第289回 ロンドンのフェアと病院支援
新緑がまぶしい5月になりました。5月というとメイ・フェアを思い起こしますが、メイ・フェアとは5月に行われていたフェア(市場)のことで、ロンドン西部の高級街メイフェア地区はそのフェアに由来します。フェアの語源はラテン語のferiae、聖人の祝祭日です。聖人の祝祭日に教会の前庭でフェアが開かれ、さまざまな特産品や珍しい品物が売買されました。そしてその入場料や販売代金の一部が教会に寄付されました。
メイフェアの地名は5月に市場があった場所が由来
フェアの始まりは1189年に現在のセント・ジェームズ宮殿の場所に建てられた聖ジェームズ病院という、女性のハンセン病患者の隔離施設にさかのぼります。12~13世紀のイングランドではハンセン病が流行したため、町の外れでも交通の便の良い場所に療養所が建てられました。当時の治療は祈祷が主だったので、教会が中心的な役割を果たしましたが、教会の財政は厳しく、フェアを開いて商業活動から資金を集めました。
ロンドン東部にあったハンセン病の療養所
この聖ジェームズ病院を支援したのがロンドン中心部ヘイマーケットで農産物を販売するフェアでした。しかし街の発展に伴い、1686年にメイフェア地区のブルックフィールドに移り、それがメイ・フェアと呼ばれる人気の市場になりました。毎年5月1日の聖ジェームズの祭日から2週間開かれましたが、宅地開発のため1764年にはロンドン東部のボウに移り、今ではシェパード・マーケットという広場だけ残っています。
メイ・フェアが開かれた場所の一部
また、1133年からは毎年8月にシティのスミスフィールドで布を扱うロンドン最大のクロス・フェアが行われ、ハンセン病や貧しい患者を療養する聖バーソロミュー教会を支援しました。英国特産の羊毛を目当てに欧州各国からたくさんの毛織物商人が集まりました。そして1462年から毎年9月にロンドン南部のバラ地区でもサザック・フェアがロンドンの中で2番目の規模で行われ、聖マリア病院を支援しました。
夏のクロス・フェア
秋のサザック・フェア
これらロンドンの三つのフェアは季節の風物詩として庶民に愛され、物品販売だけでなく、大道芸人の催し物や演劇、音楽会、遊戯、見世物が行われて盛大な祭りに発展しました。ところが16世紀半ばの宗教改革により教会の勢力が弱まると、フェアの活動は商人や富裕者が中心になり、利益追求と娯楽的な要素が強まりました。また、ハンセン病や貧しい患者を療養する施設は富裕者の寄付金や政府による福祉政策で運営されるようになり、もはやフェアには教会や病院の影がなくなりました。でも、姿変われど、人助けの思いは変わりません。
古くからキリスト教はハンセン病患者と向き合ってきた
寅七さんの動画チャンネル「ちょい深ロンドン」もお見逃しなく。