北半球最強の座を決定するラグビーの国際大会シックス・ネイションズ。その戦いの火蓋が2月3日、ついに落とされた。そういえば最近テレビで妙に多くラグビー選手を見かけるようになったなぐらいの印象しか持っていない方、今からでも遅くない!
本特集では、ラグビーなんか興味がない、そもそもラグビーのルールさえよくわからん!という人にまで観戦をお勧めする理由を列挙。シックス・ネイションズの魅力を知るための、徹底ガイドとして利用して欲しい。
(本誌編集部: 長野雅俊)
「シックス・ネイションズ」の名が示すように、本大会に出場するのは6カ国。その中では、英国を形成する4つの「国」であるイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド(アイルランド共和国との混成チーム)が参加国の半数以上を占めている。残りの2カ国は、英国とは何をやっても相容れないフランスに、昨年のサッカーのワールド・カップで優勝して欧州各国の嫉妬を集めたイタリア。この放っておいても闘争心ばかりが漲る組み合わせで総当り戦を行うという大会方式が、シックス・ネイションズならではの魅力となる。選手はもちろん、観客までもがそれぞれの御国のプライドを賭けた激しい戦いになること請け合いだ。
本大会はそもそも、1871年に行われたイングランドとスコットランドの代表チーム対抗戦が、後に慣習化したことに端を発している。1875年になってイングランドとアイルランド間でも代表戦が行われるようになり、続いて1881年にはイングランド対ウェールズ戦を開催、やがてこの4カ国で毎年総当り戦を行うようになった。1910年からは欧州大陸からフランスが参加。この頃からメディアでは「ファイブ・ネイションズ」という用語が使われるようになり、後に毎年行われる国際試合の大会名となる。2000年にはイタリアが参加して、現在の6カ国対抗戦の形式になった。
近年までアマチュアリズムの哲学を掲げてきた英国のラグビーでは、サッカーのようなプロ・リーグの発展が遅れた。そこで一般市民にとって、ラグビーを見る機会といえば国際大会のみ。しかもラグビーにおけるワールド・カップは、1987年の第1回大会まで存在しなかった。つまり、英国民にとっては長らくラグビー=シックス・ネイションズであったというわけだ。
6カ国対抗戦、といった本来の大会趣旨とは別に、イングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランドの英国を構成する4カ国には、大会中にどうしても勝ち取らなければならないタイトルがある。その主たるものが、イングランド対スコットランド戦の別称「カルカッタ杯」、イングランド対アイルランド戦の「ミレニアム杯」だ。さらにはウェールズも含めて自国以外の英国その他3カ国から勝利を収めると、「トリプル・クラウン」を達成したとして国中が大騒ぎとなる。つまり、たとえフランスとイタリアとの対戦に敗れ3位以下が決定的になったとしても、残りの3カ国に勝てればファンは万々歳、といった仕組みになっている。ちなみに欧州参加国含めたどのチームであれ、5カ国全てに対して勝利を収める完全優勝は「グランド・スラム」と呼ばれている。
2000年から参加したばかりのイタリアを除いて、大会参加国の優勝回数に大きな開きはない。欧州のラグビー強豪国同士の実力が伯仲しているため、全試合において接戦が予想される。
各国の優勝回数(複数国による同時優勝を含む)
イングランド | 35回 |
ウェールズ | 33回 |
スコットランド | 22回 |
フランス(1909年より参加、1932〜46年は不参加) | 22回 |
アイルランド | 18回 |
イタリア(2000年より参加) | 0回 |
日本人の間ではラグビーはまだまだ馴染みが薄く、そのルールさえよく知らない人も多い。そこでラグビー初心者のために、基礎的なルールをここで解説。観戦中にはお手元に置いておき、「?」な場面になったら参照してほしい。
基本ルール
1.より多くの得点を決めたチームを勝ちとする。得点方法は以下の4つ。■ 相手陣地のゴール領域(インゴール)にボールを置くトライ(5点)
■ プレー中に地面にバウンドさせたボールをキックしてゴールに入れるドロップ・ゴール(3点)
■ 重大な反則が起きた際に、反則を受けた側に与えられるペナルティー・キック(3点)
■ トライに成功したチームに与えられるコンバージョン・キック(2点)
2. ボールを前に投げたり落としたりしてはいけない(選手はボールを抱えて走ったり、蹴ったりすることでボールを前に進める)。
3. タックルで倒された選手は、すぐにボールを手放さなければならない。
ラグビーのポジション
ラグビーのポジション「前にボールを出してはいけない」というルール上、サッカーとは逆に主にフォワードが防御、バックスが攻撃の役割を担う。2 フッカー(HO)
スクラムを組んだ際に最前列中央に位置するポジション。ラインアウトの際にボールを投げ入れる役割になることも多い。
1・3 左右プロップ(PR)
「支柱」という名の通り、スクラム最前列の両側から押し込むプレーヤー。体が大きく重量のある選手が適役となる。
4・5 左右ロック(LO)
2列目からスクラムを押し込む役割を担う。長身選手が多く、ライン・アウトの際にジャンパー(味方に高く持ち上げられる人)になる傾向がある。
