第104回 ナイチンゲールとコウモリの翼

今回ご紹介する2ポンド硬貨は、2010年にナイチンゲール（シティの最高名誉市民称号の受章者の一人）の没後100年を記念して発行されたものです。硬貨には看護の第一歩、手首の脈拍数を測っている場面が刻まれています。もともとナイチンゲールは裕福な家の生まれで学識高く、精神を病んだ姉の看病をし、病院施設を訪れるうちに看護師を志すようになります。ただ当時、看護婦という職業はまだ専門職と見なされていませんでした。

ナイチンゲール没後100年の硬貨

大きな転機となったのが、1854年に英国が参戦したクリミア戦争。戦線の負傷兵の扱いが悲惨であることを新聞報道が伝えると、ナイチンゲールは看護活動での従軍を決意。当時の軍医長は看護婦の派遣を断りますが、世論に後押しされてビクトリア女王がナイチンゲールの活動報告を直接受けたいと指示しました。野戦病院に着任したナイチンゲールがまず驚いたのは、施設の劣悪な衛生状態。これでは負傷兵が感染病に侵されてしまいます。

彼女は衛生の改善を訴えながら、夜回りを欠かさない働きぶりで「ランプの貴婦人」とも「白衣の天使」とも呼ばれました。でも彼女の本領発揮はここから。ビクトリア女王に提出する800ページに及ぶ報告書に多数の統計的データを盛り込みながら、「ハッと」気付くのです。大量の数字の羅列を示したところで多忙な女王が果たして読んでくれるだろうか、と。そこで独創的なグラフを付け加えます。これが皆の心に「Good」きました。

ランプを持つナイチンゲール像

台座に刻まれた病院の様子

彼女の描いた円グラフは「鶏頭図」とか「コウモリの翼」と呼ばれます。毎月の死亡者の死因を、戦場の負傷なら赤、病院の衛生状態や患者の栄養状態、つまり今後、抑制が可能なら青、そのほかは黒というように色分けし、死者の数を面積で表しました。これにより野戦病院の施設の改善が急務なことが誰にでもすぐ分かりました。これを見たビクトリア女王も即座に衛生改善命令を出し、院内死亡率が半年で40%から2%に激減したのです。

鶏頭図の青色は抑制可能な死因

ナイチンゲールはその後、看護学校を設立し、戦地だけでなく民間の病院にも統計手法を用いて、病院施設の近代化や医療の改善に大きく貢献しました。彼女は統計データの可視化の名人、つまり、大量の情報を図表や絵文字を使って視覚的に分かり易く伝えるインフォグラフィックスの先駆けと言えるでしょう。インフォグラフィックスの代表例ではロンドン地下鉄の路線図があります。「ハッとして! Good」は昭和のアイドルの歌だけではありませんね。

地下鉄路線図はインフォグラフィックス