第235回 英国初の国債はトンチン方式
ロンドン証券取引所は17世紀にシティのチェンジ・アレーにあったジョナサン・コーヒーハウスから発展しましたが、米ニューヨーク証券取引所もコーヒーハウスから発祥したことを米国の友人から聞きました。ニューヨーク証券取引所の元になったのが1793年、ウォール街82番地に設立されたトンチン・コーヒーハウス。トンチン(Tontin)という名はナポリの銀行家、ローレンツォ・デ・トンチ氏が発明した資金調達の方式に由来します。
NY証取所(左)もLDN証取所(右)もその発祥はコーヒーハウス
トンチン方式では組織の会員が一定の金額を出資し、その後、定期的に支払いを受け取ります。会員が死亡するとその受け取り資格がほかの会員に委ねられ、生存会員がより多くの金額を受け取る仕組みなのです。最後の会員の死亡で終了しますが、長生きするほど獲得金額が多くなります。この仕組みはロンドンでも、1775年のフリーメイソンのグランド・ロッジや1789年のリッチモンド橋など、費用の高い建築の資金調達に利用されました。
ロンドンのグランド・ロッジ
この方式が初めて実行されたのは1670年、オランダ東部の地方自治体カンペン市の債券です。同市が固定利付債をトンチン方式で発行し、購入者は長く生きる人ほど利息が多くもらえるので人気商品になりました。同じころ、名誉革命後の英国政府が資金調達に頭を痛め、当時の金融先進国だったオランダからさまざまな金融技術を導入しました。1693年に英国で初めて発行された国債が、まさにこのトンチン方式の固定利付債でした。
トンチン・コーヒーハウス(中央)
この英国債は発行から7年間の利率が10パーセントですが、それ以降は7パーセントで、購入した生存者が7人に減るまで払い続けるというものです。ただ、当時の人々にとって国債もトンチン方式も不慣れだったため、応募者が多くありませんでした。投資家の中には当時10歳だった女の子が100歳まで生き延び、1783年までの90年間利息を受け取りました。しかも投資家の生存者が減り、受け取り利息が数倍にも増えたとてもお得な投資でした。
トンチン式で長寿者が得する
その後、英国政府は満期の定めのないトンチン方式国債を何度も発行しました。ところが生存者と偽って利息をだまし取る人が増えたため、この国債は廃れていき、代わって、長生きするほど額が増えるトンチン式年金に利用されるようになりました。それにしても、早死にすると困るからと生命保険に入り、長生きのためにトンチン式年金に入る。カゲロウのように短命でも、鶴亀のように長寿でも、とかくこの世は住みにくいです。
カゲロウの人生か、鶴亀の人生か
寅七さんの動画チャンネル「ちょい深ロンドン」もお見逃しなく。