英国人の「家」と言えば、「庭付き一戸建て住宅」が一般的なイメージだろう。だがロンドンなど大都市に住むほとんどの人は、フラットなどの集合住宅で暮らしている。そして英国では、低所得者層を対象とした社会住宅の整備にも力を入れ、建築学的にも素晴らしいものが作られている。
低所得者のためのインフラ整備
歴史を遡れば産業革命後、大多数の人が都市に集中。その受け皿として、同じ外観の住戸が連続する18世紀のジョージアン様式や、19世紀のヴィクトリアン様式による縦長屋(連続集合住宅)が発達した。しかし、これらの集合住宅は中流から上流階級の住まいとして機能し、低所得者はスラムなど劣悪な環境の中での生活を余儀なくされた。彼らにも快適な住まいを提供する目的で、英国では100年以上も昔から、多くの社会住宅の建設が試みられている。そんな中で、建築空間・デザインの質の高さが突出したものに、カムデン区の建築局による一連の社会住宅がある。1970~80年代にかけて精力的に造られた住宅は、コンクリートなどの安価な建材を用いても質の高い空間を創造出来ることを証明した。建築局は、名門建築学校「AAスクール」の卒業生が競って就職するなど、当時、面白い建築設計を行い世界中から注目を集めた。
カムデン区の社会住宅
カムデン区の社会住宅の代表的なものに、アレクサンドラ・ロード、ブランチ・ヒルズ、ハイゲートの3カ所にあるアパート群がある。これらの住宅を特徴付けているのが、住戸のほとんどがメゾネットと呼ばれる二層からなるアパート形式であることだ。そして、上層階にいくほど階段状に引っ込むセットバックの形式を採用し、陽の光を十分室内に取り込めるようになっている。また、狭い土地に高密度に住戸を集約できる高層ビルとは違い、そのほとんどが低層ビルである。玄関側は最小限の大きさの窓しか設置されていない一方、通路に面していない側には大きな窓が設けられ、プライバシーを確保しながら自然や太陽に対する空間を保っている。住戸内においても、メゾネットにより私的空間と公的空間が明確に別けられている所も理想的だ。
社会住宅の現状
残念ながら、70年代から建てられたカムデンの社会住宅は、行政の経営破綻や低所得者にも分譲する、いわゆる持家政策により、大部分が安値で民間に売却されてしまった。しかし現在でも英国政府は巧みな政策により民間資本を活用して、インフラとして低所得者用住宅の整備を延々と続けている。
安藤忠雄氏もかつて英国を訪れ、一連の住宅群を視察した。80年代に氏が設計した神戸・六甲の斜面に建つ集合住宅を見ると、カムデンで試みられた数々の建築言語が読み取れる。興味深いのは、六甲の集合住宅が超高級住宅として売り出されている点だ。立地条件や高価な内装仕様が資産価値を高めていることは明白だが、空間構成自体に際立った違いはないように思える。社会住宅の建設は採算を取るだけでも難しいに違いないが、だからこそ、行政が建設することに意味がある。社会住宅におけるデザインの挑戦からも、英国人の家作りへの情熱やこだわりが伺える。
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