英国メディアはどうしてEU を悪く報じるのか
どうして英国メディアは高級紙も大衆紙もこぞって、欧州連合(EU)のことを必要以上に悪く報じるのか。先日、ロンドンで開かれたカンファレンス「欧州の伝え方: 英国メディアとEU」に参加して、考えさせられた。日本でも歴史・領土問題で韓国や中国を悪く報じるメディアがある。ロシアのプーチン大統領がプロパガンダ・ツールとして使う国営国際放送RT(旧ロシア・トゥデイ)の欧米の報じ方と、英国メディアのEUの伝え方を見ていると共通点がある。とにかく悪い話を書きまくり、良い話や伝えなければならない話は完全に黙殺してしまうのだ。悪い話を針小棒大(しんしょうぼうだい)に伝えるのがマス・メディアの習性と言っても過言ではない。しかしその代償は時に計り知れないほど大きくなる。
理屈抜きで反応してしまうニュースがどの国にもある。筆者が産経新聞時代に大阪社会部のベテラン・デスクからたたきこまれたニュースの3要素は「オンナ」「子供」「動物」だ。当時、日本は高度成長を終え、安定成長に入っていた。今や先進国の成長に限界が見え、「貧しさ」や「怒り」「嫌悪」「不安」「屈辱」がニュースの原動力になっている。英国で無条件に読まれるニュースは「英国は孤立している」「英国は置いてけぼりにされている」という文脈だとBBCのロビンソン前政治部長は別の討論会で解説していた。島国根性は日本だけでなく、英国にも根強い。
EUのニュースはとにかく分かりにくい。組織や手続きが複雑で、記事の中で説明しようとすればするほど迷路に入り込んでしまう。しかも最高意思決定機関・EU首脳会議の常任議長を務めるトゥスクEU大統領も、行政執行機関・欧州委員会のユンケル委員長も、欧州議会のシュルツ議長も進行役や調整役に過ぎず、ニュースの主役としては軽量級過ぎる。だからEUではなく、ドイツのメルケル首相やギリシャのチプラス首相、英国のキャメロン首相を軸に記事は書かれる。で、EUを担当する英国メディアのブリュッセル特派員は何をするかと言えば、EUと英国の対立をあおり、EUの官僚主義や肥大化をたたく記事を書く。単純化し誇張して書かないとロンドンのデスクには使ってもらえない。
英国の新聞は、経済に強い「フィナンシャル・タイムズ」紙、「エコノミスト」誌から、欧州懐疑派の「デーリー・メール」紙、「デーリー・テレグラフ」紙、労働党支持の「ガーディアン」紙までと非常に幅広い。報道と言論の多様性は一応、保たれているが、通信社の焼き直し記事が多い上、時代はインターネットやソーシャル・メディアの全盛期。フェイスブックの「いいね!」やツイッターのリツイートを通じ、よりバイアスがかかった情報が倍々ゲームで読者を増やしながら無秩序に拡散する。刺激的で極端なニュースだけが拾い上げられて読まれるのだ。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのヒックス教授は2014年の欧州議会選と連動した初の欧州委員長選びについての報道を詳細に調べた。ドイツでは1週間に委員長候補の名前に言及した記事がのべ1799本もあったが、英国は78本。英国で各候補のTV討論を観た割合は7%弱、候補の名前を1人でも挙げることができたのはわずか約1%という有様だった。しかしキャメロン首相が連邦主義者のユンケル委員長誕生阻止に動いたとたん、英国メディアが「ユンケル」という名に言及する回数が急激に増えていた。「キャメロン対ユンケル」「英国の主権VS連邦主義」という対立構図が作り上げられたからだ。
もしEUという欧州統合プロジェクトが第二次大戦の廃墟から始まっていなかったら、英国がEUの前身である欧州経済共同体(EEC)に入っていなかったら、英国の今の繁栄と賑わいがあっただろうか。EU離脱を問う国民投票を控え、英国のメディアも読者も頭を冷やして考えてみる必要がある。「それにしても」とEU英国事務所の広報部長がため息をつく。「能力不足と腐敗のためEUが国際援助で115億ポンドの無駄遣い」(「サンデー・タイムズ」紙)、「英国の洪水被害はEUのため悪化」(「デーリー・メール」紙)と悪意に満ちた報道が氾濫している。英国事務所はウェブページでその一つひとつに丁寧に反論しているが、止まる気配は一向にない。
「英国ニュースの行間を読め!」は本稿が最終回となります。ご愛読いただき、誠にありがとうございました。(編集部)
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