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Wed, 24 April 2024

政権交代か、連立内閣の誕生か 2010年総選挙を読む

2005年以来、5年ぶりの総選挙がいよいよ5月6日に実施される。4期目を狙う与党労働党と、13年ぶりの政権奪回を目指す保守党、そしてこれら主要2陣営に食い込もうとする自由民主党。昨年までは、保守党の勝利がほぼ確実と言われていたものの、過去数カ月間の労働党の盛り返しで、「大方の予測」も不可能な混戦模様が展開されている。そんなまさに目が離せない状況となっている、2010年総選挙について解説する。(猫山はるこ)

最大の争点は公共財政

ゴードン・ブラウン今回の総選挙の争点は、何といっても公共財政である。3月末発表の2010年度予算によると、2009年度の財政赤字は1670億ポンド(約23兆3800億円)と推算され、国内総生産(GDP)の11.8%にまで膨れ上がっている。これについて保守党は、財政赤字を放置しておくと、国の財政政策の信用性が失われ、景気回復が妨げられる結果につながると主張。政権を取った暁には、2010年度より早速、公共支出を削減し、次の総選挙実施(恐らく5年後)までに、構造的財政赤字の大部分を削減するとの方針を明らかにしている。

一方の与党労働党は、保守党案について、経済復興に向けた国からの支援があまりにも早く縮小されることを意味し、ようやく見え始めた景気回復の芽を摘み、不況に逆戻りさせると訴えている。同党は、4年以内に財政赤字をGDP比で半減させる方針を既に示しているが、公共支出の削減開始時期は、経済復興を優先するため、保守党より1年遅く、2011年まで待つとの方針を明らかにしている。

国民保険料引き上げを巡り議論沸騰

しかし、当然のことながら、公共支出削減は、有権者にとってはうれしくないニュースであるため、両党とも、票を失う懸念からか、削減を行う分野、その規模については明言を避けている。このため、有権者は、票を投じる政党を決める上で大事な要素となる公共支出削減の詳細が分からないまま投票所に向かう羽目になりそうだ。

デービッド・キャメロンもちろん、財政赤字削減を達成する手段には、公共支出削減のほか、増税、行政業務の効率化による経費削減などもある。政府は、そうした手段の一つとして、昨年までに、国民保険(NI)の保険料を2011年4月から1%引き上げるとの計画を明らかにしていた。しかし今年3月末、保守党がこのNI引き上げの影響を一部緩和する案を発表。すると、保守党案の財源の信憑性や、政府の計画の景気回復への影響などを巡り、産業界も巻き込んで主要政党間で議論が沸騰。選挙戦の序盤はこのニュースで埋め尽くされ、今回の選挙の最大の争点が公共財政や税制であることを改めて実感させた。

自民党との連立内閣の可能性

ニック・クレッグ今回の総選挙は、労働党の勝利が予想されていながら、最終的には保守党が4期目を達成した1992年以来、最も予測が難しいと言われている。支持率調査では、ブラウン首相の指導力の欠如や議員経費問題などが影響して2008年春頃から保守党が2けたのリードを維持し、同党の政権奪回が確実視されていた。しかし、2009年末頃から両党の差が縮小し始め、現在は結果の予測が不可能な状態になっている。そのため、起こり得る可能性として考えられているのが、労働党、保守党のどちらかが最大政党となっても、過半数の議席を獲得できず、自由民主党と連立政権を組むことである。労働党は今回、総選挙に勝利した場合、下院議員選挙の投票方法を現在の小選挙区制から「優先順位付連記投票方式」に変更する案について住民投票を行う方針を明らかにしているが、これは、かねてから小選挙区制に反対している自由民主党の考えに寄り添い、連立内閣への参加を誘うジェスチャーであると解釈されている。ちなみに自由民主党のヒューン内務担当スポークスマンは先日、ブラウン首相が党首を続けるのであれば、連立の可能性は薄いといった趣旨の発言を行っている。

英国初の党首のテレビ討論も

最後に、今回の選挙では、英国で初めて、主要3政党の党首のテレビ討論が行われることも大きな話題になっている。既に4月15日から放送が始まっており、今後は、22日と29日(共に木曜日)の夜に、テーマ別の討論が放送される。英国では、弁論の才が政治家の重要な能力の一つと考えられており、党首たちの切れのある丁々発止の応酬が期待できることは間違いない。英国政治の重要な節目となるであろう今回の総選挙をより理解し、楽しむにはまたとない機会だろう。

