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英国ニュース解説

最終更新日:2012年9月26日

英国の社会保障制度とその変革 - 元気な高齢者と定年制度廃止

元気な高齢者と定年制度廃止
英国の社会保障制度とその変革

英政府は、年齢に関わらず働ける「エイジ・フリー社会」を目指し、今般「法定定年年齢(DRA)」の廃止に踏み切った。ただ真の目的は、膨張し続ける社会保障財政に歯止めを掛けることである。英政府は、急速な高齢化に対応し得る、次世代の社会保障制度を再構築することができるのだろうか。

英国の年齢別人口比率

英国の年齢別人口比率

英国の失業率(年齢別)

英国の失業率(年齢別)

参考資料: Office for National Statistics

主要諸国の年齢差別禁止法への取り組み

EU 2000年
雇用社会問題相理事会で「雇用及び職業における均等待遇の一般枠組みを設定する指令」を採択。
● 加盟国に宗教及び信条、障害、年齢、性的志向による差別を禁止 する国内法の整備を義務付け
● 期限は2003年12月 (ただし、必要であれば「年齢」と「障害」に関する法整備は3年の期限延長が可能)
英国 2006年 「雇用均等(年齢)規則」を施行
フランス 2001年 「差別防止に関する法」により、労働法典における差別禁止事由に年齢などを追加
ドイツ 2006年 「一般均等待遇法」が成立し、年齢を含む幅広い事由による差別を包括的に禁止
ベルギー 2003年 「年齢差別禁止法」を制定
アイルランド 1998年 「雇用均等法」で年齢差別を含む幅広い雇用差別を禁止
フィンランド 2000年 憲法改正で年齢差別を禁止。翌年「雇用契約法」を改正し、続いて04年に「差別禁止法」を改正しEU指令に対応
オランダ 2003年 「雇用における均等待遇(年齢差別)法」 が成立
イタリア 2003年 政令でEU指令に対応
       
  米国 1967年 「雇用における年齢差別禁止法」が成立
  カナダ 1970年代 すべての州で年齢差別禁止法を立法化
  オーストラリア 1990年代 南オーストラリア州で初めて年齢差別禁止 法制を立法化。以降、すべての州で年齢差別を禁止

参考資料: みずほリサーチ


定年制度廃止とエイジ・フリー社会

1月13日、英政府は、現在65歳に設定されている民間企業の定年制を廃止する旨を発表した。4月から段階的に移行期間を設け、10月までには「法定定年年齢(DRA)」を完全廃止するという。これにより、英国では、原則として誰でも「生涯現役」を全うすることが可能になる。

英国内の65歳超の労働者が82万人を超えたことなどを踏まえ、英政府は「元気な高齢者」の雇用保護的な要素を含む「エイジ・フリー社会」を促進するとしている。DRA廃止は、労働者に対して引退時期に関する選択の自由を与え、更には高齢者の健康維持や収入源の確保及び技能労働者の不足緩和をもたらすなど、社会的な有益性も期待できるとしている。また、現行の公的年金支給開始年齢(男性65歳、女性60歳)に達した高齢者は、働きながら年金を受け取ることも可能であり、且つ、給付開始年齢の延期や一括受け取りを選択することもできる。但し、2020年までに年金支給開始年齢が66歳に引き上げられることも決定している(2050年には68歳までとなる予定)。

元気な高齢者は新規雇用創出に貢献?

一方、DRA廃止により、民間企業の雇用主は原則として従業員を、年齢(65歳)を理由に解雇することができなくなることから、労働者の高齢化による生産性の低下や、新規雇用創出の妨げになる可能性など、雇用の悪循環を懸念する声もある。2010年の時点で、英国では16歳から24歳までの失業率が5割以上を占めるなど、特に若年層の失業率が深刻化している。

これに対し英政府は、これまで実施してきた若年層の雇用機会改善に向けた高齢者の早期引退促進は、労働市場における高齢者の価値低下や高度な技術・技能の喪失など、社会的損失をもたらしたとする研究結果もあるとの見解を発表。高度技術や生産性の維持、また技能やノウハウの継承の観点からも、元気な高齢就労者は雇用戦略の不可欠な構成要素であり、雇用創出循環を潤す可能性なども期待されるとの見方を示している。

社会保障制度のほころびとその補正

年齢差別が原因とみられる経済的損失は、年間310億ポンド(約4兆円)に上るとする報告もあることから、英政府は、1999年「雇用における多様な年齢層に関する行動規範」や2006年「年齢差別禁止法」など、これまでにも「エイジ・フリー化」に向けた政策を実施してきた。これらの政策は、行き詰まった社会保障制度の方向転換を試みる対策でもあることを看過すべきではない。  

高齢者の失業率増加は、社会保険費や社会福祉費を増大させ、社会保障財政の悪化に拍車を掛ける。英国は、2034年には65歳以上の高齢者が人口の2割以上を占めるとされ、また、2001年には年金受給者1人につき3.32人で支えていた労働者数が、2060年には2.44人にまで減少するとの研究結果もある。「From the cradle to the grave(揺りかごから墓場まで)」との掛け声の下、近代社会保障制度の先駆けとなる制度を構築した英政府が、高齢化に伴う制度のほころびをどう是正し、且ついかに強化していくのか、その力量が試される。

From the cradle to the grave

第二次大戦後、英労働党が掲げた社会福祉制度のスローガン。「From womb to tomb (子宮から墓場まで)」とも言われる。社会保障を充実させることを目的とした「生まれてから死ぬまで国民の面倒を見る」という社会福祉国家の構想。60年代、主要諸国の社会福祉政策の指針となり、財政・金融政策に基づく完全雇用を目指す「大きな政府」が主流となるが、失業率・医療費の増加、人口の高齢化などにより、社会保障費が国家歳出に占める割合が膨張。その後、歳出と課税、政府介入などを極力抑えた「小さな政府」への転向を試みる政策が見られるようになった。

(吉田智賀子)

 

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