第25回 ガス・電気料金凍結政策の波紋
労働党のミリバンド党首が9月24日、英南部の保養地ブライトンで開かれた年次党大会で「2015年の総選挙で労働党が勝てば、ガス・電気料金を少なくとも20カ月にわたって据え置く」と表明した。翌25日、「ビッグ6」と呼ばれるガス・電気小売大手6社のうちセントリカとSSEの株価が5%以上も急落、ビッグ6の経営トップや財界、与党・保守党、そして身内の労働党からも批判が噴き出した。
英国で生活するための固定経費はといえば、住宅費、カウンシル・タックス(地方税)にガス・電気料金だ。私事で恐縮だが、我が家はnpower(親会社はドイツの電力会社RWE)と契約している。8月分の代金は104ポンド(約1万6500円)。安倍首相の経済政策アベノミクスで円安が進み、ガス・電気料金もバカにならなくなってきた。
2005年と比較するとガス料金は11.2%、電気料金は8.1%も値上がりしている。全体の消費者物価は3%しか上がっていないので、余計にガス・電気料金の割高感が目立つ。npowerの場合、11年1月にガス・電気ともに5.1%値上げ。10月にガス15.7%、電気7.2%値上げ。ガスはいったん12年2月に5%値下げされたが、11月に再び8.8%値上げ。電気も9.1%値上げされた。一方、この3年間で家計収入は平均で2.9%しか増えていない。労働党支持者でなくても、「いったい、どうなってんの」と不満をぶつけたくなる。労働党によると、ビッグ6の収益は09~10年の21億5000万~22億2000万ポンドから11~12年には38億7000万~37億4000万ポンドとなった。ガス・電気の卸値が上昇したとき、ビッグ6は消費者への料金を値上げしたが、卸値が下がっても料金を下げなかった。ミリバンド党首はここに目をつけ、ビッグ6に収益の一部を消費者に還元するよう要求。消費者は年120ポンド、企業は年1800ポンド、ガス・電気料金が浮く計算だと労働党はソロバンを弾く。
ミリバンド党首の主張には一理あるようにも聞こえるが、そもそも英国は高くなりすぎた電気料金を引き下げるため、サッチャー時代の1990年に世界に先駆け発送電分離と電力自由化に取り組んだのではなかったか。卸売市場を自由化したまま、小売価格を抑えたら、逆ざやが生じて発電事業者は電力を供給する意欲を失いかねない。
2000年の米カリフォルニア電力危機はまさに小売価格を凍結したことが発端だった。ブレア、ブラウン両首相のブレーンだった労働党の重鎮マンデルソン上院議員は「労働党の政策が逆戻りする危険がある」と批判した。自由市場に政府が介入することは、英国がサッチャー改革前に戻ろうとしているという誤ったイメージを与えてしまう。同党のジョーンズ上院議員の批判はもっと手厳しい。「今のエネルギー政策を作ったのは、ブラウン政権でエネルギー・気候変動相を務めたミリバンド党首自身だ」。
北海油田の枯渇が現実問題になる中、天然ガスの輸入コストがかさむ。送電コストも上昇し、再生可能エネルギーを促進するためのエネルギー環境税制による負担が増大。3つの要素が英国のガス・電気料金を押し上げ、20年までにさらに50%上がるという試算さえある。
労働党が次の総選挙で政権を奪還し、ガス・電気料金の小売価格を抑制すればどうなるか。ビッグ6がもうからなくなり、洋上風力発電所や原子力発電所の建設資金が市場から調達できなくなるリスクが膨らむ。それでなくても英国は老朽原発や火力発電所の閉鎖で電力不足が懸念されている。洋上風力発電所や原発の建設が遅れれば、電力危機の引き金になりかねない。
英国の歴代政権は、2020年までに30%以上の電力を再生可能エネルギーで供給することを政府目標に掲げている。その一方で、キャメロン政権は北海油田に代わるエネルギー源として安価なシェール・ガスに注目している。地球温暖化対策のため再生可能エネルギーを促進すれば電気料金は高騰する。逆に、安価なガス火力発電を多用すれば温室効果ガスの削減は難しくなる。ミリバンド党首の主張は消費者に心地良いが、破綻したときにツケを払わされるのは同じ消費者だ。日本でも原発を再稼働するか否かの選択を迫られている。どちらを選ぶかは、結局各国の有権者にかかっている。
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