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Tue, 18 August 2026

第319回 ロンドン塔の逆賊門と夏目漱石

ロンドン塔には人気の観光名所、逆賊門(Traitor's Gate)があります。逆賊門はひっそりと水面に沈む閉ざされた門ですが、この門を反逆罪に問われた多くの政治犯や王侯貴族が小舟で静かに潜り抜け、血塗られた歴史の闇の中へと消えて行きました。水の匂いと石の冷たさは、今も時代の影を宿しています。1900年10月31日、渡英後間もない夏目漱石はこの門を訪れ、そのときの感触を初期の小説「倫敦塔」に深く刻みつけました。

ロンドン塔の逆賊門

ロンドン塔の逆賊門ロンドン塔の逆賊門

この小説の中で、漱石は運命に翻弄され、逆賊門の奥へと消えて行った人々を上から見下ろす独特の視点を得ています。それには前触れがあり、渡英直前、漱石はパリに立ち寄り、パリ万博でオーギュスト・ロダンの石膏原型「地獄の門」を見たという説があります。この作品は13~14世紀のイタリア詩人ダンテの「神曲」地獄篇をモチーフに、人間の苦悩や愛、欲望に満ちた群像が描かれ、後にここから「考える人」が切り出されます。

夏目漱石の「倫敦塔」夏目漱石の「倫敦塔」

ダンテの「神曲」に親しんでいた漱石にとってロダンの作品は自らの文学に対する姿勢を見つめ直す良い機会になったことでしょう。ロダンの作品の中で、門の上から地獄に行く人々を冷静に見ているのはダンテではなく、苦悩し、模索し、もがいているロダン自身が投影されており、ある専門家は、そこで漱石は自分とは何か、どう生きるべきかという内面的な問いを文学の中で深く掘り下げていくことを生涯のテーマに決めたのだ、と言います。

ロダンの「地獄の門」ロダンの「地獄の門」

ところが漱石は、慣れない英国生活の中でひどい神経衰弱にかかりました。その後の漱石文学を考える上の一つの手がかりが、ジョナサン・スウィフトのコミカルで痛烈な社会風刺小説「ガリバー旅行記」です。風刺には、自我を客観化し一歩離れて眺める視点があります。帰国後、漱石は「文学論」で同作を高く評価し、特にウマの国の描写に注目しました。そこには、自我を極めつつ突き放すという、後の漱石文学の特徴を読み取ることができます。

ジョナサン・スウィフトと「ガリバー旅行記」ジョナサン・スウィフトと「ガリバー旅行記」

こうしてロンドン塔の逆賊門から一つのつながりが見えてきます。漱石、ダンテ、ロダン、スウィフト、時代も場所も異なる思索者たちが水門の前に勢ぞろいして息を潜めるそれは、ロンドン塔の水面から立ちのぼる蜃楼。近代文学の精神史そのものです。そしてこのつながりは、漱石のデビュー作「吾輩は猫である」へと静かに延びていきます。漱石は逆賊門の前で芽生えた近代精神の重苦しい系譜を、猫というトリックスターが跳ね回る軽妙な語りの場、笑いと風刺の場へと編み直していったのです。

「吾輩は猫である」の初版本 「吾輩は猫である」の初版本

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シティ公認ガイド 寅七

シティ公認ガイド 寅七
『シティを歩けば世界がみえる』を訴え、平日・銀行マン、週末・ガイドをしているうち、シティ・ドラゴンの模様がお腹に出来てしまった寅年7月生まれのトラ猫


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