第14回 すすで汚れた顔のヒーローたち
聖ポール大聖堂の南東側に、ブラッケン・ハウスという茶色い建物があります。今は日本の金融機関が入居していますが、もともと1950年代に「フィナンシャル・タイムズ(FT)」紙の本部として建てられ、英国保存指定建築物として登録された由緒ある建物です。この北入口には大きな十二宮図時計、ゾディアック・クロックが掲げられています。よく見ると、その中心に故チャーチル首相がいます。一体なぜ、彼がそこにいるのでしょうか。
元FT紙本部ビルのゾディアック・クロックの
中心部にはチャーチルのレリーフが
シティに働く者にとってFT紙は聖書とさえ言われる有力新聞です。第二次大戦で情報大臣を務めたブレンダン・ブラッケンが戦後に金融情報紙の統合を行ない、ここを本部にしたのが躍進の始まりでした。彼の戦時内閣中のボスはもちろん、チャーチル。そしてロンドン大空襲の際、何を犠牲にしても聖ポール大聖堂を守れ、と大号令を掛けたのもチャーチルでした。彼はこの時計から今でも大聖堂を見守っているのです。
ドイツ軍によるロンドン空襲は緻密に計算されたもので、57夜連続の空襲の中でも、特に夜間にテムズ河が干潮になると激しさを増したといいます。消火用水が不足する状況で、消防隊もボランティア市民も砂袋を抱えて聖ポール大聖堂を取り囲み、火災から守りました。当時の消防隊の栄誉を称えて建立された、「すすで汚れた顔のヒーローたち」という名の銅像が大聖堂の南にあります。このメモリアルの命名は、チャーチルの言葉からの引用です。
消防隊の栄誉を称えるメモリアル
「すすで汚れた顔のヒーローたち」
2003年、このメモリアルには、第二次大戦中だけでなく、消火活動で命を失った英国の消防隊員の氏名1192名が刻まれるようになりました。躍動感のある銅像ですが、特に銅像の先頭で消火活動の指示を出しているシリル消防隊長の顔が妙にリアルです。といいますのも、彼の娘婿がこの銅像の作者ジョン・ミルだからです。そりゃ、力が入りますわね、不細工な出来では夫婦関係に影響しますから。
シリル消防隊長像を作ったのは彼の娘婿なので
手抜かりはなし
シリル消防隊が指示を向けている先には、聖ポール大聖堂の屋根部分の破風(はふ)に刻まれた不死鳥が見えます。大聖堂はロンドン大火の灰から蘇ったというわけです。その不死鳥の下にはラテン語で「RESURGAM」と刻まれています。「私は再び立ち上がる」という意味です。大聖堂の建築で石材が不足する中、測量の目安になる大きな石を持ってこいという建築家クリストファー・レンの依頼で、下人が運んできた墓石に刻まれていた言葉だそうです。
聖ポール大聖堂の南破風にある不死鳥像に
刻まれた「RESURGAM」の文字