第131回チューリップの階段とグリニッジ子午線

ロンドンには、古代ローマの神殿の様に円柱や柱廊を正面に据えた、実用性と美を兼ね備える左右対称の建物がとても多いです。この元をたどると、16世紀イタリアの建築家アンドレア・パラディオが確立した様式を、17世紀初頭にシティ出身のイニゴ・ジョーンズが英国で採用したのが始まり。ジョーンズは王室のサーベイヤー（測量技師総監）に任命され、ジェームズ1世にバンケット・ハウス、王妃アンにクイーンズ・ハウスを設計しました。

イニゴ・ジョーンズ

ロンドン南部のグリニッジにあるクイーンズ・ハウスは、英国初の古典的なパラディオ様式として今もその美しさが際立ちます。グリニッジはテムズ川下流に位置し、15世紀から宮殿のある王室ゆかりの場所。世継ぎのなかったエリザベス1世に代わり、スコットランドから迎えられたジェームズ1世は先進的なイタリアの建築や工芸の移入に努めます。イタリア遊学でルネサンス建築に造詣の深かったジョーンズをサーベイヤーに任命したのもその一環。

クイーンズ・ハウスの1階の外壁は、ブロックの溝が深く刻まれ質実剛健のイメージですが、2階は漆喰（しっくい）で真っ白に化粧され華麗で上品。屋上は英国初のバラストレード（装飾欄干）で囲まれています。圧巻は支柱のない螺旋階段。青いチューリップ模様の手すりをたどって行くと、まるで天へ昇っているような幻想の美に誘われます。ところが贅沢を極めたこの建物とその周辺は、17世紀半ばの清教徒革命で損害を受けてしまいます。

英国初の無柱螺旋階段の手すりはチューリップ模様

1660年に王政が復活するとジョーンズの後継者として建築家のクリストファー・レンがサーベイヤーに任命され、グリニッジには負傷した海軍兵のための王立海軍病院（後に王立海軍大学）が建設されます。聖ポール大聖堂に似たドームを抱く海軍病院は、間隔を空けて左右対称に配置されましたが、これはクイーンズ・ハウスからのテムズ川の眺めを邪魔しないようにという配慮。影響を受けたジョーンズ先輩の建物にケチが付いてはいけません。

クイーンズ・ハウス（前方）からテムズ川が見えるように旧海軍大学（後方）は分離

グリニッジといえば天文台。天文学者でもあったレンは、現在の場所を天文台に選び、フラムスティード初代天文台長のために観測所と住まいを兼ねた建物を設計しました。現在、多くの観光客がグリニッジ子午線を訪れ、東半球と西半球をひとまたぎしたポーズで記念撮影をしています。でもここではジョーンズとレンの先輩・後輩の関係に倣い、家族や恋人たちも手と手をしっかり繋いで世界を一つに結ぶ記念写真にして欲しいですね……。

レンが設計したグリニッジ天文台