最大野党・労働党の新党首スターマー氏が抱える山積みの問題とは - コービン前党首時代の内部分裂を解消できるか
新型コロナウイルスのニュースに追われるこのごろですが、4日、その陰に隠れたような格好で最大野党・労働党の新党首が選出されました。ジェレミー・コービン党首の後任となったのは、親・欧州連合(EU)派として知られるキア・スターマー氏(57)です。影のEU離脱相として議会やメディアで頻繁に発言してきた人物なので、政治通ではない方にも「どこかで見たことがある人」だったかもしれません。
スターマー氏は1962年、ロンドンのサザーク特別地区で生まれました。父は工具製造者、母は看護師。5人の子供たちの中の一人です。「キア」(Keir)という名前は、スコットランド出身で労働党創設者の一人となったキア・ハーディ下院議員からとったそうです。
少年時から学業優秀で、グラマー・スクールからリーズ大学、そしてオックスフォード大学で学びました。10代の頃から労働党、社会主義などに関心を持っていたそうですが、大学卒業後は司法界でキャリアを築いていきます。人権問題の被告人弁護士として実績を積み重ね、2002年には特に複雑な事件の弁論を行う勅撰弁護士に。そして08年、検察局長(08~13年)にまで上り詰めました。翌年、検察局長時代の優れた仕事ぶりに対して騎士団の勲章の一つ「バス勲章」(KCB)を授与されました。
司法界を「制覇」したスターマー氏は、今度は政界に身を転じます。2015年の総選挙ではロンドンのホルボーン・セントパンクラス選挙区の労働党議員候補として立候補し、見事当選。コービン前党首の影の内閣では内相および離脱担当相を務めています。スターマー氏は英国の離脱に対しては「再度の国民投票」を主張した政治家で、残留支持の国民の声を結集することが期待されていました。そのさっそうとした身なりや理詰めの議論展開から、映画「ブリジット・ジョーンズの日記」で主人公の女性が憧れた弁護士のモデルがスターマー氏だったという噂も出ましたが、新党首としての課題は山積みです。
まず、2015年に党内左派コービン氏が党首に選出されてから、コービン支持派と党内中道派を中心とする反コービン派に分かれた労働党を統一する必要があります。昨年12月の総選挙では国民的関心事となったEU離脱問題で党内の意思統一ができず、労働党は1935年以来の大敗となりました。さらに反ユダヤ主義的という疑惑も払しょくできず、大きな批判を浴びました。
スターマー氏は党首就任直後、ユダヤ人社会に向けて謝罪しています。ユダヤ人コミュニティーの代表者らに対し、党とは独立した苦情処理の体制を設置することを約束しました。
また、派閥争いを解消し、次の選挙で勝てる労働党づくりを目指し、影の内閣の任命に取り組みました。その陣容を見ると、さまざまな人材を取り入れようとしていることが分かります。党首選の決戦を争った2人のうちリサ・ナンディー氏は影の外相、コービン氏の片腕だったレベッカ・ロングベイリー氏は影の教育相、そして影の法務長官にはファルコナー卿を配置しました。同卿は市場原理主義を取り入れた「ニュー・レイバー」運動を主導したトニー・ブレア政権で法務長官だった人物です。コービン政権を鋭く批判してきたデービッド・ラミー氏は影の司法相に収まりました。最も驚きだったのは、コービン氏の前に党首だったエド・ミリバンド氏をビジネス相に配置し、党幹部の一人としたことでしょう。
コロナ対策で大わらわの保守党について、スターマー氏は野党として「反対のための反対でなく、建設的な批判をしながらも、協力していきたい」と述べています。どこまで協力するのか、そして2024年の総選挙に勝利できるのか。労働党は新たな一歩を踏み出しました。
Labour Party(労働党)
社会民主主義を基にする中道左派政党で、保守党と2大政党制を形成。党員数は約58万人で英国内で最大。1900年、社会主義運動者や労働組合らによる労働代表委員会が発足し、06年、労働党に改称した。第2次世界大戦後、クレメント・アトリー党首率いる政権は社会保障制度の充実に力を入れた。トニー・ブレア首相(1997〜2007年)は社会民主主義に市場原理主義を取り入れた「第三の道」を選択。この路線は「ニュー・レイバー」とも呼ばれた。