ブラウン政権下での支持率の変遷

ブラウン政権下での支持率の変遷

2005年総選挙での主要3政党の獲得議席数

2005年総選挙での主要3政党の獲得議席数

注:2005年の総選挙以降、選挙区の変更があったため、今回の選挙で選出される下院の議席数は650と増えている。過半数を取るには326議席が必要。

2005年総選挙の議席獲得状況マップ

2005年総選挙の議席獲得状況マップ

注:上記は、今回の2010年総選挙の選挙区の分け方で2005年の総選挙が実施されていたとしたらこのような結果になっていたという仮定の結果をマップ化したもの

主要3政党の主な政策とは

選挙戦も中盤に入り、各政党は、それぞれの政策を有権者にアピールしながら白熱の戦いを繰り広げている。それでは、各党に票が投じられるかどうかを決め、党の運命を左右するそれら政策には、どのようなものがあるのだろうか。

国内政策


・国民医療制度(NHS)の患者が一般開業医(GP)の診察 から病院で治療を受けるまでの待機期間を、最長18週間までとする。
・2015年より、すべての若者に対し、18歳までは、学校での学業を継続するか、または職業訓練を受けることを義務付ける。
・バーミンガム経由でロンドンからリーズ、マンチェスター間を走る高速鉄道を建設する。
・下院議員選挙の投票方法変更の是非を問う住民投票を2011年10月までに実施する。


・チャリティー団体、ボランティア団体、親と教師のグループなどに、「アカデミー(地方自治体の管理下にない公立学校)」を設置する権限を与える。
・IDカードの導入を中止する。
・結婚している夫婦または市民パートナーシップを結んでいるカップルを税制上、優遇する。
・ヒースロー空港の第3滑走路建設を廃案にする。
・飲酒による暴力行為などの問題の原因となっていると考えられるパブ、バーなどの自治体及び警察の取り締まり権限を強化する。




・成文憲法を導入(ただし住民投票で可決された場合のみ)し、政府の権限などについて規定する。
・IDカードの導入を中止する。
・過去に学位を取得したことがない者が学位取得のため大学に入学する場合、学費を免除する(対象にはパートタイムの学生も含む)。
・政党への献金は1万ポンド(約140万円)を上限とする。
・NHSの機関である「戦略保健局」を廃止する。
・イングランド及びウェールズで警察官を3000人増員する。

外交政策


・欧州単一通貨ユーロを原則的に支持するが、現在のところ加入の意思はない。
・欧州諸国と協働し、経済改革を推進する。
・トルコとクロアチアの欧州連合(EU)加入を支持。
・インド、中国、ブラジルなど新興国との関係を強化する。
・日本、ドイツ、インド、ブラジルの国連安全保障理事会の常任理事国入りを支持する。
・国民総所得(GNI)に対する海外援助支出割合を0.7%まで引き上げるという国連目標達成に向けた新法を制定する。


・リスボン条約(EUの新基本条約)に反対。しかし、同条約破棄の試みは行わない。
・今後、英国からEUへ権限を移譲する条約が締結される場合、条約批准の是非を問う住民投票を実施することを法制化する。
・英国のユーロ加入に反対。
・英国に関する問題の最終的な権限が英国議会にあることを法律で定める「英国主権法」を制定する。
・欧州連合基本権憲章からの英国の脱退について交渉する。
・特に中国やインドなど、欧州と北米以外の国との関係を強化する。




・英国のEU残留を強く支持。ユーロ加入も原則的に賛成。
・人身売買、テロ行為など、国境を超えた犯罪に関する政策策定で欧州諸国の先導役となる。
・欧州諸国で起訴された英国人犯罪者の権利を守る。
・EUの共通農業政策(CPA)の抜本的な改革を求める。
・海外の諜報機関によるテロ容疑者の拷問への英国の関与について、正式な調査を実施する。
・アフガニスタンへの英軍派遣は基本的に賛成。アフガンの英軍の装備を強化する。

経済政策


・4年間で、財政赤字をGDP比で半減させる。
・公共支出削減は2011年から開始。医療、教育以外の分野で支出を凍結または削減。
・2011年4月より、国民保険(NI)の保険料を1%引き上げる。
・2012年より、国民年金支給額と平均所得との連動制を復活させる。
・2011年より、価格が100万ポンド(約1億4000万円) 以上の住宅購入に課せられる印紙税の税率を5%に引き上げる。
・金融サービス庁(FSA)の金融機関の規制権限を強化する。


