第198回 ガス栓をまねたテムズ・バリア
2017年にノーベル文学賞を受賞した作家のカズオ・イシグロ氏は5歳まで長崎に住み、1960年にロンドンの南、サリー州ギルフォードに家族で移住したという説明がされています。移住の理由は父親の石黒鎮雄博士が英国国立海洋研究所(NIO)に招聘(しょうへい)されたからです。博士は長崎海洋気象台で海洋観測機器を開発しながら長崎湾の潮位の研究をしており、NIOがその研究に目を付け、博士をスカウトしました。
1953年の北海洪水で英国に大被害があった
1953年、低気圧と高潮が重なり、北海沿岸地域に洪水の大被害が起きました。ロンドン東部も浸水し、この被害を食い止めるために北海の潮位研究が国の緊急課題になりました。もともと北海は反時計回りに潮の流れがあり、北側の海が深く南側が浅い構造です。氷河が溶けて地殻が軽くなると地殻が隆起する現象(氷河性地殻均衡)を計測するモデルによると、スコットランドが隆起し、南東イングランドは年間数ミリずつ地盤が沈下しますので、テムズ川の洪水リスクがどんどん高くなっていきます。
北海の潮は反時計回り
博士は北海の潮の流れと風向きにより、潮位の高さを予測する観測機器を完成させます。その研究は英国沿岸部の洪水の警告予報に大いに役立ちました。また、北海の油田探索や風力発電の設置場所のシミュレーションにも貢献しました。政府は防災計画を推し進め、テムズ川の洪水を完全に防ぐためのテムズ・バリアを設置します。
テムズ・バリアの構造はガスの元栓がヒント
テムズ・バリアの設計にはたくさんの応募がありました。選ばれたのは土木技師、チャールズ・ドレーパー氏のもの。ドレーパー氏は実家にあった古いガス栓の構造にヒントを得て、潮の流れを遮断する器具を作りました。その成果が認められると、ガス栓に似たバリアは両側の堤防がほぼ直線上にあり、かつ、川底の石灰層が強固でしっかりバリアを支えることのできるロンドン東部のニュー・チャールトンに設置されることになりました。
バリア・ゲートの仕組み
1984年、9基のコンクリートの桟橋が完成し、桟橋の間にゲートが設置されました。テムズ川河口からロンドン南西部のテディントンまで潮汐があるため、北海の高潮予想とテディントン堤防の水位予想をコンピューター解析し、最適の時刻にバリアが閉じるよう設計されています。地球温暖化による海面上昇もプログラミングされ、2070年まで安全に稼働すると政府が発表しています。さらに2100年までのアクション・プランも地球温暖化のシナリオに分けて打ち出されています。でも何だかドキドキしますね。
ロンドン高層ビル街を背景にした前衛的なテムズ・バリア
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