1936年のライヒスマルク硬貨。表には
ヒンデンブルクの肖像が
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ドイツで最も古い歴史を誇る都市トリーアにあるヒンデンブルク・ギムナジウム(日本の中・高等学校に相当)もその一つ。同校は1916年、タンネンベルクの戦いでロシアを破った功績を認められたヒンデンブルクにちなみ、「ヒンデンブルク学校」と改名された。
それから十数年後。世界恐慌の最中に台頭したのがナチスだった。ヒンデンブルクもその勢力を抑えることはできず、1933年、ヒトラーを首相に指名した。ヒンデンブルクの死後は、ヒトラーが大統領の座も得て総統に。独裁権を掌握したその後は、皆さんもご存じの通り。
第一次大戦の英雄としてあがめられたヒンデンブルクが、ナチス・ドイツの「生みの親」となるのは、なんとも皮肉なことだが、実は75年も前から改名が検討されていたのだという。ではいったい、何という名前に変えたらよいのだろうか。
同市には「資本論」を著したカール・マルクスの生家があるので、「カール・マルクス・ギムナジウム」というのはどうだろう。いや、地元トリーア大学を「トリーア・カール・マルクス大学」と名付けようとする動きがあることから却下。それではルクセンブルク、フランスに近いという場所柄、独仏のバイリンガル教育に重点を置いている同校の方針から、両国で功績を挙げた人物にちなむというのは?そう、ルクセンブルク生まれのフランス人にして、ドイツで教育を受けた政治家、ロベール・シューマンが最適では。否、これも近くに同名の学校があるのでNG……。
「ヒンデンブルク学校」の改名案が、ここにきてようやく現実味を帯びてきたというのに、今度は命名問題が浮上。新校名が決定するまでには、まだまだ長い月日がかかりそうだ。
「Süddeutsche Zeitung Online」 "Nie wieder Hindenburg-Gymnasium"
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