4月23日は、英国が誇る名劇作家にして詩人、シェークスピアの誕生日。
毎年この日には故郷のストラトフォード・アポン・エイボンで祝典が開催されている。
しかし今年はそれだけにとどまらない!
なんとロイヤル・シェークスピア・カンパニーが
この日から約1年間にわたるシェークスピアの全作品上演を発表。
5月からはいよいよグローブ座の今シーズンも開幕する。
劇作家シェークスピアの偉大さを、劇場に足を運んで実感してみよう!
演劇を知り尽くした男、シェークスピア
英国で最も偉大な作家の1人として、今も文学界に燦然と輝くシェークスピアの存在。シェークスピアがここまで英国人に愛される理由は何だろうか。劇作家としての彼を、演劇という側面から探ってみよう。
実はほとんどのシェークスピア作品には、元ネタがある。例えばかの有名な「ロミオとジュリエット」は16世紀のイタリア人、マッテオ・バンデッロが書いた「ロミウスとジュリエットの悲劇の物語」を下敷きにしているし、「ハムレット」は12世紀末のサクソ・グラマティクス作「デンマーク史」を種本としていると言う。ということは、シェークスピアはストーリーをゼロから生み出す創作の天才というよりは、与えられたテーマ、役者を元にそれらを生き生きと輝かせることのできる、演劇というものを知り尽くした言葉の魔術師だったと言えるのではないだろうか。
宮仕えはつらいよ!?
座付き作家としての使命
「間違いの喜劇」
(RSC 05/06年)
シェークスピアは1590年代、「the Chamberlain's Men」(宮内大臣一座。後に「King's Men」(国王一座)と改名)の座付き作家兼俳優として活躍していた。座付き作家として、彼は劇団の経営を支える責務を負っていたわけであり、さまざまな戯曲を書くことによって常に観客を惹きつけておく必要があった。喜劇、悲劇、史劇、そしてロマンスと、さまざまなジャンルにわたって傑作を生み出し続けた背景には、そうせざるを得ない状況があったのである。
また同じ劇団でずっと戯曲を書いていたということは、あらかじめ演じる役者を想定して役を組み立てる、いわゆる「あて書き」をやっていた可能性が非常に高い。実際ロミオやハムレットなどの役柄は、劇団のトップスター、リチャード・バーゲージを、また「夏の夜の夢」に出てくるボトムや「ウィンザーの陽気な女房たち」のフォルスタッフなどの道化は、コメディ役者のウィル・ケンプを想定していたと言われている。シェークスピアが描く人物像にリアリティがあり、それぞれのキャラクターが確立されているのには、このあて書きの影響が大きいのかもしれない。
夢か現か幻か……
からくりの天才シェークスピア
実際、彼の戯曲を見てみると、舞台で演じられるということ、現実と虚構という2つの構造を意識した設定、セリフが多いことに気付かされる。
上)コンプリート・ワークス上演予定
「ロミオとジュリエット」
下)「十二夜」(RSC 05年)
「リア王」ではこの世は「巨大な道化芝居の舞台」だと表現され、「お気に召すまま」では「All the world's a stage, and all the men and women merelyplayers」(この世はすべて舞台。男も女も人はみな役者にすぎぬ)というセリフが出てくる。「ロミオとジュリエット」で駄洒落好きのロミオの友人マキューシオは刺されて死ぬ間際に「Ask for me to-morrow, and you shall find me agrave man」(明日俺を訪ねてこい。そうしたら俺は墓の中でもっと真面目な人間になっているさ: 「grave」の「墓場」と「真面目な」の意味をかけている)と言い放っているのをはじめ、セリフの一言一言には二重の意味が隠されていることが多い。
芝居の中で芝居が演じられる劇中劇も数多く出てくるし、なにより芝居全体が二重構造になっているものもある。実は「ハムレット」の冒頭シーンは、現在もなお研究家の間で論議を呼んでいる不思議な要素を含んでいるのだ。