・公共支出削減は2010年から開始。医療、海外援助を除く全分野で支出を削減。
・次の総選挙実施までに、構造的財政赤字の大部分を削減する。
・相続税の非課税限度額枠を100万ポンド(約1億4000万ポンド)に引き上げ。
・NIの保険料引き上げの影響緩和を目的として、NIの通常の保険料が適用される所得の範囲を変更。
・2012年より、国民年金支給額と平均所得との連動制を復活させる。




・キャピタル・ゲイン税の改革、高級住宅への課税(次項参照)、法人税、印紙税などの脱税対策などによって、年間17億ポンド(約2380億円)を節減する。
・価値が200万ポンド(約2億8000万円)を超える高級住宅に対し、年1回限りの特別税を課す。
・所得税非課税枠を年間1万ポンド(約140万円)にまで引き上げる。
・失業中の若者の職業技術取得支援に9億ポンド(約1269億円)を投入。
・2012年より、国民年金支給額と平均所得との連動制を復活させる。

移民政策


・英国への出入国者を機械で自動的に記録、チェックする「電子式国境コントロール」システムを導入。
・EU外からの移民の市民権取得システムを改革する。英国に一定期間、合法的に滞在すること、英語の試験合格、福祉に頼らず継続的に自活すること、などの基準をクリアしながら、「仮市民権取得」などを含む3つの段階を通過して初めて、市民権が取得できるようになる。地域のコミュニティー活動やボランティア活動などに参加すると、市民権取得までの期間が早まる。


・EU加盟国以外の国から来る移民労働者の数に、年ごとの上限を設ける。
・学生ビザ制度の強化によって、外国人の不法滞在を防ぐ。
・不法移民と人身売買取り締まりに目的を特化した新組織「国境警備隊」を設置する。
・今後、EU加盟国が更に増えた場合、それら新規加盟国からの労働者の流入数を一時的に制限する。
・外国人の英国社会への統合を推進する。
・結婚のため英国に来る外国人に対し、英語のテストを受けることを義務付ける。




・より効果的に国境警備を行う新組織として、「英国国境警備庁」を設置する。
・国境での出国者チェックのシステムを再導入する。
・ポイント制下での外国人の労働ビザ取得に関するルールを、各地方の労働市場の事情に合わせて変える。これにより、労働力が不足している地方での労働ビザ取得をより容易にする。
・不法滞在者でも、英国に10年以上滞在している、犯罪歴がない、英語を話すことができる、などの条件を満たす場合、市民権取得の可能性を与える。

総選挙をより楽しむための豆知識

テレビのニュースで見る各党の党首やその妻、そしてキーパーソンとして活躍する政治家たち。そもそも主要政党はどういう政党なのか。知っていれば総選挙ウォッチングがもっと楽しくなる、そんな情報をまとめてみた。

労働党 The Labour Party

党史
労働者の権利擁護を目的に、労働組合運動から発展して1900年に結成(結成当時の名前は「労働代表委員会」)。国営医療サービスの創設、基幹産業の国有化、富の再分配、労働者の権利拡大などを実行。その手厚い福祉政策は、「ゆりかごから墓場まで」との言葉を生んだ。1990年代半ばからは、ブレア党首の下、「ニュー・レーバー」との標語を掲げて方針を転換し、支持層を拡大。1997年の総選挙での地滑り的大勝利へとつなげた。

党首
Gordon Brownゴードン・ブラウン(59)
判で押したような仏頂面が定番のスコットランド人。父親はスコットランド国教会の牧師。ボンボン育ちのキャメロン保守党党首との差別化を図ってか、質素な家庭で両親に勤勉・勤労の精神を叩き込まれたと発言する習癖あり。少年時代から頭脳明晰で、16歳でエディンバラ大に入学。ブレア政権時代は優秀な財務大臣との評判を欲しいままにしたが、2007年6月に首相に就任するや評価急落。プライベートでは明るい気さくな人との噂も。

キーパーソン
ピーター・マンデルソン企業・改革・技術相(56)
Peter Mandelson2008年の政界復帰以来、「実質的な首相」と言われるほど重要な政策ブレーンとして活躍している。今回の選挙戦でも、かつて2度も閣僚辞任に追い込まれながらカムバックした執念と、「暗闇の王子」との異名を取ったこともある策略家ぶりで、愛する労働党を崖っぷちから救うべく奮闘している。なお、上院議員なので自分の選挙はなし。