6・7 左右フランカー(FL)
スクラムに参加しつつ、バックス陣とも連携するかなり運動量の多いポジション。
8 ナンバー・エイト(No.8)
フォワードを統率する司令塔。
9 スクラム・ハーフ(SH)
スクラム内にボールを投げ込む、スクラムからボールを取り出して周りにパスを出す役割を担う。小さいながらも敏捷で、頭脳的なプレーヤーが多い。
10 フライハーフ(FH)
バックスの司令塔。さらにはチーム全体を指揮する役目を負うことが多い。
12・13 左右センター(CTB)
フィールド中央を力づくで突破することを本業とする。
11・14 左右ウイング(WTB)
ボールを持って両サイドを駆け抜けるのが役目の、俊足の選手にピッタリのポジション。
15 フルバック(FB)
最終ラインで待ち受ける防御の要。サッカーのゴール・キーパーのような役割を持つ。
ラグビーのグラウンド
用語解説
オフサイドサッカーと同様、ボールを持っている味方のプレーヤーより前にいたプレーヤーが、ボールに触れるなどしてプレーに参加すること。ラグビーの場合は、ボールの落下地点よりいったん10メートル戻ってから再びプレーへの参加が認められる。
シンビン
重大な反則を犯した選手が、10分間限定で退場する罰則措置。
スクラム
お互いのFWが組み合う、ラグビーではお馴染みの光景。スクラム形成時は、足でのみボールの操作を許される。
ダイレクト・タッチ
自陣22メートル・ラインより前で蹴ったボールが、バウンドせずに直接タッチラインの外に出ること。ダイレクト・タッチと認められた場合は、蹴った地点から最も近いタッチライン上で相手チームによるラインアウトで試合が再開する。
ドロップ・アウト
相手チームによって蹴り込まれたボールを、守っているチームがインゴール内でボールを地面に着地させたり、相手チームが蹴ったボールが自陣デッドボールラインより外に出ること。試合は中断され、守っていたチームによるキックでゲームが再開する。
ノーサイド
80分の試合時間が終了したことを意味する。フェアプレー精神を尊重するラグビーにおいては、試合終了後は「敵サイドも味方サイドもない」という思想からこの名が付いた。
ホイール
スクラムが90度以上回転すること。スクラムの組み直しとなる。
ライン・アウト
ボールがタッチラインから外に出た際に、ボールを出した選手の反対側の選手がゴールラインと平行な線に投げ入れてプレーを再開すること。
各国代表チームは国々で異なるラグビー文化や選手層、そして監督の方針を反映して、それぞれ独自のプレー・スタイルを持っている。ここではそういった各国の戦況分析と、今大会での注目すべき選手を紹介しよう。
ラグビーとサッカーという、共に英国で生まれかつ現代まで支持を集めるこの2大球技は、元々は同じ「フットボール」を母体としている。
19世紀前半、イングランドにあったいくつかの名門パブリック・スクールの生徒たちは、休み時間や放課後になると決まって「フットボール」に興じていた。この時点ではまだ近代フットボールは確立されておらず、学校ごとに設定された独自のルールの下でプレーしていたという。ただ注目すべき点は、当時の「フットボール」では、どの学校においても蹴り上げられたボールを手を使って捕球したり、そのままつかんで走ったりするのが許されていた、ということだ。
やがてこれらパブリック・スクールの生徒たちは大学に進学した際、「フットボール」の共通したルールが存在しないため他校出身者同士で試合ができない、という問題に直面した。そこでケンブリッジ大学の生徒は1839年、統一したルール・ブックの作成に取り掛かる。同じ頃、イングランド北東部ラグビーに位置するパブリック・スクールのラグビー校では同校独自のルールブックを文書の形でまとめ始めたことから、同校のルールも段々と世に広まっていった。
やがて主流となっていったケンブリッジ大学派とラグビー校派の2つのルールをさらに統一しようと、ロンドン全体の「フットボール」を管轄するアマチュア・クラブ協会が乗り出した。しかしここで問題となったのが、「ハッキング」と呼ばれる選手が手に持ったボールに対する膝蹴りに対する見解。危険なので一切禁止すべきとするケンブリッジ大学派と、膝蹴りこそがこのスポーツの最大の魅力とするラグビー校派の主張はお互い相容れないままに決裂した。
やがてケンブリッジ大学派が推進した「フットボール」が近代サッカーのルールとして1863年に制定され、もう一方がラグビーとなって発展したのだ。おもしろいのは、この時点に至ってもケンブリッジ大学派、ラグビー校派のどちらにおいても手を使うことについては異議が出ていなかったこと。スローイン、ゴール・キーパーなど、近代サッカーにおいていまだに手を使うことが許されるのは、こういった歴史の名残りだという。
ラグビーの歴史を語る際に必ず出てくるのが、ラグビー校出身の実在の人物ウィリアム・ウェブ・エリス少年の物語。「サッカーの試合に熱中していた彼が、興奮した余りに思わずボールを手に持って突進してしまった事件がラグビーの原型となった」という、少年のひたむきさとラグビーへの情熱を表した美しきエピソードとして語り継がれている。
しかし実際のところ、この事実を裏付けるさしたる証拠はないという。ましてや前述の通り、そもそもエリス少年が生きていた18世紀前半の「フットボール」では、まだ手を使うことが許されていたのだ。