亡き王の亡霊が出るといううわさのある城の城壁の上で、衛兵のフランシスコーが見張りに立っていると、交代要員のバーナードーがホレイショーを伴いやって来る。そこでバーナードーが発するのが「Who's there」(そこにいるのは誰だ?)なのである。彼は交代するためにやってきた人間なのだから、当然そこにいるのはフランシスコーだということを知っているはずである。それなのに何故そう尋ねたのか。そしてその後、バーナードーか? と尋ねるフランシスコーに対し、バーナードーは「He」と答えている。何故「I」ではなく「He」なのか。このシーンに関しては諸説さまざまだが、よく言われるのが、この「ハムレット」の劇世界では、冒頭からすべてが入れ替わってしまっているということ。尋ねるべき人間と尋ねられるべき人間、現実の世界と亡霊の世界。ハムレットは最初の一言から、すべてが逆転してしまっているというのである。
ここまで深く突き詰めなくても、シェークスピアの戯曲には、小説にはない、演劇ならではの魅力が詰まっている。一瞬にして切り変わる場面展開、韻を踏んだ美しいセリフ……。紙に書かれた文字が舞台上の役者の口から言葉となって出てくる時、シェークスピアの真の魅力が発揮されるのかもしれない。
生年月日
1564年4月、ワーウィックシャーのストラトフォード・アポン・エイボンに生まれる。教会に残された洗礼日の記録が4月26日になっており、当時は生まれた3日後に洗礼を受けるのが慣わしだったため、現在では彼の誕生日は4月23日というのが定説。家族
父親: ジョン。手袋製造業を営み後には市会議員にまで上り詰めるが、後に事業に失敗母親: メアリー。富農出身。結婚
18歳の時に8歳年上のアン・ハサウェイと結婚。当時アンはすでに妊娠3カ月だったとか。彼女との仲に関しては諸説あるが、死ぬまで添い遂げ、2人の娘と1人の息子をもうけた。「失われた年月」
結婚後、1592年頃からロンドンで劇作家兼俳優として活躍するようになるまでの期間は「失われた年月」と呼ばれ、公式な記録は残されていない。ロンドン劇作家兼俳優時代
宮内大臣一座の座付き作家、俳優、そして劇場の共同経営者として名を馳せたシェークスピアは、その生涯に37の戯曲と数々の詩を書き上げた。彼の最後の作品となった「ヘンリー8世」が書かれたのは1613年。その後はストラトフォードに戻り、悠悠自適な隠居生活を送る。死去
1616年死去。奇しくも誕生日と同じ4月23日に亡くなっている。享年52歳。故郷のホーリー・トリニティ教会に埋葬された。コンプリート・ワークス・フェスティバル
ロイヤル・シェークスピア・カンパニー(以下RSC)はシェークスピアの誕生日にあたる4月23日より約1年間にわたって、なんとシェークスピアの戯曲全37作品及び詩を上演することを発表した。世界初となるこの試みでは、RSCはもちろんのこと、世界各国から著名な劇団、演出家たちが集結。演劇史上類を見ないスケールでシェークスピアを楽しむことができる。
この劇団の特筆すべき点は、若く新しい才能を入れることをためらわない姿勢にある。現在のRSCをつくり上げたピーター・ホールは、芸術監督に迎えられた当時29歳。また世界的演出家として名高いピーター・ブルックは弱冠20歳で招待演出家としてRSCで活躍し始めている。古き良き伝統を守りつつ、新しい血を積極的に取り入れる革新的なアプローチこそ、シェークスピアを今の時代に生き生きと蘇らせる秘訣なのかもしれない。
世界のニナガワがRSCに再度登場!
「タイタス・アンドロニカス」
RSCより正式招待を受け、日本を代表する演出家、蜷川幸雄が本フェスティバルに参加することが決定! 上演作品は「タイタス・アンドロニカス」。シェークスピア全作品の中でも最も残酷と言われている戯曲だ。ローマ時代に帝位継承権を巡って争う人々の姿を描いたこの復讐劇は、これまであまり上演されていないが、人種差別や人の欲望、絶えることのない争いを赤裸々に描いたこのストーリーは現代社会にも通じるものがあると蜷川は語っている。日本人演出家と役者がつくり出すシェークスピア劇。本場ストラトフォードで観られるこの機会、是非お見逃しなく!