党首の妻
Sarah Brownサラ・ブラウン(46)
無愛想500%な夫に代わり、労働党の好感度アップに大いに貢献しているファースト・レディー。控え目で上品、かつ親しみやすい雰囲気が好かれ、「ツイッター」のアカウントはフォロワーが100万人超。昨年の労働党大会での演説で、サラさんが夫を「私のヒーロー」と呼んだときは、誰もが一瞬、ブラウン氏のダメ首相ぶりを許したとかしないとか。

保守党 The Conservative Party

党史
17世紀の清教徒革命後、カトリックの王の即位に賛成し人々が「トーリー」と呼ばれ、後に「トーリー党」として政党を形成したのが起源。伝統的な政策は、欧州に対する英国の主権確立、移民規制、犯罪に対する厳しい姿勢、国防強化、自助努力の奨励、小さな政府の実践など。しかし近年は、キャメロン党首の下、環境政策や公共サービスの改善なども重視して「人に優しい」政党としてのイメージを打ち出し、支持拡大に務めている。

党首
David Cameronデービッド・キャメロン (43)
2007年末の党首就任以来、保守党の近代化を推進し、党の支持率回復に貢献してきたとして評価されている。遊説先では、オバマ米大統領を意識したような白シャツ腕まくり、ノータイ姿で有権者たちに語りかけ、ブラウン首相にはない若さをひけらかす傾向も。裕福な家庭に育ち、名門イートン校、オックスフォード大卒業。保守党陣営では、王室の血も混じるポッシュな経歴が、一般庶民の有権者から敬遠されるのではとの懸念もある。

キーパーソン
ジョージ・オズボーン影の財務相(38)
George Osborneキャメロン党首と同じく富裕家庭出身で、同党首とお坊ちゃまコンビを組む。若さゆえか、他政党の古参政治家から軽んじられることもあり、国民保険に関する政策を発表した際は、自由民主党議員から「学生が考えたような案」と小馬鹿にされていた。労働党の選挙キャンペーンでは、歌手の名にひっかけて「ボーイ・ジョージ」と呼ばれている。

党首の妻
Samantha Cameronサマンサ・キャメロン(38)
王室の血を引く大地主の娘という真性お嬢様。高貴なお育ちのせいか、夫を全力で売り込む必死さに欠け、過去の党大会では、夫と共に演壇に上がっても露骨に「早く帰りたいわ〜」的な顔を見せることもあったが、今回の選挙戦ではさすがにしっかりサポート役を演じている。嫌味のなさで一般受け良し。2児の母で、現在妊娠中(長男は昨年病死)。

自由民主党 The Liberal Democrats

党史
トーリーに対し、反対派が結成したホイッグ党を起源とする自由党と、労働党の分派であった社会民主党(SDP)が1988 年に合併して結成。野党第2党。クレッグ党首は、昨年秋の党大会で、自由民主党を「進歩的中道左派を率いる党にしたい」と述べていた。英国では2 大政制が確立されているため、常に陽の当たらない地位に追いやられているが、最近は、テレビ討論会でのクレッグ党首のパフォーマンスが高く評価され、にわかに注目が集まっている。

党首
Nick Cleggニック・クレッグ(43)
ケンブリッジ大など3つの大学で学位を取得、5カ国語を操る秀才。欧州委員会勤務、欧州議会 議員の経験あり。2005 年総選挙で国会議員に初当選し、2007年12月、40歳で自由民主党の党首に就任。父親は大和日英基金の現理事で、オランダ人の母は第二次大戦中、インドネシアで日本軍の捕虜になった経験があるなど、日本とのつながりも。BBCが昨年行ったアンケート調査では、3分の1がクレッグ氏の名を聞いたことがないと回答した。

キーパーソン
ビンス・ケーブル経済担当スポークスマン(66)
Vince Cableテレビのニュース番組や下院での発言で、好々爺(こうこうや)的ルックスに似合わない洞察力に溢れたコメントの数々を放ち、圧倒的な存在感を見せつけている。キャリア・ウーマンの妻が選挙戦に同行してくれないクレッグ党首の傍らに常に寄り添い、「女房役」として大活躍中。労働党と自民党が連立政権を組んだ場合、閣僚入りする見込みについては否定している。

党首の妻
Miriam González Durántezミリアム・ゴンザレス・デュランテス(42)
主要3政党の党首妻のうち、今回の選挙戦にほとんど参加していない唯一の人。と言うのも、大手国際法律事務所の弁護士という立場上、夫が選挙だからと言って仕事を休む余裕はないんだとか。夫より収入が多い一家の大黒柱らしいから、文句は言わせないといったところか。スペイン人。上から8歳、5歳、1歳の3児の母でもある。

 

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