大英博物館がマンガの可能性を切り拓くThe Citi exhibition Manga 大英博物館「マンガ展」 2019年5月23日(木)~8月26日(月)
ページをめくるごとに未知の世界へ冒険でき、また恋愛のほろ苦さを教えてくれたり、読み手に夢と希望を与えてくれる「マンガ」。日本人にとって身近な存在であるマンガは学術的なテーマとは一線を画すると思われてきたが、5月23日、大英博物館でマンガをテーマにした展覧会が始まる。ヴィジュアル面の強いコンテンツを、なぜ美術館ではなく博物館で開催するのか、そこには確固たる理由があった。セインズベリー日本藝術研究所の研究担当所長を務めながらマンガをほぼ毎日愛読しているという、本展キュレーターのニコルさんのインタビューも併せて読んでいただきたい。 (取材・文:英国ニュースダイジェスト編集部)
星野之宣作「宗像教授異考録」シリーズの「大英博物館の大冒険」は、古参のファンからの評価も高い
日本のマンガは
未来のヴィジュアル言語だ!
大英博物館はマンガの世界でも名所だった?
人類の歴史を凝縮したといっても過言ではない、膨大なコレクションを収蔵する大英博物館。「考古学」や「発掘」といった研究色の強いワードと結びつく同館は、現在も研究者が新たな発見にいそしみ、同時にそれらを展覧会という形で分かりやすく公開している。世界に名だたるこの知の殿堂は、これまでに数々のマンガ作品の舞台として登場してきた。
1940年代、米国のコミック「ザ・スカラベ」で、考古学者のピーター・ワードがリサーチのためエジプト関連の展示室にあるパピルスの巻物を調べるシーンは、同館が「知的探求の場」という観点から作品の舞台として取り上げられた初期の例の一つ。その後もエジプト文明の展示室はアメコミ界で頻繁に登場することになる。
2010年の日本の作品「大英博物館の大冒険」でも大英博物館は取り上げられている。本作は星野之宣作の伝奇ミステリー「宗像教授異考録」シリーズ内のエピソードである。主人公の宗像伝奇(むなかたただくす)教授が、同館の収蔵品を狙う敵とめまぐるしくバトルを繰り広げる様子は、緻密なイラストと知的好奇心を刺激する展開で好評を博した。本作は同館で初となる英訳版のマンガ「Professor Munakata's British Museum Adventure」(British Museum Press)として出版された。
日本のマンガ文化を加速させた風刺とディズニー
日本のマンガの起こりは諸説あるものの、一般的には12世紀ごろに作られた「鳥獣人物戯画」に始まり、その後江戸時代に流行した軽妙なタッチの戯画「鳥羽絵」、洒落や風刺を織り交ぜた草双紙の一つ「黄表紙」などが市井の人々の間で手に取られた、という説が有名である。江戸時代にこういった戯画や書物が一般に広まったのは、当時の識字率の高さも大きく関係しており、日本のマンガ文化は文明とともに発展していったと言える。このようにある程度大枠が確立していたところに新たな風を吹き込んだのは、鎖国の終了によって入ってきた外国文化だ。
1861年、日本の文明開化に貢献した英国出身のチャールズ・ワーグマン(1832~91年)が世界初のイラストレーション入り英国新聞「イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ」の海外特派員として来日。報道写真がなかったこの時代、異文化のニュースを理解するのに挿絵は大変効果的であり、同紙で記事と挿絵を提供する報道画家として働いていたワーグマンは、通常の業務をこなしつつ1862年に日本初の風刺漫画雑誌「ジャパン・パンチ」を横浜で創刊した(1887年廃刊)。
また、ワーグマンと個人的に知り合いだった可能性の高い絵師の河鍋暁斎(かわなべきょうさい・1831~89年)は、「ジャパン・パンチ」に似せて「絵新聞日本地」を刊行したことでも知られる人物で、暁斎がかつて東京にあった歌舞伎座劇場、新富座のために作成した長さ17メートル、横4メートルの引幕「新富座妖怪引幕」(下図)は、当時の人気役者をモデルにした妖怪や幽霊が、幻想世界から現実へ飛び出してくるように描かれており、どことなく現代のSF作品の世界観を思わせる。暁斎を始め、「ポンチ絵」と呼ばれた風刺画を近代マンガとして確立した北沢楽天(1876~1955年)など、西洋から影響を受けた画家が続々と現れ、その時代はその後もしばらく続く。
