第10回 馬肉スキャンダルの教訓
旧東欧出身の知人が「スーパーで売っているミンチ(ひき肉)は食べない。肉のかたまりを自宅でミンチにしている」と話しているのを聞いて、大手スーパー「テスコ」で買ったひき肉で作った餃子をホーム・パーティーでふるまうのをやめたが、出さなくて良かったと胸をなで下している。
1月中旬、英国やアイルランドのスーパーで馬肉の混じった「ビーフ」バーガーが見つかったのをきっかけに、馬肉入りミンチが「ビーフ」ラザニア、ケバブ、スパゲティー・ボロネーズにも使われていたことが分かり、馬肉スキャンダルは欧州全体に広がった。
馬肉料理はヘルシーで精力がつくため、日本でも人気がある。欧州大陸では馬肉を食べる国が多いが、英国とアイルランドは全然ダメ。その理由は、第一次大戦でフランスに送られた軍馬と人間の物語を描いた米映画「ウォー・ホース(戦火の馬)」をご覧になればご理解いただけるだろう。英国人にとって馬は人間と心を通わせることができる動物で、粗食に耐え、戦場でも、荷物運搬にも役に立つ。英国人は犬や猫を食べないように馬も食べない。英国人の馬肉アレルギーは日本人にとって知能が高いクジラは殺してはダメという反捕鯨の論理に一脈通じるところがある。しかし、今回は馬肉を「牛肉」と偽って売っていたことから国際犯罪組織の関与が疑われている。
痛風や関節炎の痛みを抑える動物用医薬品フェニルブタゾンが馬に投与されていた疑いも残る。フェニルブタゾンは人間の血液疾患や貧血の原因となるため、騒動は馬肉を食べない英国だけでなく、欧州を揺るがす大スキャンダルに発展した。
その流通経路は複雑怪奇だ。馬肉はルーマニアの食肉処理場からフランスに出荷され、ルクセンブルク、アイルランドなどを経て英国で販売されていた。注文ルートはフランスからルクセンブルク、そしてまたフランスに戻り、キプロス、オランダを経てルーマニアに発注されていた。
最初に疑いの目が向けられたルーマニアのポンタ首相は「疑われている食肉処理場は欧州の基準に違反していなかった」と疑惑を否定し、「ルーマニアを悪者と決めつけるのは断じて受け入れられない」と不快感をあらわにした。欧州懐疑派の保守系大衆紙「デーリー・メール」紙は、ルーマニアで馬車の通行が禁止されて馬が余ったため、馬肉の輸出が増えたと面白おかしく書き立てている。当の食肉処理場は「馬肉を馬肉と言って販売した」と説明した。
次いでオランダの食肉取引業者が昨年1月の判決で、南米産馬肉をオランダ産牛肉として売り、書類を偽造していたと認定されていたことが発覚した。イスラム法の手続きにのっとって屠殺された牛肉だと偽る悪質さだったが、この業者も疑惑を否定している。
英警察は国内の食肉処理場と食肉工場を捜索し、3人を逮捕して取り調べを進めている。誰が本当のことを言っているのか、犯人当てゲームの様相を示している。
英国のパターソン環境・食糧・農村問題相は馬肉スキャンダルの背景には国際的な犯罪ネットワークがかかわっているとの見方を示し、キャメロン首相は「絶対に許容できない」と食品基準庁に調査を指示した。
フランスのオランド大統領はフランス国民に対し、国産の肉だけ食べるよう呼び掛け、欧州連合(EU)は3月1日から食肉のDNA(遺伝子)検査やフェニルブタゾンの含有をチェックすることを決めた。
しかし、食に詳しい英専門家は、品質より安さを追求してきた当然の結末と手厳しい。食品基準庁によると、牛肉の割合が最低62%、「低価格」商品になると最低47%で「ビーフバーガー」と分類される。大手スーパーで低価格ビーフバーガーの売れ行きは上々だった。供給側も消費者も安さに釣られ、食べているものの中に何が含まれているのか、全く気にしてこなかった。
日本のように電子タグや原産地表示を義務付ければ、今回のようなスキャンダルは防げるのだが、食肉価格はハネ上がる。それともスーパーではなく、昔ながらの肉屋で肉のかたまりを買って自分でミンチにするか、もしくはミンチは食べないようにするか。最後は食にどこまでこだわるかの問題だろう。それにしても先日、サッカー場近くで食べたビーフバーガーにも馬肉が混じっていたのだろうか。
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