第244回 英国硬貨の君主の顔の向き
新国王、チャールズ3世の戴冠式が無事終了しました。いよいよチャールズ3世の肖像が英国硬貨に登場し始めましたが、硬貨に刻まれる君主の横顔は右向きか左向きか伝統的に決められているそうです。前代のエリザベス2世の横顔が向かって右向きでしたので、今度のチャールズ3世は向かって左向きに変わります。
英国硬貨と君主の肖像の歴史をたどってみますと、ローマ植民時代やサクソン時代までは君主の横顔が使われていましたが、1066年のウィリアム征服王から16世紀後半までは横顔よりも玉座に座した正面顔が多いです。しかし16世紀前半の君主ヘンリー8世の肖像が刻まれた硬貨は、銀貨の内側を銅に変えて表面だけ銀で包んだ貨幣改鋳されたものだったことから、表面の突き出た鼻の銀が次第に削れ、内側の銅が露出していました。ヘンリー8世のあだ名「オールド・コッパーノーズ」は、これに由来します。
ウィリアム征服王の硬貨
銅が露出し茶色になっているヘンリー8世の鼻(左)
エリザベス1世の時代から顔の部分の銀が摩耗しないように横向きの肖像が増え、また、硬貨の縁を盗削されないようギザギザが加えられました。以降、硬貨の君主像は横向きが定着し、さらに君主が交代したら顔の向きが交互に変わる慣習が1660年の王政復古で即位したチャールズ2世から始まりました。その理由は定かではありませんが、チャールズ2世は前代のクロムウェル護国卿時代からの決別を強く意識していました。
エリザベス1世の硬貨から横向きが増えた(ロンドン塔所蔵)
クロムウェル時代の造幣局の彫金主任トマス・サイモンが抜擢され、クロムウェル護国卿の硬貨を作りました。月桂冠をかぶったクロムウェルはローマ皇帝に似て評判だったので、チャールズ2世の硬貨も同じ意匠で作られました。ところがチャールズ2世はその硬貨を気に入らず、硬貨を職人の手ではなく機械で製造するよう、また、硬貨の自分の横顔を逆向きに変えるよう命じました。硬貨を通じて世の中の変革を訴えたのです。
クロムウェル護国卿とチャールズ2世の硬貨(ロンドン塔所蔵)
その後、現代に至るまで君主ごとに顔の向きが交互に変わっています。唯一の例外がエドワード8世です。8世は自分の髪の分け目の見える、向かって左向きにすることに固執しました。造幣局は例外を認めて左向きの硬貨を準備したのですが、硬貨が流通する前に8世は王位を退位してしまいました。この後、従来の伝統に戻して次代のジョージ6世の硬貨は反対の左向きに作られました。以降、何もなかったかのように左右交代の伝統が続いているといわれています。前代に背を向け、未来に顔を向ける君主。その伝統に敬意を払います。
左向きに固執したエドワード8世の幻の硬貨
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