第191回 勝利の女神とナショナル・ギャラリー
前回に引き続き、ロンドン中心部の美術館ナショナル・ギャラリーのお話です。前号では正面入り口前のジェームズ2世像とワシントン米大統領像が、当初はその設置場所に困ったものの最終的には皆がハッピーになる方法で解決されたことをご説明しました。実はナショナル・ギャラリーでは寄贈された彫像の設置場所に困った例がほかにもあります。
ナショナル・ギャラリー
正面入り口の頭上に、乗馬姿の欧州の女神とラクダに乗るアジアの女神という2人の女神の石像が中央の花輪を支えています。ところがその花輪のなかには何もありません。本来そこにはフランスのナポレオン軍を破った英ウェリントン将軍の胸像が埋め込まれるはずでした。美術館正面に将軍の胸像? いやいや、これらの石像はもともと対フランス戦勝記念に建てられたマーブル・アーチ凱旋門に設置される予定だったのです。
正面入り口上部の花輪のリリーフ
コラムの第185回「凱旋門と有料道路」でご紹介したとおり、マーブル・アーチは戦勝記念の豪華な凱旋門としてバッキンガム宮殿前に設置される計画でした。ところが当時、財政が逼迫(ひっぱく)し、アーチの建築予算が大きく削られて設計変更を余儀なくされました。先に完成した女神像や将軍の彫像は行く場所がなくなり、ナショナル・ギャラリーに寄贈されたものの、美術館としては戦争を鼓舞するような作品は受け入れられません。そこで女神の花輪の内側を無地の画布のように変え、ウェリントン将軍の胸像は美術館スタッフの出入り口脇に置かれました。
絵筆とパレットを持つ女神
さらに、花輪を支える女神の石像の両脇には「勝利の女神像」が立っています。こちらもマーブル・アーチに据えられる予定で元は武器を手にしたデザインでした。今は改造されて絵画の筆とパレットを持っています。また、建物東側の屋根付近に大きな像が置かれていますが、これもマーブル・アーチに据えるはずだった戦士ブリタニア像です。でも、盾のなかのネルソン提督像が削除され、知恵の神、ミネルヴァ像に変更されました。
知恵の神ミネルヴァ像
当初、王室厩舎の跡地にトラファルガー広場を作り、美術館をそこに移転させるという1830年代から始まる大工事に対して、建築家ウィリアム・ウィルキンスは美術の神殿を建築すると意気軒高でした。でも極端な低予算のため、近くの摂政邸カールトン・ハウスの列柱を再利用したり、寄贈品を改造したりして現在に至っています。建物外部は内部で展示されている芸術品に負けないほどの苦悩や創意工夫で満たされています。
カールトン・ハウスの短い柱を再利用したので台座が高い
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