第53回 マジカル・タクシー・ツアー
ロンドン名物のタクシー、通称「黒キャブ」の公式名称は「ハックニー・キャリッジ」、つまり辻馬車です。運転席と客席が分離され、客が向かい合って座るシートは確かに馬車の構造。「ハックニー・キャリッジ」という名の二頭立て四輪馬車や遠距離用の「ハックニー・コーチ」が市内を走り始めたのは17世紀初めのことでした。「ハックニー」とは馬の種類、またはシティ北東部で馬の育成場所だったハックニーを指す、というのが通説です。
シティを走る二頭立て四輪馬車
一方、「キャリッジ」は四輪車両の意味で、「コーチ」は15世紀、鉄バネを馬車のサスペンションに用いたハンガリーのコチ村が名の由来です。17世紀になるとイタリア出身のトゥルン・ウント・タクシス家が、肉の配達を兼ねて郵便業を営んでいた肉屋に代わり、郵便事業を欧州で独占。その後、郵便を輸送するメール・コーチもコチ村から始まりました。そして大切なものを配達する遠距離馬車がコーチの代名詞になったのです。
ドイツの郵便マークのホルンは肉屋の到着を知らせる角笛が起源
19世紀初め、フランスからキャブリオレ=一頭立て二輪馬車が輸入され、軽量軽装な馬車が流行します。これが「キャブ」の名の由来になりますが、さらにドイツで時計式タクシー・メーター(ラテン語で評価や料金を意味する「タクソ」が由来で税金の語源と同じ)が開発され、タクシー・キャブが誕生。料金計測器を装備した自動車が現代の「タクシー」となり、英国では「モーター・ハックニー・キャリッジ」と呼ばれるようになりました。
一頭立て二輪馬車(キャブリオレ)がキャブの語源
タクシーとは元来、料金計測器の略語で車を意味しない
ところで、ロンドン交通局が実施するタクシー運転手資格試験「Knowledge of London」は世界一の難関と言われます。市内の道路について筆記や口頭、実地など7段階に及ぶ試験に合格しなくてはならず、合格には平均して4年以上の歳月が必要だそうです。合格しても稼ぎは己の腕次第。カネより栄誉の世界です。この資格保持者やタクシー業界関係者で組織されているのがシティのギルド「ハックニー・キャリッジ・ドライバーズ」です。
このギルドは毎秋、「マジカル・タクシー・ツアー」と題して、難病を患う子供200人をパリのディズニーランドへの3日間の旅行に無料招待しています。開園2年後の1994年以来、4000人を超える子供たちが病床から「辻馬車」に乗って夢の遊園地で歓声を上げました。もちろん、これは警察や病院、そのほか多くのボランティアによる支援の賜物ですが、「辻馬車」に寄せられる厚い信頼は運転手の技能だけでなく、彼らの篤志にも裏付けられているのです。
2018年からの新規タクシーは電気化が義務付けられ、「エレキ馬車」になる予定