OVERGROUND ロンドンを走るオーバーグラウンド
6路線の名称が決定
オーバーグラウンドはロンドン市内と近郊を走る鉄道。鉄道事業改革案の一環としてロンドン交通局に移管され、2007年から地下鉄と並びロンドン市民の足となってきた。地下鉄と比較すると行き先が分かりづらいと長らくいわれていたオーバーグラウンドが、今年の秋に名前を変える。既存の各路線にはロンドンの文化や歴史を象徴する名称が付けられ、市民にとってより覚えやすくなじみ深いものになるはずだ。
The Lioness Line
ライオネス線
Watford Junction ~ Euston駅
ロンドン北西部ワトフォード・ジャンクションからユーストンを結ぶライオネス線は、スポーツの殿堂ウェンブリー・スタジアムのあるウェンブリーの中心部をまっすぐに貫いている。この路線はイングランドの女子サッカー代表チームの愛称、ライオネスから取られた。
2022年のサッカーの欧州大会「UEFA女子ユーロ2022」決勝で、イングランドがドイツを延長戦の末に2対1で下し、ライオネスは主要国際大会で初優勝を飾った。この日ウェンブリー・スタジアムに詰めかけた観衆は8万7192人で、男女を通じて欧州サッカー連盟(UEFA)主催大会の史上最多記録となったという。また、その1年後のFIFA女子ワールドカップでも決勝進出。ライオネスの快進撃は何百万人ものファンを魅了し、この後230万人もの少女や女性たちが新たにスポーツを始めるきっかけともなった。チームが運動好きの多くの女性たちにインスピレーションと力を与えたことから、そのレガシーが引き継がれるよう、ライオネス線と名付けられた。
The Weaver Line
ウィーヴァー線
Liverpool Street ~ Enfield Town/Cheshunt/Chingford駅
「織る人」を意味するウィーヴァーの名が付いたこの路線は、リヴァプール・ストリート、ベスナル・グリーン、そしてハックニー周辺のロンドン東部を通る。この地域は昔から繊維産業で知られ、時代ごとの移民によって発展してきた。
17世紀フランスのプロテスタント教徒、ユグノー派の移民から始まり、次の世紀にはリネン貿易の崩壊後に仕事を探していたアイルランドの機織り職人たちが加わった。そして19世紀末および第二次世界大戦中、反ユダヤ主義が吹き荒れる東欧から逃れたユダヤ人がこの地域へ移住。ロンドンの衣料品産業を活性化させた。やがて1960年代までには、安価な住宅とアパレル産業への職を求めてバングラデシュ人の移民が増加。こうした歴史を経て、イーストエンド周辺は今やファッションとグルメで人気の地となった。
またこの路線は工芸デザイナー、ウィリアム・モリスの本拠地であるウォルサムストーまで延びている。モリスの夢は、全ての人がアートにアクセスできる世界にすることだった。
The Mildmay Line
マイルドメイ線
Richmond/Clapham Junction ~ Stratford駅
この路線名は、ロンドン東部にある小さいながらも重要なNHSの慈善病院、マイルドメイを記念している。病に苦しむロンドン市民を支援し長い歴史を持つマイルドメイは、ロンドン北部セント・ジュード教会のウィリアム・ペネ牧師とその妻キャサリンによって1860年代に組織された。
コレラの大流行時にイーストエンドの貧困層に医療を提供する施設だったマイルドメイは、時代を経て1980~90年代にHIVおよびエイズ関連疾患を持つ人々の治療に特化した欧州初の病院として生まれ変わった。故ダイアナ妃は生前17回も同病院を慰問し、同妃の訪問がマスコミに報道されたことで、国民のHIVやAIDSに対する偏見が和らいだといわれている。
現在マイルドメイはHIV患者のための国際的なリハビリ・センターに発展したが、昔と変わらぬ献身的なサービスを提供し続けている。ここはLGBTQ+ コミュニティーにとって大切な場所であり、心の支えでもある。単なる線路を超えて、受容、愛、帰属の旅を象徴していると同病院の責任者は語っている。
The Liberty Line
リバティー線
Romford ~ Upminster駅
リバティー線は、ロンドン北東部ヘイヴァリング(Havering)のラムフォードからアップミンスターまで走る路線。ロンドンという都市の特徴でもある「自由」をその名に冠されている。これはヘイヴァリングがほかの区とは異なり、王室の行政区(リバティー)だった歴史を持っていることに加え、同地のコミュニティーが今もそれを誇りに思い、当時と変わらぬ独立精神を保ち続けていることからくる。
かつてエドワード4世は1465年の憲章でヘイヴァリングの居住者に特別な自治の権利を与え、その制度は400年以上も続いた。同地には独自の法廷が設けられたという歴史もある。またこの路線は、2022年に開通したエリザベス線と接続しロンドンのほかの地域と結ばれており、住民は公共交通機関が提供する自由と独立性を今まで以上に享受できるようになった。この路線名には、ロンドンのあらゆるものを探索する自由があるという意味も含まれているのだろう。利便性が良くなったことで新たにヘイヴァリングへ移り住む人々も増加。現在では初めて住宅を購入する人にお勧めの地域に挙がっている。
The Suffragette Line
サフラジェット線
Gospel Oak〜Barking Riverside駅
ロンドン北西部からロンドン東部へ向かうこの路線は、今から約100年ほど前に参政権の獲得を目指して運動を繰り広げた女性たち「サフラジェット」の名を冠されている。当時のロンドン東部の労働者階級コミュニティーが、女性の権利獲得のために戦ったことを記念して付けられた。この路線の終点バーキング・リバーサイド駅は、当時を知る最後のサフラジェットで、1995年に103歳で死去したアニー・ハゲット(Annie Huggett)の故郷でもある。
ハゲットは同地のキング・エドワード・ロードにある自宅で、女性社会政治連合(WSPU)の創設者であり、参政権運動の主要人物でもあるエメリン・パンクハースト(Emmeline Pankhurst)にお茶を提供したこともあったといわれている。また、バーキング・ブロードウェイのパブで労働組合員やサフラジェットたちのための集会を企画。女性たちが過去、現在、そして将来にわたって社会に大きな影響を与えるための礎を築いた。そんなハゲットをはじめとしたサフラジェットたちの思いを留めて走るのがサフラジェット線だ。
The Windrush Line
ウィンドラッシュ線
Highbury & Islington ~
New Cross/Clapham Junction/Crystal Palace/West Croydon駅
ウィンドラッシュ線は、ダルストン・ジャンクション、ペッカム・ライ、ウェスト・クロイドンなど、西インド諸島のカリブ海地域から移住してきた人々と強いつながりを持つ地域を通る。これは1948年6月にカリブ海から英国に到着した大型船ウィンドラッシュ号が、第二次世界大戦直後の英国における建設、医療、運輸などの産業再建を支援するために移住した人々を運び、そうした初期の移民たちを「ウィンドラッシュ世代」と呼ぶことに由来する。
当初は人種差別を受けたウィンドラッシュ世代だが、このコミュニティーこそが、スカ、レゲエ、ジャズ、ブルースなどで当時のロンドンの音楽シーンを豊かにし、ヒップホップ、ラップ、グライムなどの最近のジャンルにも影響を与えた。現在、人々が楽しむ活気に満ちたマルチカルチャーなロンドンの形成に重要な役割を果たしたといえる。ウィンドラッシュ線は、ウィンドラッシュ世代だけではなく、文化や社会を豊かにし続ける「移民」の重要性を称賛している。