第26回 鳩車竹馬(きゅうしゃちくば)の友
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「鳩の帰巣本能は
1000キロの距離をものともしない
先日、シティにあるロスチャイルド銀行を訪ねたところ、大切に保存された小さな紙切れを見せてくれました。それは19世紀前半、フランスから伝書鳩によって届けられたメッセージでした。かつて創業者一族のライオネル・ロスチャイルドはケント州に大きな鳩舎を保有し、欧州大陸との速達便に伝書鳩を利用していたそうです。ところが、1840年代になるとライバルたちがドーバー海峡沿いに猛禽類を放って妨害に出ます。そこで彼は新しい通信手段を模索します。
ちょうどそのころ、伝書鳩を利用するビジネスで頭を抱えるもう一人の人物がドイツにいました。それがポール・ロイターです。彼が伝書鳩を利用したニュース配信会社を設立する前年、ドイツの電気工学者、ヴェルナー・フォン・ジーメンスが電信機を開発し、ジーメンス・ウント・ハルスケ会社が創られました。もはや伝書鳩による通信が電気通信に敵うわけがありません。
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ロイター男爵の大理石像
一方、英国では海底のケーブル開発が進められていました。英国の科学者、マイケル・ファラデーとチャールズ・ホイートストンはゴルフ・ボールでおなじみの「ガッタパーチャ」というゴムの樹液をケーブルの絶縁物に応用。そして1851年、世界初の海底ケーブルがドーバー海峡に敷かれます。ロイターもロスチャイルドもこれを見逃すわけがありません。ロイターは王立取引所裏に通信会社を設立して市況を配信。もちろん、最初の顧客はロスチャイルドです。

ゴムの絶縁性を利用した
海底ケーブルを提唱したファラデー
その後、英国は着々と世界中に海底ケーブルを敷設していきます。特に1866年、大西洋横断ケーブルの敷設が成功すると欧米間の情報がリアルタイムに伝えられ、時代が大きく変わります。それまで、例えば1865年のリンカーン米国大統領の暗殺事件が欧州に伝えられたのが14日後、1776年の米国独立宣言が英国に伝わったのは48日後ですから、情報が大西洋を横断するには、帆船や蒸気船の物理的移動と同じ時間を要していました。
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海底ケーブルを支配した
帝国国際通信会社(現C&W)本部は大学校舎に
大英帝国の栄華は、海上貿易の繁栄の上に築かれたと言われますが、その船が走る海面の下では海底ケーブルが縦横無尽に巡らされていたのです。貿易ネットワークを支えたのは、海底ケーブルによる情報網であり、そのゲートキーパーがロイター通信でした。ちなみに、同社の創立125周年を記念してつくられたロイター男爵の大理石像の除幕をしたのが最初の顧客ロスチャイルドの曾孫です。彼らは「鳩車竹馬の友」に違いありません。
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