を被りこなす姿に、伝統を守る頑なさだけでなく、ユーモアと余裕を併せ持つ英国紳士の「粋」を見た。

Bates
21a Jermyn Street, St James’s London SW1Y 6HP
Tel: 020 7734 2722
www.bates-hats.co.uk

Bates
Bates

上写真: 1921~26年に同店のマスコット猫として活躍していたブリンクス君の剥製。左: 外観は思ったより小さめ。右: お茶目でダンディーなオーナー、ティムさん。これぞ英国紳士。

umbrella質実剛健に終わらぬこだわりの数々
James Smith & Sons

雨の街、ロンドンに何よりもしっくりとくる店とも言えるのがこの「ジェームズ・スミス・アンド・サンズ」。創業1830年、老舗の傘・ステッキ屋である。客層は、海外からの旅行客から、磨きこまれた愛用の杖の修復に訪れた常連客までさまざま。どっしりとした木の柄を持った、黒や茶を基調とした無地のシックな傘が並ぶなか、目に付いたのは、「seat stick」と書かれた一角。散歩や狩猟で一休みしたいとき、椅子に早変わりするステッキなのだというが、見た目には何ら他の製品と変わりない。発想そのものが英国的ならば、決して派手ではないがこだわりの心は忘れない、その心意気もいかにも英国らしい。俗ながら最も高価な傘は、と尋ねたところ、店員のアーノルドさんが持ってきてくれたのは、一見何の変哲もない黒い傘。「この傘は2000ポンドする。柄に使っているのがスネークウッドなん だ。ヘビ柄にも見える木目が実に美しいだろう?」時代を問わず愛され続けるこの店には、質実剛健の精神の中に息づく、目には見え ないこだわりの数々が溢れている。

James Smith & Sons Ltd
Hazelwood House, 53 New Oxford Street London WC1A 1BL
Tel: 020 7836 4731
www.james-smith.co.uk

James Smith & Sons Ltd
James Smith & Sons Ltd

上写真: 見るからに老舗の雰囲気を醸し出す店内。左: 女性向きの色鮮やかな傘もある。右: これが 「seat stick」。ステッキの取っ手部分を開くと、椅子の座席部分になる。

yacht飛び地のような静謐な空間
Arthur Beale

「何故、ロンドンの中心地にこんなお店が?」と驚きながら入店する人が後を立たないという船舶小物の専門店。ヨットが描かれた看板に水色の壁、店内に吊るされた浮き輪など、海辺の街のマリン・ショップを思わせる爽やかな外観が目を引くが、中に入れば一転、船舶用金具やロープといった実用的な専門用具が整然と並べられている。店の創業は今から約110年前。「こんな場所に何故、と驚く人がいるが、考えてもみてほしい。100年以上も前、この辺りはテムズ河の交易で栄えていたんだよ」と微笑みながら言う高齢の店員の言葉には思わずこちらも納得。現在の顧客は主に、海辺に船舶を所有するロンドナー。意外なところでは、ウェストエンドの劇場も上得意なのだとか。何でも舞台装置には、船舶用の頑丈なロープがぴったりなのだという。まるで飛び地のように、ここだけ海辺から切り取られてきたかのような空気感を持った店は、その存在意義を少しづつ変えながら、今もロンドンの繁華街にひっそりと佇んでいる。

Arthur Beale
194 Shaftesbury Avenue London WC2H 8JP
Tel: 020 7836 9034

Arthur Beale
Arthur Beale

上写真: マリン・ショップのような外観とは全く異なり、実用的な商品が並ぶ店内。 左: 海と言えばやはりこれ。ボトル・シップも飾られている。右: 丈夫な紐やロープはロンドン内の劇場でも人気。

cafe一族の温もりに包まれるひととき
E Pellicci

昨年12月、ロンドン東部にある小さなカフェに、著名人を含む多くの人々から、ある人物の死を悼む声が寄せられた。亡くなったのはネヴィオ・ペリッチさん、83歳。1900年創業、ロンドンで最も古いカフェの一つと言われるE・ペリッチの名物オーナーだった。第二次大戦後、ロンドンには2000軒ものイタリアン・カフェがあった。しかし有名チェーン店進出の影響で、現在も営業を続けるのはわずかに500軒前後。そんななか、E・ペリッチは今でも家族経営の形態を守り続ける、数少ない店である。店内で印象的なのは、ネヴィオさんの母、エリデさんが腕利きのイタリア人職人につくらせたというアール・デコ調のモザイク木壁。レジの奥には一族の写真がずらりと並び、正面には、エリデさんを称え「EP」と記されたプレートが飾られている。料理は先代オーナーの奥さん、マリアさんの担当。40年間、その味は変わっていない。名物オーナー亡き後も、ペリッチ一族の家庭の温もりは、この小さなカフェを優しく包みこんでいる。

E Pellicci
332 Bethnal Green Road,
Bethnal Green London E2 0AG
Tel: 020 7739 4873

