第221回 英国のキノコとねずみ返し
シティの東、ショーディッチを歩いていたら建物の屋上に大きなキノコのオブジェがありました。これはロンドンで活動する南ア出身のストリート・アーティスト、クリスチャン・ナーゲル氏が食料危機を訴えて、10年ほど前に欧米各国に設置したものです。軽量のポリウレタンでできていますが、遠くからは屋上にキノコが生えているように見えます。ただし、不動産所有者の許可なく設置したので、今ではその多くが撤去されてしまいました。
ポリウレタン製なので軽量
そういえば最近、英国王立協会の学術誌に掲載された西イングランド大学のアンドリュー・アダマツキー教授のキノコに関する論文が話題になりました。植物と菌類は互いに光合成産物やリン、窒素など必要な栄養素を交換し合っていることが知られていますが、それだけでなく、光合成を行う植物は電気信号を地中に送り、それが地中に張り巡らされているキノコ類の菌糸のネットワークを通じて伝えられ、情報通信を行っているそうです。
食料危機を訴えるキノコのオブジェ
そこでアダマツキー教授は菌糸に電極を差し込み、その電気信号の解析を行いました。すると単語や短文の特定パターンが検出され、頻繁に利用される20単語(最大50語)をほぼ確定できたそうです。菌類が使う電気信号は人の言語と非常によく似た構造を持つそうで、脳のニューロンも電気信号で情報通信していますから、菌類全体として知性を持っているのかもしれません。単語の意味の探求など今後の研究が楽しみです。
スタッドル・ストーンは庭園のオーナメント
さて、英国は日本よりキノコの種類が少ないというイメージがあるかもしれませんが、実は日本のキノコの種類が5000種(食用は約300種)なのに対し、英国には1万5000種もあるそうです。そしてキノコは地下の土壌に広範囲にわたり菌糸を張り巡らせます。ロンドンが世界のビジネス・センターとして多国籍、多文化の中心であるように、地面の下でも英国が植物や菌類の情報ネットワークの中心になっているのかもしれません。
キノコと植物は地下で会話する?
そんな話を友人にしたら、キノコの形をしたスタッドル・ストーンを知っているかと質問をされました。それは英国の田舎でよく見掛ける庭園のオブジェです。もともと高床式の穀物倉庫の土台に使われ、ねずみが登って来るのを防ぐ役目もありました。日本では弥生時代の登呂遺跡のねずみ返しが有名ですが、英語でもラット・ガードと呼び、古くから使われていました。地上ではキノコの傘で敵の侵入防止に努め、地下では菌糸が情報ネットワークを組んでいるとしたら、キノコはまるで英国諜報機関のMI6みたいです。
高床倉庫のキノコ形ねずみ返し
寅七さんの動画チャンネル「ちょい深ロンドン」もお見逃しなく。