ではなぜ彼の「伝説」がここまで広まったのだろうか。これに関しては膝蹴りをめぐって分裂したサッカーとラグビーが、お互い本家本元を争う中で創作された疑いが強いようだ。実際エリス少年の物語は、両者の分裂が決定的になった1863年以降になってから聞かれるようになった。美しきラグビー誕生秘話の裏には、そんな政治的な事情が潜んでいたのだ。
ラグビーを好きな人、というとマッチョで強面のイメージばかりが先行するが、実はラグビーのファンは結構マナーが良い。アウェーのファンを競技場の隅っこに追いやった上に相手側のファンを罵倒し続けるサッカーと違って、ラグビーでは観客席がホームとアウェーに分かれていないので、小競り合いなども滅多に発生しない。むしろ試合会場では「良し、ナイス・プレー」といった好意的な掛け声が目立つなど、上品に応援するのが特徴。また「ノーサイド」というラグビー用語が象徴するように、試合終了後には他国のファンと一緒に飲みに出掛けたり、電話番号を交換したりして新たな交流を深める、といった光景もよく見られるはず。プロ化が進むまでは代表選手たちまでもが試合後に対戦相手と一緒に杯を交わし、歌のコンテスト、飲み比べ大会を行うのが「義務」でさえあったという。今でも残るそんなラグビー独特のフレンドリーさって、なかなか良いものだ。
大男たちが激しく体をぶつけあう、猛々しいイメージを持つラグビー。しかし英国においては高貴なスポーツとしての顔も持っており、「サッカーは凶悪な人間による紳士のスポーツ、ラグビーは紳士がプレーする凶悪なスポーツ」という言い回しもあるほど。この点について、ラグビー博物館の館長を務めるジェッド・スミス氏に話を聞いてみた。
かつてラグビー選手には、2つの階層が存在しました。1つは、イングランド北部の労働者階級に属する兼業選手。彼らには生活がかかっているので、試合出場の際に給料の支払いを要求しました。それに反発しアマチュアリズムを標榜したのが、オックスフォード大学やケンブリッジ大学に代表されるエリート階級であり、こちらが後の英国におけるラグビーを先導することになります。
一方、サッカー界は依然エリートによって牛耳られながらも、草の根レベルでは労働者階級を受け入れたことで大衆的スポーツとして認知されるようになりました。日本では、ラグビーというと野蛮なスポーツというイメージを持つ人が多くいるみたいですが、英国では高貴な趣味なのです。ほんの20年ぐらい前までは、若い娘さんが婚約者としてサッカー選手の男性を紹介すれば親は顔をしかめるが、ラグビー選手だったら胸をなで下ろす、そんな時代だったのです。チーム・プレーの要素が強く、仲間との一体感を得ることができるということで、現在でもパブリック・スクールにおける体育の授業ではラグビーの指導が奨励されています。
イングランド代表のホームグラウンドであるトウィッケナム・スタジアムに隣接する博物館。「フットボール」がラグビーとサッカーに分化していくまでの過程や、各代表の過去の記録を残した貴重な映像資料を閲覧できる。
Museum of Rugby
Twickenham Stadium
Rugby Road, Twickenham TW1 1DZ
開館時間: 火〜土10:00〜17:00、日11:00〜17:00
料金: £10(学生£7)
Tel: 0870 405 2001
www.rfu.com/microsites/museum
各国会場を渡り歩きながら試合が開催されるシックス・ネイションズの今後の日程は、以下の通り。BBC1でもテレビ生中継されるので、週末のパブは歓声で湧き上がること間違いなしだ。
2月10日(土) | 13:30 | イングランド対イタリア ロンドン、トウィッケナム・スタジアム |
15:30 | スコットランド対ウェールズ エディンバラ、ムレイフィールド・スタジアム |
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2月24日(土) | 15:00 | スコットランド対イタリア エディンバラ、ムレイフィールド・スタジアム |
17:30 | アイルランド対イングランド ダブリン、クロークパーク・スタジアム |
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20:00 | フランス対ウェールズ サン・ドニ、スダテ・ドゥ・フランス |
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3月10日(土) | 13:30 | スコットランド対アイルランド エディンバラ、ムレイフィールド・スタジアム |
15:30 | イタリア対ウェールズ ローマ、スタディオ・フラミ二オ |
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3月11日(日) | 15:00 | イングランド対フランス ロンドン、トゥウィッケナム |
3月17日(土) | 13:30 | イタリア対アイルランド ローマ、スタディオ・フラミ二オ |
15:30 | フランス対スコットランド サン・ドニ、スダテ・ドゥ・フランス |
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17:30 | ウェールズ対イングランド カーディフ、ミレニアム・スタジアム |
*掲載当時の情報です