第196回 ろうそくの芯とシップ・チャンドラー
英科学者マイケル・ファラデーの有名な著書「ロウソクの科学」では日本のろうそくが絶賛されています。日本のろうそくが英国のものと異なり、芯の内部に換気できる構造を持っているから炎が大きくて消えにくいと。それは和紙を竹ひごに巻き、ろうに漬けてからそれを抜いて空洞のある芯を作るため、点火した際に内側から酸素補給できるからです。西洋ろうそくは木綿糸にろうを漬けただけなのでそうした長所がありません。
和ろうそくの芯は空洞
一般的にろうそくの芯が燃え落ちる速度よりもろうが熱せられて気化する速度の方が速いので、燃え残りの芯は長くなりがちです。炎を安定させるためには、ときどきハサミで芯を切ることが必要です。ところが19世紀後半、西洋では芯を切る調整が不要になるような新しい芯が登場しました。ろうそくの芯の原料の木綿糸が溶けたろうをよく吸い上げ、かつ点火したらほどけて広がり燃えやすいよう、木綿糸を三つ編みに編んだのです。
ろうそくの芯に三つ編みを利用
S巻きとZ巻きの違い
これは古くから伝わるロープ作りのノウハウを利用したものと寅七は考えます。思えば産業革命は繊維業から始まり、大海を制覇した国が強国になりました。糸と船舶用ロープには深いつながりがあります。ロープには大きく分けて「よりロープ」と「編みロープ」がありますが、船でも使われる一般的なよりロープは、細糸を右上方に向って巻く「Z巻き」によって紐(ヤーン)を作り、それを左上方に向って巻く「S巻き」によることで縄(ストランド)を作ります。最後にそれをZ巻きにより合わせて太いロープを作りますが、反対向きにねじった繊維を交互に組み合わせることでより戻りを防ぎます。
よりロープは3種類の繊維のより合わせ
さて、ろうそく販売人をチャンドラーと呼び、ろうそくなどの日用雑貨を港に入ってくる船に向けて販売する人をシップ・チャンドラーといいます。ロンドン中心部シャフツベリー・アヴェニューにある「アーサー・ビール」は創業400年を超える老舗のシップ・チャンドラー。16世紀にテムズ川支流のフリート川近くで船舶用ロープ作りを開始し、今ではここの船舶用ロープや策具は世界的に名が知られています。また、世界最古の英国山岳会(アルパイン・クラブ)の専用ロープや劇場の吊り装置、バッキンガム宮殿の掲揚ロープの販売店としても有名です。しかしながら、ろうそくの芯とロープを結びつけるお店がここにあったと喜んだのもつかの間、アーサー・ビールは今年6月24日に閉店します。老舗のシップ・チャンドラーはホーサ―(係船ロープ)を解いて新しい船出をするのでしょう。
シップ・チャンドラーのアーサー・ビール
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