30
見えない列を見逃すな
渡英してすぐ、英語学校に通い出して3日目に「英国人の特徴」という授業がありました。先生が取り上げたのが、「英国人はどこでも列を作る」というテーマ。「列のことはラインではなくて、キューといいます」と、アメリカ英語との違いを強調しながら、先生は英国の人々がさまざまな場面でいかに規則正しく列を作って並ぶかということを、ユーモアを交えて説明してくれました。
下宿先に戻って大家さんにその話をすると「うちの近くのバス停は混んでいないけど、今度センター(ロンドン中心部)に行ってバスに乗るとき、よく観察してみて。目には見えない列があるから」と不思議なことを言いました。そして私はその週末、初めて出掛けたピカデリー・サーカスで、「見えない列」を体験しました。
ロンドンでは、同じバス停に路線の違うバスがいくつも停車します。なので、バス停には多くの人が待っています。目当てのバスが来ると、そのバスに乗る人がわらわらと集まってきます。そして、バスの乗車口から列を作るのですが、どうやら皆、誰が先にバス停に到着していたかを覚えているようなのです。そして、ランダムに立っていたと思われた人たちは、到着順に列をなして車内に吸い込まれていきます。その様子を見ながら、この「見えない列」のルールを守れるかどうかドキドキしていました。ただ、このとき私が乗ったバスは待っていたのが5人。自分が何番目にバス停に着いたか分からない私が1番最後に並ぼうとすると、スーツを着た男性が「お先にどうぞ」と譲ってくれたため、4番目に乗り込みました。私が男性より早くバス停に着いたからか、レディーファーストからか、今だにその理由は分かりません。
英国での「列を作る」歴史は、産業革命による社会形態の変化期までたどれるといわれます。また、配給制の行われた世界大戦時の厳しい状況をコントロールするため、政府が「英国人は我慢強く列を作る、公正で礼儀正しい人々」というイメージを利用し、人々にその考えをより強力に植え付けたという説もあるようです。
その由来はさておき、この国でバス停以上に「見えない列」が大事と言われるのは、パブのカウンター。混み合ったパブで注文をするときには、誰が先に来ていたかを覚えているべきなのは、バーマンよりも客の方です。ここで(見えない)列に並ばないと、マナーの悪い人だと思われてしまいます。もし順番が分からないときには、自分がオーダーする前に必ず両隣の人に「次はあなたですか?」と聞くのが無難です。