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Fri, 19 April 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

巨額拠出で閣外協力へ ー 与党とDUPとの合意の波紋

先月29日、メイ首相の施政方針が下院で可決されました。もし可決されなければ政権崩壊が起き、政治は大混乱に突入したかもしれません。ひとまず、ほっと一息の展開でした。

少数単独政権であるメイ政権が生き残りのために手を組んだのが、北アイルランドの保守派地方政党「民主統一党(DUP)」です。可決の3日前に保守党とDUPは閣外協力に合意したばかり。DUPはメイ内閣に閣僚を送りませんが、予算案、ブレグジットや安全保障に関連する法案の採決で協力することになります。今回の施政方針の可決も、DUPの協力があって実現しました。

保守党は現在、318議席を持っていますが、保守党議員でもある下院議長は採決には加わりませんから、これを差し引くと317議席。過半数(定員650の326議席) には9議席足りないのです。これでは政権が不安定になります。最大野党である労働党との大連立は、2大政党制が続いてきた英国では想定外ですし、ほかの野党政党(スコットランド民族党、自由民主党)は保守党との連立を望んでいませんでした。そこでメイ政権は10議席を持つDUPに協力を求めました。

北アイルランドでは長年、プロテスタント系の住民とカトリック系の住民との対立が続いてきました。DUPはプロテスタント系の政党で、1971年に故イアン・ペイズリー牧師が創設。キリスト教の教えをベースにした保守的な政策を持ち、同性婚や人工中絶に反対しています。キャメロン前政権時代に同性婚を合法化した保守党と比べると、保守強硬派と言えるでしょう。現在は北アイルランドの第1党で、英国との統合を支持しています。

一方、カトリック系政治勢力を代表するのがシン・フェイン党で、アイルランド共和国と北アイルランドが一緒になることを望んでいます。シン・フェイン党は下院では7議席を持っていますが、英国の女王に忠誠を誓うことを拒否しているため、100年以上前から登院していません。

DUPによる閣外協力を新聞メディアは批判的に報じました。「タイムズ」紙は1面の見出しに「メイは10億ポンドの賄賂(わいろ)でDUPの支持を買った」と書きました。DUPから閣外協力を得るために、保守党は北アイルランド地方に追加で10億ポンドの支援を行うと約束したからです。事実上「票を買った」わけですので、「賄賂」と言われても仕方ないかもしれません。

「保守党+DUP」連合にはいくつかの「火種」がありそうです。まず巨額拠出の正当性です。単独政権の安定化のために国庫から特定の地方にお金を拠出する可能性について、国民は総選挙前に知らされていませんでした。

また、英国では北アイルランド、ウェールズ、スコットランドに自治政府がありますが、政府はそれぞれの地域に対し「バーネット・フォーミュラ」という算出方法で出された割合で交付金を提供してきました。政府は今回の10 億ポンドはこのフォーミュラの枠には入らないと言っていますが、ほかの自治政府は納得がいきません。

北アイルランドの自治の行方への影響も懸念されます。2大勢力の間で和平合意(1998年)が成立したとき、中央政府は中立であるように定められました。現在、自治政府は機能停止状態となっており、脱稿時の7月3日時点で自治再開に向けての話し合いが続いています。政府はプロテスタント系政党に肩入れしていると思われないようにしなければなりませんが、果たして可能でしょうか。

北アイルランドではカトリック系、プロテスタント系の民兵組織がテロ行為を行った過去があります。この地域の和平が「もろいものである」と指摘したのが、保守党のメージャー元首相です(BBC ラジオ4の「ワールド・アット・ワン」、6月13日放送)。政府が中立性から逸脱しているように見えたり、いつまでも自治政府が再開されずに不安定な政治が続いたりすれば、双方の過激組織がテロ行為に及ぶ可能性をメージャー氏は指摘しました。閣外協力による思わぬ波紋が広がるかもしれません。

 
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