第219回 ベッドフォード・スクエア周辺の散歩
ロンドン屈指の文教地区、ブルームズベリーはお散歩には快適なエリアです。文教地区というのは世界中どこでも高台にあり、緑が多く、教育や文化施設が豊富なことが共通点ですが、とりわけベッドフォード・スクエアはロンドンの中でも格別です。スクエアを囲む全ての家(1番から54番地まで)が歴史上重要な建築として英国の重要建造物に指定され、建設当時の18世紀の面影を強く残します。質実剛健で気品にあふれ、英国らしさ満載。
ベッドフォード・スクエア
もともと16世紀の宗教改革では、ヘンリー8世が多くの土地を占有していた修道院を解散させ、王家の庭園(今のロイヤル・パーク)を作り、土地を貴族に払い下げました。1666年のロンドン大火でシティが壊滅的な打撃を被ると、貴族たちがロンドン西部や北部の不動産開発に着手します。地方の領地にはカントリー・ハウスを、都会ロンドンにはタウン・ハウスをと、どちらにいても自然豊かな庭園を楽しめる邸宅を作り出しました。
18世紀初頭のベッドフォード公爵邸
ロンドン中心部コヴェント・ガーデンを所有していた初代ベッドフォード公爵のウィリアム・ラッセルは、サザンプトン侯爵から政略結婚でブルームズベリーを獲得すると、それまで農地だった当該地に大規模なタウン・ハウスを幾つも開発しました。これが新興のアッパー・ミドル・クラスに大人気となり、18世紀にロンドン大学や大英博物館が建設されると文化研究施設や知識人が転入してきて、当地が文教地区になりました。
初代ベッドフォード公爵
美しいベッドフォード・スクエアから北に数十メートル歩きますと、19世紀半ばに一世を風靡(ふうび)したラファエル前派の結成場所、画家ジョン・ミレイの自宅だった場所があります。ここでミレイは有名な絵画「オフィーリア」を描きました。モデルのエリザベス・シダルは服を着たまま浴槽に何時間も浮かばされていたため風邪を引きました。やはり芸術家の集中力というのは誰にも止められないパワーがありそうです。
ジョン・ミレイ作の「オフィーリア」
そのミレイの家から東に100メートルほど歩くとロンドン大学の行政本部です。1937年に建てられたこの建物はアール・デコ様式で有名ですが、ジョージ・オーウェルのディストピア小説「1984年」が映画化されたとき真理省のビルとして使われて話題になりました。監視社会や歴史の改ざんなど、現代に関わる問題をほうふつさせます。それにしてもこの周辺の散歩は短い距離でも、18世紀から現代まで奥の深い思考の旅になります。
ロンドン大学本部セネト・ハウス
寅七さんの動画チャンネル「ちょい深ロンドン」第十六話「文教地区ブルームズベリー」もお見逃しなく。