第72回 「Please keep it under your hat(どうぞ内密に)」
シティのギルドホールは日曜日を除き、無料で一般公開されています。ただし、シティの地方議会場でもあり、国家行事など重要イベントも多く行われますので、時々非公開になります。しかもテロ対策のため、事前に予定が公表されず、当日になって一般人の入場の可否が分かるので不便です。それでも15世紀の建物の内部は一見の価値があります。
ギルドホールは15世紀の建物
ホールに入場したら、まず上方のステンド・グラスをご覧ください。そこには歴々のロード・メイヤー(シティの市長)ー1189年に就任した初代ヘンリー・フリッツ=アーウィンから現在の688代目のマウントエバンス男爵に至るまでー全員の名前が彫られています。階上の演奏席の両端に立ってにらんでいる番人はゴグとマゴグ。「ブリタニア列王史」によれば、彼らは古代ブリテンを支配する巨人でしたがローマ人との戦いに敗れ、シティの警備役に変わりました。
シティの番人ゴグ(左)とマゴグ(右)
天井に掲示されているのは現在、110あるギルド(職業組合)の紋章の盾です。ギルドには順位付けがあり、上位12社をグレート・トゥエルブと呼び、彼らの12本の旗が掲揚されています。また、ホール内で赤い絨毯が敷かれている雛壇には長老議員の座席が。シティには25の区があり、各区から一人だけ選出される長老議員25名と数名選ばれる庶民議員(定員100名)の合計125名による地方議会がここで運営されています。
ギルドの紋章盾と旗
周囲を見渡して気付くのは、たくさんの石像。18世紀終盤のフランス革命戦争の時代から、政府は陸・海軍の英雄や戦争を勝利に導いた政治家のモニュメントを積極的にロンドン中心部に建立しました。一方、戦争を鼓舞する像やモニュメントを一切、一般道路や広場に建てない平和主義を貫くシティは政府の方針に反対。結局、政府との長い議論の末、人目につかないギルドホール内と聖ポール大聖堂の地下にそれらの設置を認めたのです。
ホール内の石像の数々
また、ここでは毎年11月、ロード・メイヤーの交代式、サイレント・セレモニーが行われます。中世以来の太刀や槌鉾(つちほこ)など市長継承の証(あかし)が列席者の前で沈黙のまま新市長に引き継がれ、さらにその後、秘密の儀式が続きます。太刀持ち役が被る毛皮の帽子の中に隠していたクライスツ・ホスピタル校(シティが支援する寄宿学校)の印章の鍵を取り出し、旧市長に返却。旧市長は無言でそれを新市長に手渡し、新市長が太刀持ち役に「Please keep it under your hat(どうぞ内密に)」と戻します。シティ伝統の「帽子の手品」には「脱帽」です。
帽子がモチーフになっている正面の紋章