大英博物館「マンガ展」 キュレーター
ニコル・クーリッジ・ルマニエールさん
セインズベリー日本藝術研究所 研究担当所長
大英博物館「マンガ展」のキュレーターを務めるニコルさんは大のマンガ好き。ニコルさんが愛をもって語るマンガの秘められた可能性について、お話を伺った。
マンガは私のビタミン剤!
なぜ大英博物館でマンガ展なのでしょう。
2019~20年は、ラグビーのワールド・カップ(W杯)や東京オリンピック・パラリンピックが日本で開催され、日本に注目が集まる「ジャパン・モーメンツ」が来ると思います。密な交流となる記念すべき年のスタートとして、マンガ展という大きなイベントをやりたかったのです。マンガはサブカルチャーと呼べるかもしれませんが、一方で日本で数100年前から始まったビジュアル表現の歴史的な流れを汲んでいるとも言えますよね。マンガの扱い方に諸説あるということは、マンガはある意味、考古学的なテーマだと定義することができます。世界でもトップの文明と歴史を誇る大英博物館ですので、今回は特定のマンガ家や作品に焦点を合わせるのではなく、マンガというものを一つに捉え、文明の中の一形態として紹介するつもりです。
なるほど、ではニコルさんはこの歴史の始まりはいつ頃だと考えていますか。
人によって解釈が違いますが、私は岡本太郎の父、岡本一平(1886~1948年)や北沢楽天(1876~1955年)*1など明治中期に活躍した漫画家が、今日のマンガの原点だと考えています。ヴィジュアル・カルチャーから、ストーリーテリングが確立したのが明治時代ですね。大英博物館は、この時代の日本の新聞を既に19世紀後半から率先して収集してきました*2。ですからここでの開催は突拍子もないアイデアではなく、むしろ起こるべくして起こった、と言えるのではないでしょうか。
*1 横浜外国人居留地の英字週刊誌「ボックス・オブ・キュリオス」社で働いた漫画家
*2 現在は大英図書館で保存
展示にあたり苦労したことは何ですか。
好きなマンガ家がたくさんいるので、どの方に声を掛けるか困ってしまいました。本当はもっと多くのマンガ家を紹介したかったのですが、マンガは続きものですから1人のマンガ家に対して1枚の原画を展示、というわけにはいきませんよね。1人でも多くの人を紹介したい、ということで漏れてしまった方は展示の本棚に入れ込んでみたり(笑)。ただ偏ったチョイスにならないよう、少女・少年マンガなどのジャンル、マンガ家の性別や年齢などの比率は気をつけました。今回の展覧会は大英博物館で開催されるものの、日本のマンガ研究家やマンガ評論家の伊藤剛さんなど、さまざまな方から展示についてのアドバイスをいただきましたので、日本との共同展示、と言えますね。
日本のマンガと比べた、英国のマンガの特徴はどんな点でしょう。
レイモンド・ブリッグズ*3の「風が吹くとき」は格好良い作品だと思いますが、コマ割りが一定で、イラストより言葉の方が重要ですね。そもそもブリッグズはイラストレーターでマンガ家とも違うので比べるのは難しいところですが。最近ではグラフィック・ノベル*4が勢いがあると思います。英国のグラフィック・ノベルがもっと和訳されて、いつか日本で展覧会ができたらいいなと思っています。
*3 英国のイラストレーター兼作家。代表作は「スノーマン」「さむがりやのサンタ」
*4 長編のコミックス
好きな日本のマンガを教えてください。
大学院生の頃からマンガはほぼ毎日読んでいますが、中村光先生の 「聖☆おにいさん」が大好きです! ブッダとイエスが同じ部屋に住むあの世界観、いいですよね。一見くだらなく思えるシーンも、実は宗教によって異なるものの見方がすんなりと理解できるようになっていたり。また舞台が日本なので、日本の習慣も同時に理解できるため、英訳されればいいなと思っていたのですが、ついに電子版が4月、書籍は9月に出ることになりました。そして電子版のあとがきは私が書きました。ファンなのでとてもうれしかったです!私は工芸の専門家ですが、マンガを展示したいし、人とシェアしたいし理解を深めたいと思っています。マンガは私にとって読むビタミン剤です。
マンガはこれからも英国の読者に影響を与えていくでしょうか。
絶対そうだと思います。マンガは将来の「ヴィジュアル・ストーリーテリング・ランゲージ」として、将来の美的な言語になると思いますね。既にインスタグラムに代表されるように、イメージだけでものを理解できる時代になっています。マンガはそれに代わり得る媒体だと思うし、だからこそ外国人がマンガに理解がないのは危ないことだと思いました。ゲームなど二次的なコンテンツが発展する前に、原点であるマンガを正しく読み解くことが大事だと思います。
「東京タラレバ娘」など数々のヒット作を生み出す東村アキコ作、オタク女子たちと女装男子が繰り広げるラブ・コメディー「海月姫(くらげひめ)」。ニコルさんは「東村アキコはストーリーテリングの天才!」と評している
日本人では気が付かない、
ちょっと気になるマンガの話
効果音のありがたさ
マンガのコマをさらに盛り上げる効果バック(背景の表現)は、日本語が分からなくてもなんとなく理解はできる。しかし「どーん」「ドドドドド」と言った文字で書かれた効果音の場合、日本人は無意識に経験と照らし合わせその音を頭で反芻することができるが、日本語が分からない人には少々難しい部分である。ニコルさんは、擬音語や擬態語が、背景から出てイラストの上に載ってきたりとユニークな形態をとることもマンガをおもしろくする大事な要素だと語る。ちなみに本展は「マンガ展」と片仮名が採用されているが、ニコルさんは「漢字だと北斎漫画のイメージが強く、平仮名は少女のような幼いイメージがした」ことに加え、「片仮名はもっと国際的な感じがする」という理由から片仮名に決めたという。
マンガで知る多種多様な世界
ニコルさんはインタビューの通り、ブッダとイエスが同じ部屋で暮らす「聖☆おにいさん」の、「宗教の違いが分かり、かつ不快感を持つことなく読後も平和な気持ちでいられる世界観」が好きだそう。このように宗教や性など扱いにくいテーマを描いた作品は、近年特に増えてきた。本展で展示予定の田亀源五郎作「弟の夫」は、父と娘の2人暮らしの家で、既に亡くなった父の弟の旦那と共同生活を営む話。男性同士の結婚について子供にどう教えるか、ストレートの弥一が、ゲイであるカナダ人のマイクと生活する上で抱える悩みなど、ソフト面が大変丁寧に描かれている作品だ。一見難しいと思えるトピックも、マンガという形式を取るだけで理解度が大きく変わる。
展覧会情報
The Citi exhibition Manga マンガ
5月23日(木)~ 8月26日(月)
10:00-17:30(金は20:30まで)
£19.50
The British Museum
Sainsbury Exhibitions Gallery (Room 30),
Great Russel Street, London WC1B 3DG
Tel: 020 7323 8181
Tottenham Court Road / Holborn駅
www.britishmuseum.org