*横にスクロールしてご覧ください
大迫力の河鍋暁斎画「新富座妖怪引幕」(早稲田大学坪内博士記念演劇博物館蔵)は制作されて130年以上が経ち、国外での展示は今回が最後だと言われている
日本のマンガ史を大きく変えた第2の新しい波は米国のウォルト・ディズニーによってもたらされた。ディズニーはアニメーション(漫画映画)部門で日本の技術のはるか先を歩いており、幼少時の手塚治虫(1928~89年)に大きな衝撃を与えた。手塚がマンガを描いたのは、アニメーションを制作するための資金稼ぎだったと言われているほどで、ディズニーが持つ映像の技術力には勝てないと思った手塚は、自身がアニメーションを制作する際、見た目の格好良さよりストーリー性に重きを置いたと言われている。
世界を巻き込む一大産業へ
この50年余りでマンガ文化が大きく進化を遂げた要因として、ファンの存在をなくして語ることはできない。媒体によってその制度は異なるものの、読者アンケートなどで、読者の反応が芳しくなければ掲載が打ち切りになることもある週刊・月刊マンガ雑誌のシビアな世界において、読者=ファンはマンガ家の自尊心を満たす以上に大切な存在となった。
一方、ファンの中には、コミック・マーケットで同人誌を販売したり、好きなキャラクターの格好を真似するコスプレなど積極的な楽しみ方をする人も現れた。日本のマンガやアニメが諸外国へ輸出されるようになってから、欧米、アジア各地で同様のファン・イベントが開催されるようになったのもなんら不思議なことではなく、一般社団法人日本動画協会が発表した「アニメ産業レポート2018」(サマリー版)によると、2017年の日本アニメの海外市場規模は9948億円。いまや巨大な産業として無視できない存在となったマンガは、ある意味世界の共通語として機能しつつある。
大英博物館の公式ウェブサイトの顔になっている野田サトル作「ゴールデンカムイ」のヒロイン、アシㇼパ
マンガを正しく理解するための展覧会
マンガの展覧会として日本国外では最大級となる大英博物館の「The Citi exhibition Manga マンガ」は、マンガとの正しい付き合い方からその面白さ、社会との関係、そして世界に与える影響を6つのセクションを通して紹介し、初心者から既にファンの人まで存分に楽しめる構成となっている。
まず、ゾーン1でマンガとは何か、読む上で知っておくと理解が深まる基本的なことを解説。また編集者、出版社など原案者であるマンガ家を支える縁の下の力持ちにも言及し、マンガが出版されるまでの過程を余すことなく紹介する。続いてゾーン2では、マンガのルーツから現在に至るまでの歴史を解説。日本のマンガ文化発展のきっかけとなった明治時代の新聞から手塚治虫など著名なマンガ家の作品と共にその変遷を探る。鳥山明の「ドラゴンボール」の原画は、今回が日本国外で初の展示となるので、往年のファンも必見だ。また、実際のマンガが手に取れるよう日本語版・英語版のマンガを収めた本棚を設置したり、電子版をダウンロードできるようにしたりとインタラクティブな仕掛けにも注目したい。2019年3月をもって閉店となった東京・神田のコミック専門店「コミック高岡」の内部を撮影し、スクリーン投影した貴重な映像もここで見られる。
ゾーン3では、スポーツ、冒険、恋愛、SF、BL(ボーイズラブ)などマンガのジャンルについて紹介。ゾーン4は昨年12月のコミケ取材や日本国内で流通している学習マンガ、世界コスプレ・サミットなど、社会への影響も紹介する。ゾーン5は河鍋暁斎の「新富座妖怪引幕」や人気キャラクターの原画、ゾーン6は陶磁器や彫刻など、マンガの世界を超えた3D作品を展示する。
萩尾望都作「ポーの一族」は少女マンガの草分け的存在として、連載から40年以上たった今も愛される名作。2018年には宝塚歌劇団花組による同名ミュージカルが上演された
展覧会情報
The Citi exhibition Manga マンガ
5月23日(木)~ 8月26日(月)
10:00-17:30(金は20:30まで)
£19.50
The British Museum
Sainsbury Exhibitions Gallery (Room 30),
Great Russel Street, London WC1B 3DG
Tel: 020 7323 8181
Tottenham Court Road / Holborn駅
www.britishmuseum.org