E Pellicci
E Pellicci

上写真: アール・デコ調のインテリアが独特の雰囲気を醸し出す店内。なんと歴史的建築物保存を目的とする政府機関、イングリッシュ・ヘリテージ のグレードⅡに認定されている。左: ランチ・メニューは5~6 ポンドで ボリューム満点。右: 料理担当のマリアさん。

meat時代とともに変わるもの、変わらないもの
Allens of Mayfair

アレンズ・オブ・メイフェア。その名が示す通り、ロンドン屈指の一等地メイフェアにある肉の専門店である。一流ブランド・ショップと見紛う豪奢な外観、クリーム色と深緑色のテラコッタ・タイルの壁と、すっきり片付いた広々とした店内。この店は、一般に言うところの肉屋のイメージからはかけ離れた雰囲気を漂わせている。店内中央には、15年間使い続けているという八角形の巨大な肉切り台。1日2回、表面を削っているというこの台は、生肉を扱っているというのにあくまで清潔で滑らかだ。客は360度、どの角度からでも、自分の手にすることになる肉が切り取られていく様を見ることができる。商品はほとんどが国内産。スコットランド産の牛肉に放牧豚、独占契約を結んだ養鶏場から運ばれる七面鳥と、店の名物ともなっている狩猟鳥 ──。創業、1830年。以来、同じ地で肉屋を営み続けるこの店は、時代の変遷を経て、幾度かその持ち主を変えてきた。しかし、アレンズの名とともに、商品に対する絶対的な自信が変わることはないのだ。

Allens of Mayfair
117 Mount Street, Mayfair London W1K 3LA
Tel: 020 7499 5831
www.allensofmayfair.co.uk

Allens of Mayfair
Allens of Mayfair

上写真: エレガントな外観にぶら下げられた巨大な生肉の組み合わせがなんともミス・マッチ。左: ゆるやかに湾曲している八角形の肉切り台。右: 商品には生産地・国を明記。

coffeeロンドンに薫り高いコーヒーを
Algerian Coffee Stores

世界各国にコーヒーや紅茶を輸出する専門店、その言葉だけを頼りにこの店を訪れたら、きっと驚くことになるだろう。赤い壁に赤い庇の小さな店舗。10畳ほどの店内は、ともすれば古びた食料雑貨店かのような印象を与える。しかし、棚にところ狭しと置かれた商品の数々をよく見てみれば、すぐにその当初の印象が誤りであったと分かるはずだ。瓶詰めされた数々のコーヒー豆や茶葉には手書きのラベルがきっちりと貼られ、大きな木のボードには、取り扱い商品名がぎっしりと記されている。店の一角にあるのは、淹れたてのコーヒーを楽しめるコーナー。立ち飲みもしくは持ち帰りのみだが、その価格はエスプレッソ70ペンス、カプチーノが95ペンスと、驚くべき安値を守り続けている。100種以上のコーヒーと160種以上の紅茶を揃えているというこの店が誕生したのは1887年のことだという。街の至るところで気軽にコーヒーを楽しめるようになった昨今。しかしそれよりはるか以前からこの店は、ロンドンの片隅で、コーヒーという新しい文化の薫りを漂わせていたのである。

Algerian Coffee Stores
52 Old Compton Street London W1D 4PB
Tel: 020 7437 2480
www.algcoffee.co.uk

Algerian Coffee Stores
Algerian Coffee Stores

上写真: ガラス瓶にきっちりと仕分けされたコーヒー豆と大きな商品ボー ド。左: エスプレッソ70ペンス、カプチーノ95ペンス。昔ながらの驚きの安値が嬉しい。右: コーヒー・マシンからはコ ーヒーの香味が立ち昇る。

coffee労働階級の人々のソウル・フード
A. J. Goddards

英国を代表する料理、と言えばフィッシュ・アンド・チップスを思い浮かべる人が多いだろう。しかし昔、ロンドン東部に住む労働者階級の人々にとってのソウル・フードはパイ・アンド・マッシュだった。テムズ河の交易により、新鮮な食材が市場に届けられたこの地では、その食材の余り物を使った牛肉やウナギのパイが手軽に食べられたのである。1890年にオープンしたゴッダーズでは、現在でも2.40ポンドという手軽な値段で、パイ・アンド・マッシュを味わうことができる。中身は牛肉のみ。「それほど高価な肉を使っているわけじゃないけれど、パイを美味しくする秘訣があるんだ」と笑うのは、3代目オーナーのクリスさん。その秘密は何か、尋ねてみると、「秘密は秘密さ。日本人だって、自分たちの優れた技術を、他人には教えないだろ」とにやり。パイに舌鼓を打っていた常連客が一斉に大笑いした。変わることなく受け継がれる下町の味。伝統とは、高級品だけでなく、どんなものにでも宿る、後世にまで伝えたいと願う人々の意志なのだ。

A. J. Goddards
203 Deptford High Street London SE8 3NT
Tel: 020 8692 3601

A. J. Goddards
A. J. Goddards

上写真: 焼きたてのパイを手に、にっこり笑顔のオーナー、クリスさん。左: ソースの種類はグレイビーとリカーの2種類。このボリュームで2.40ポンド。右: 店内には、同店の歴史が記された新聞記事が飾られている。

 

*商品の品ぞろえ、価格等は取材時および記事掲載時のものです。予告なく変更になる場合もありますのであらかじめご留意ください。

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