あらすじ 古代ローマ。ゴート族を制圧し、帰還した将軍タイタスは、ゴート族の女王タモーラの息子を生贄として切り刻む。ローマ皇帝の妻となったタモーラはその恨みを忘れず、ムーア人の愛人エアロンの策略に乗り、2人の息子たちにタイタスの娘ラビニアを強姦させ、その上彼女の両腕と舌を切断してしまう。さらにエアロンはタイタスの2人の息子が処刑されるように計画。息子たちの命を救うために、タイタスは自分の腕を切って皇帝に献上するが、腕と引き換えに渡されたのは、彼らの頭だった。子供たちを失ったタイタスは復讐の鬼と化し、血を血で洗う争いは一層激しさを増していく。
Address:
The Royal Shakespeare Theatre
Waterside, Stratford-upon-Avon, England CV37 6BB
Tel: 01789 403 444(お問い合わせ)/ 0870 609 1110(BOX Office)
期間: 2006年6月16日(金)~24日(日)
「スタートレックの船長」でお馴染み、
パトリック・スチュアートが戻ってくる!
「テンペスト」
人気テレビ・シリーズ「スタートレック」の船長で日本でも人気のパトリック・スチュワート。実は彼、元々RSC出身。RSCで培われた惚れ惚れするような姿勢の美しさと、正統派の発声は、シェークスピアを演じる上での必須要素と言える。演じるのは「アントニーとクレオパトラ」と「テンペスト」。特にテンペストはシェークスピア晩年の作にして最後の戯曲と言われている傑作の1つ。この機会にチャレンジしてみては?
あらすじ ミラノ大公プロスペローは、欲深い弟のアロンゾーによって娘のミランダと共に追放される。無人島に到着したプロスペローは習得した魔術を使って嵐を起こしてアロンゾー一族を乗せた船を難破させ、自分たちの住む島へとおびき寄せる。
The Royal Shakespeare Theatre
Tel: 01789 403 444(お問い合わせ)/ 0870 609 1110(BOX Office)
期間: 2006年7月28日(金)~10月12日(木)
英国を代表する大女優、ジュディ・デンチが復活!
「ミュージカル版 - ウィンザーの陽気な女房たち」
映画「恋に落ちたシェークスピア」でエリザベス女王を演じ、アカデミー賞助演女優賞を獲得した名優ジュディ・デンチ。実は彼女もここRSCの出身者の1人なのだ。今回彼女が演じるのは、何とミュージカル版「ウィンザーの陽気な女房たち」。軽妙に歌って踊る彼女が観られるのだろうか? 乞うご期待。
あらすじ 貧乏騎士フォルスタッフは、ウィンザーのガーター館に滞在中。自惚れ屋の彼は金持ちのフォード夫人とペイジ夫人の2人から想いを寄せられていると勘違いし、金を騙し取ろうと画策する。ところが色恋沙汰に疎いフォルスタッフ、何と彼女たちに一言一句同じ恋文を送ってしまったために2人はかんかん。互いに協力してフォルスタッフを懲らしめることに。
The Royal Shakespeare Theatre
Tel: 01789 403 444(お問い合わせ)/ 0870 609 1110(BOX Office)
期間: 2006年12月4日(月)~2007年2月10日(土)
「ロード・オブ・ザ・リング」のガンダルフ、
イアン・マッケランも堂々の登場!
「リア王」
そしてもう1人のRSC出身の大物、ガンダルフことイアン・マッケランも今回「リア王」に出演することが決まっている。リア王と言えば、シェークスピアの四大悲劇の中でも特にスケールが壮大なことで知られる名作。かつての暴君が老い、裏切られ、絶望の淵に追いやられる様を、マッケランはどのように演じてくれるのだろうか。
あらすじ 3人の娘を持つ年老いたリア王は、娘たちに領土を譲り、穏やかな日々を過ごそうと考えていた。自分を最も深く敬愛する者に一番豊かな領土を与えようとしたリアは、言葉巧みに誉めそやす上の2人の娘たちにすっかり騙され、正直な心の内を明かした末の娘コーデリアを追放してしまう。しかし財産を得た2人の娘はその後態度を豹変させ、リアを邪険に扱うように。怒りの余り正気を失った彼は荒野に1人さまよい出すのだった。
The Courtyard Theatre(2006年7月オープン予定)
Tel: 01789 403 444(お問い合わせ)/ 0870 609 1110(BOX Office)
期間: 2007年3月(詳細未定)
2006年のテーマは「The Edges of Rome」
グローブ座2006年のテーマは「The Edges of Rome」。シェークスピアの戯曲の大きなテーマの1つである古代ローマの歴史劇に焦点を当てた構成になっている。上演される演目は、「コリオレイナス」、「タイタス・アンドロニカス」、「アントニーとクレオパトラ」、そして「間違いの喜劇」。私たちには馴染みのないものが多いが、民族間の争いや独裁者の栄光と挫折など、今日の世界にも共通するテーマを描いたこれらの作品を、この機会に是非観てみてほしい。
シェークスピア・グローブ座とは?
