第296回 地中に埋められたロンドンの消火栓
毎年9月が近づくと1666年9月に起きたロンドン大火の惨事を繰り返さぬよう、シティ各地で防災キャンペーンが行われます。先日、たまたまナショナル・ギャラリーでガイド仲間のピーターと絵画鑑賞をしていると、オランダ風景画家のヤン・ファン・デル・ヘイデンがロンドン大火と関係があることを教えてもらいました。ピーターは定年まで消防士を務め、退職後に公認ガイドになり、ロンドン大火にとても詳しい人です。
ヘイデン作「アムステルダム・ウェステルケルクの眺め」ナショナル・ギャラリー蔵
ピーターによると、ヘイデンは17世紀オランダの著名な風景画家である一方、消防装備の改善にも取り組み、アムステルダム市の消防署長にもなった人です。1666年9月のロンドン大火の惨事を知り、もし建物の密集したアムステルダムで、火事が起きたらさらに大惨事になると懸念し、消防装備の改善に取り組んだそうです。特に、高圧の手動式消防ポンプや、高圧に耐えられる30メートルもの消防ホースの開発をしました。
ヤン・ファン・デル・ヘイデン
その後、ヘイデンの知人ジョン・ロフティングがロンドンに移住し、消防ポンプを改良。さらにその手動ポンプがパブでおなじみのビール・エンジンに応用されたといわれます。工場がロンドン北部のイズリントンにあったため、現在のロフティング・ロードの名称の由来にもなりました。さて、消防設備が改善されても消防用水の確保が不可欠です。アムステルダムなら運河を利用できますが、ロンドンはどうやって水を確保したのでしょう。
消防ポンプとビア・エンジンの原理は同じ
実はロンドン大火の2年後に消防法が施行され、シティの主要な場所や道路の下には木製の水道管が敷かれました。火災の際は地中を掘り、水道管に穴を開けて取水し、鎮火したら木製の栓でその穴を閉じました。19世紀に水道管が鋳鉄に代わると地上に消火栓を設け、そこから取水しました。ところが、ロンドンの狭い道では馬車が消火栓と衝突したり、人が意図的に壊したり、寒い冬に消火栓と水道管の間が凍結する事故も多発しました。
地中の木製水道管→地上の消火栓→地中の消火栓
そこで、19世紀後半から消火栓を地下に埋めるようにしました。現在のロンドンには、11万5000個の消火栓が地中に埋まっています。地中の消火栓の見つけ方ですが、まずHと書かれた黄色い標識を見つけます。Hの上の数字がミリ単位での消防ホースの直径、下の数字がそこからメートル単位で消火栓の位置を示しています。「とにかく早くHマークを見つけることが大事だね」と寅七が言うと、「それを見つける必要性がなくなることがもっと大事さ」とピーターはほほ笑みました。確かに、消火のことより火の用心。マッチ1本、火事の元。
消化栓とその黄色い標識
寅七さんの動画チャンネル「ちょい深ロンドン」もお見逃しなく。