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正しい「ソーシャル・キス」の仕方とは?
私にとってフィギュア・スケートでいうトリプル・アクセル並みに難しい英国の習慣といえば、あいさつです。「ナイス・トゥー・ミー・チュー、アイム・マミ」。笑顔で話してはいるものの、あいさつの言葉を口にする前から、頭の中では「握手だけ?それともほっぺたを近付けるべき?」と、一瞬のうちに考えがぐるぐる回っています。というのも、英国では相手によって、またそのシチュエーションによっても、あいさつの仕方にバリエーションがあるからです。
最も定番なあいさつといえば握手。これは、年齢や性別に関わらず交わされることの多いジェスチャーなので、とりあえずは一番無難な選択肢です。とはいえ、英国生活に慣れてくると、周囲の様子を見ていて「私もあんなふうに自然に頬にキスしあったり、ハグしたりできるようになりたい」という気持ちが湧いてきます。英国生活も2年を経ったころ、頬へのキスをすることが増えたのですが、どうもしっくりいきません。そこで、友人Rに「あいさつのキスはどちらの頬にするのが正しいの?」と質問しました。ところがRは「いやぁ、それは僕にも分からない」と苦笑いをしながら言うではありませんか。Rによれば、男性の立場からすると、まず、キスをするかどうかは相手次第。そして、相手が頬を出してきたらそれに合わせてキスをするから、どちらの頬にするかも相手次第だというのです。
また、キスは実際に頬に唇をつけるのではなく、お互いの頬をつけて口で「チュッ」という音をさせる「エアキス」の場合が多いのですが、「エアキスじゃなくてプロパー(ちゃんとした)キスが良い」という人もいます。またあるときには、ほかの人のあいさつを真似しようと観察していた私が、隣の人がやったように頬を交互に2回差し出すと、驚かれたことがありました。英国の人の中にはキスを2回するのは欧州大陸、またはポッシュな人たちの習慣だと思っている人もいるからだそうです。
複雑さに輪をかけたのがパンデミック。ロックダウン規制解除後に友人たちと再会した夫が「最初にエマにあいさつしたときには『なんでキスしてくれないの?やっと会えたのに!』って怒られたから、次のメガンにあいさつする時にキスしようとしたら『キスはまだ(ウイルス感染を考えて)やめておいた方がいいんじゃない?』と怒られた」とぼやいていました。
一説には英国で家族などの近親者以外にキスをするようになったのはここ30年くらいのことともいわれます。そのせいか、オンライン上には「英国でのソーシャル・キスの仕方」という記事や動画が数多く見つかります。どうやらあいさつの仕方にとまどっているのは、外国人の私だけではないようです。