1599年、ロンドンのバンクサイドに建てられたシェークスピア・グローブ座。座付き作家であったシェークスピアの数々の名作の初演が行われたことで有名な、名門劇場の1つである。1613年には「ヘンリー8世」の舞台を上演中、小道具の大砲が茅ぶき屋根に燃え移り全焼。1642年にはピューリタン革命の影響で閉鎖を余儀なくされたが、1997年、約400年の時を経てほぼ同じ場所に再建された。現在では毎年5~10月にかけて、その年のテーマに沿った演目を上演している。
この劇場の特徴は何といっても建物だ。当時の劇場を忠実に再現した現在の建物は趣深く、茅ぶき屋根の木造造り。円形の建物の中央部は当時と同じく平土間となっていて、屋根もない。ここで舞台を観る人は、席もなく、雨が降れば濡れる一方。それでも当時の雰囲気を楽しめるとあって人気となっている。確かにシェークスピアの時代、人々はぶらりと立ち寄って気軽に彼の芝居を楽しんでいたというから、こんな気楽な楽しみ方こそ、本来の観劇方法と言えるのかもしれない。
Address:
21Globe Walk, Bankside, London, SE1 9DT
お問い合わせ Tel: 020 7902 1400
BOX OFFICE Tel: 020 7401 9919
コリオレイナス
期間: 5月5日(金)~8月13日(日)
費用: 5~31ポンド
アントニーとクレオパトラ
期間: 6月25日(日)~10月8日(日)
費用: 5~31ポンド
「タイタス・アンドロニカス」の
アシスタント・ディレクター、
リチャード・ハートリー氏にインタビュー
―なぜ英国人はこんなにもシェークスピアを誇りに思っているのでしょう?
それはシェークスピアが我々英国人の文化構造―我々の使う言葉、我々の作り出す文章、そして何より我々の人生観や経験・感情を表現する方法―と非常に密接に織り交っていることと関係があるのかもしれません。
―シェークスピアとその他の戯曲家との違いは?
それはシェークスピアが我々英国人の文化構造―我々の使う言葉、我々の作り出す文章、そして何より我々の人生観や経験・感情を表現する方法―と非常に密接に織り交っていることと関係があるのかもしれません。
―英語が母国語でない人間にとってのお勧め作品はありますか?
どの作品であれ、実際に上演される時には視覚に訴えるものがありますから、観客の方たちにはお楽しみいただけると思います。「タイタス・アンドロニカス」では強姦されたラビニアを発見する場面、「ヘンリー5世」で王が自国軍の兵に呼びかける場面などは、ただ観ているだけで観客を圧倒させる迫力があります。実際、シェークスピアが意図した沈黙の中では、物語がより一層明確になり、心により強く訴えかけてくるのです。
左)「本物」と鑑定されたチャンドス肖像画
右)「偽者」と判明したフラワー肖像画
今回の調査は約3年半かけて行われ、その結果6点中5点が偽者で、「チャンドス」肖像画として知られる1点のみが本物の可能性が高いという結論に。その決め手は、イヤリングや服装などが当時のファッションと矛盾しなかったことだとか。ただ本物だという決定的な証拠もないというから、今私たちが知っている、おでこがちょっと後退したあのお馴染みの顔も、本当はまったくの別人なのかもしれない。
'SEARCHING FOR SHAKESPEARE'
National Portrait GallerySt Martin's Place, London WC2H 0HE
Tel: 020 7306 0055
期間: 3月2日(木)~5月29日(月)
入場料: 8ポンド
RSC : www.rsc.org.uk
Shakespeare's Globe Theatre : www.shakespeares-globe.org
*情報は掲載当時のものです。