ロンドンのソーホー・シアターで、
自作の英語版「One Green Bottle」を上演
野田秀樹劇作家 / 演出家 / 役者
1992年に文化庁芸術家在外研修員制度で来英。以来、ロンドンで知己を得て、英演劇界に根を張り広げ続ける野田秀樹が、4回目となるロンドンでの英語劇を上演する。「表に出ろいっ!」のタイトルで2010年に日本で初演された作品を英語翻案した「One Green Bottle」。日本のとある家族の崩壊を狂騒的に描いた作品がどう生まれ変わったのか。作・演出に加え、母役で出演する野田に話を聞いた。(インタビュー・文: 村上祥子)
過去にロンドンで上演された「THE BEE」「THE DIVER」は英語で制作するプロセスを経ていましたが、今回は日本で上演された作品を英語翻案されています。なぜこの作品を選ばれたのですか。
「THE BEE」と「THE DIVER」でキャサリン(・ハンター)とグリン(・プリチャード)に出演してもらいましたが、3人でまた芝居をしたいねという話があって。少人数でできる自分の作品はと考えた結果、「表に出ろいっ!」を英語にしたら面白いのではということになりました。
キャサリンさんとグリンさんの役者としての強みは何でしょう。
キャサリンは、(名門演劇学校の)RADAを出ている、いわば典型的な演劇エリート。言葉に対する接し方、言葉から自分の役を作っていく手法はなかなか日本にはないので、一緒に仕事していて学ぶべきものが多いです。
グリンは身体能力が優れているところと、器用という言い方をすると嫌な役者に聞こえてしまうかもしれませんが(笑)、とにかく何でもできてしまう。そこがすごいですね。
キャサリンは舞台上ではものすごく器用で、何でもできる女優さんに見えますが、稽古場では意外に愛すべき人で、すぐにはばっとやれないタイプなんですよ(笑)。非常によく考える人なのかな。最終的には誰もできないようなことをやってしまうのですが。
崩壊していく家族を描いた3人芝居。メガネをかけているのが母役の野田(写真後方)
「One Green Bottle」は3人家族の芝居ですが、キャサリンさんが父、野田さんが母、グリンさんが娘を演じられるとか。「THE BEE」でもキャサリンさんが男性の役を、野田さんが女性の役を演じられましたが、ジェンダーを交換する理由は?
「THE BEE」のときになぜジェンダーを変えたかというと、筒井(康隆)さんの原作の中にレイプ・シーンがあったんですね。ワークショップの際に、これをそのままやると抵抗があるという意見がイギリスの女優さんたちの中から出まして。それならばジェンダーを交換すれば女性が男性をレイプするということで膜が1つ掛かるので、直接的に見えなくなるだろうと考えました。
今回は、家庭における父や母、子の役割という話がよく出てきます。例えば父親がえばっているのも、男性が生々しくえばるよりも女性が演じる方が、言葉が皮肉に聞こえてくる。グリンが娘を演じますが、実際には男性です。男性でありながら「なんなの。(父親の)あのえばりっぷりは」などと話すと、その言葉が話している本人に返ってくる。そこがジェンダーを交換する面白さかなと再認識しつつ稽古しました。
英語翻案を務められたのは日系英国人のウィル・シャープさん。どのような経緯でシャープさんが担当されることになったのでしょう。
ウィルはイギリスで人気のテレビ・ドラマ「フラワーズ」の脚本を担当しつつ役者さんとしても出演しています。それを観たフランス人プロデューサーが、「ヒデキにとても合いそうな人を見つけたので会ってみたらどうか」と連絡してきてくれたんです。僕はそのとき東京にいたので、キャサリンに連絡して会ってもらったら、彼女からも「ヒデキとすごく合うと思う」という返事がきて。それで決めました。
野田さんと合う、というのは?
自分で言うのも嫌なんだけど(笑)、知的で、非常に古い言い回しを少し換えて使うような、いわゆる言葉遊び的な部分――シェイクスピアの言葉を少し崩しながら引用したり、ことわざを下品な言い回しに使ってみたりとか――そういうところが合うのかな、と。お互いチープなジョークも好きですね。構造や構成をよく考えて、過度な説明はいらないという点も近いかな。
日本語版とタイトルが全く異なりますが、その意図は?
最初は「表に出ろいっ!」をそのまま訳そうとしたのですが、日本人が感じる感覚がイギリスではどうも伝わっていないなと思い、あきらめました。元々、「表に出ろいっ!」は(歌舞伎役者の)18代目中村勘三郎とつくった芝居で、54、5歳で(自分が)どれだけまだドタバタができるかというところに賭けた、喜劇性が極めて強かった作品。「One Green Bottle」は、ウィルとの作業の中で、エンディングの解釈を変えようという話になって。喜劇性が少し薄れて、不条理ではあるけれどもよく考えると悲劇的な結末とも言える形になったことから、別のタイトルにした方がいいのではないかと感じました。
そして色々考えているとき、ウィルがイギリス人ならば誰もが知っている「Ten Green Bottles」という数え歌を持ってきたのです。10本の緑の瓶が減っていく様子は、希望なのか何なのかよく分からない人間の何かが、意識しないうちにどんどん減っていくというこの芝居の状況と合うな、と。歌の最後はゼロになるのですが、1本手前の「One」とするのがすてきかな、と思いました。
そのほかに変えた点は?
ワークショップの段階では直訳の台本を使っていましたが、その時点で、イギリスの文化的なコードと照らし合わせてどのような点が分かりづらいかを聞き、色々な部分が変わっていきました。そしてウィルとホン(台本)を作り始めてからは、娘役の部分が膨らんだと思います。ウィルの実年齢と近い役なので、その視点を持ち込んだのでしょう。彼は若い人たちの言葉も使えますし。
また、日本語版では娘がはまるカルト宗教は、オウム真理教を意識したつくりになっていますが、カルト宗教はイギリスではなかなかストレートには理解されないのではないかという話も出ました。そこで存在しないカルトをつくってみることになったのです。人が携帯やパソコンに没頭してしまう世界規模の社会的な状況下で、コンピューターの中に新たなカルトが現れたらどうだろうというところから、娘の部分が変わっていきました。
今後もロンドンで、こちらで親交を深めた人たちと小規模なプロダクションをつくっていきたいとお考えですか。
少数精鋭型ではない少し大きな作品もつくってみたいのですが、そこはお金の問題が大きいんじゃないかな(笑)。2015年に「エッグ」を上演したパリのシャイヨー劇場で、今秋には日本の大きなプロダクションを上演します。いつかロンドンの大きな舞台に日本のプロダクションを持って行きたいという気持ちはありますね。
「One Green Bottle」
とある夜。父と母、そして娘は、それぞれ外出しなければならない事情を抱えていた。しかし家には出産を間近に控えた飼い犬がいる。誰が家に残らねばならないのか。かくして仁義なき戦いの幕が切って落とされた。作・演出を務める野田秀樹のほか、オリビエ賞受賞女優のキャサリン・ハンター、グリン・プリチャードが出演。
2018年4月27日(金)~ 5月19日(土)
スケジュールの詳細はサイトを参照
£10~22
Soho Theatre
21 Dean Street, London W1D 3NE
Tel: 020 7478 0100
Oxford Circus/Tottenham Court Road駅
https://sohotheatre.com