ロンドン中心部、コベント・ガーデンの象徴的存在であるロイヤル・オペラ・ハウス。
この地を本拠地とする英国随一のバレエ団、ロイヤル・バレエ団は、
世界各国から様々な人種の才能溢れるダンサーが集まる国際的なプロ集団だ。
連日、多くの観客を魅了する華やかな舞台を支えているのは、
バレエという芸術を職業とした人々の日々の努力。
今回は、近年、同団で注目度急上昇中の2人の日本人ダンサー、
蔵健太と小林ひかるの2人の対談が実現。
リハーサル、本番が続く忙しい間を縫って、バレエに魅せられた子供時代から
ロイヤル・バレエ団の日々までを語ってもらった。
(聞き手: 本誌編集部 村上祥子)
蔵健太 Kenta Kura
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ロイヤル・バレエ団に対するストレートで熱い思いから、ロンドンで販売されている納豆の価格まで、次から次へと会話を繰り出し、その場の空気を明るくするムードメーカー的存在の蔵健太。好きな役は「自分の個性を出しやすい、キャラクター性の強い役」で、自分にしかできない何かを探っていく作業が好きだとか。踊っているととにかく楽しくて興奮してしまい、力が入りすぎてしまうのが欠点とからりと笑うが、伸びやかな肢体が生み出す、ダイナミズムとエレガンスが融合する踊りが舞台で映える、存在感抜群のダンサーである。現在は「ロミオとジュリエット」で、ロミオの友人、ベンヴォーリオ役を務めている。
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蔵健太から見た小林ひかる
姿を見ただけでバレエ・ダンサーってすぐに分かる、気がしっかり入った人。すごく頑張るけど、同時に冷静、体も強い。踊りたいという気持ちも伝わるし、奇麗なラインを正確に出すこともできる、心技体が揃っていてうらやましいなって思います。バレエ・ダンサーって、写真を撮ったその瞬間が奇麗な人っているんですが、彼女はまさにそういう人ですね。
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小林ひかる Hikaru Kobayashi
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バレエ・ダンサーの中にあっても華奢な体躯が際立つ小林ひかる。その儚げな外見とは対照的に、迷いのない言葉の数々、黒目がちで意思的な瞳が、プロのバレエ・ダンサーとしての強さを物語る。私生活では、チューリッヒ時代からのパートナーでロイヤル・バレエ団プリンシパルのフェデリコ・ボネッリ氏と1年前に結婚。会話がボネッリ氏に及ぶや花が咲いたように笑顔が広がり、「分かり合えて、助け合える人がいる今の状態はハッピーです」と言い切った口調が実に印象的だった。昨年末は「眠りの森の美女」で主役デビューを果たし、評価も上々。ファースト・ソリストとして、今年も大役を演じることが期待される。
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小林から見た蔵健太
とにかくパワーが凄いですよ。もう、いつもやる気100パーセント以上、200パーセントで。普段のお稽古からとにかく凄い。舞台を前の方から観ている人は圧倒されると思うし、そういうのは見ていても気持ちがいいですよね。やっぱりやる気のある人の踊りって違うじゃないですか。舞台上でも違いがはっきり出ると思います。
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「ロミオとジュリエット」よりベンヴォーリオ Photo: AK
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「眠りの森の美女」よりオーロラ姫 Photo: Johan Persson
どうしても諦めきれなくて(小林)
初めて人から評価されて嬉しくて(蔵)
─ まず、バレエを始めようと思ったきっかけを教えていただけますか。
小林 | 母から聞いた話なんですけれども、3歳くらいの時に、テレビでバレエをやってて、それを観て興味をもったらしいです。それで母に「これ、やりたい!」って。記憶がはっきりしないんですけれども、演目は「白鳥の湖」だったと思います。 |
蔵 | 僕はですね、父親の会社と、僕が行くことになるバレエ・スタジオが隣同士だったんですよね。そこの地下に喫茶店がありまして、うちの父親が、そのスタジオの先生と知り合いになったんです。そこで何を思ったか、「うちの息子にもバレエをさせる」って約束してしまったらしくて(笑)。その日、夕方5時くらいに友達と野球をして家に帰ったら、兄貴が正座してずっと下向いてるんですよね、父親の前で。それで、テレビには「白鳥の湖」のビデオがかかってて……で、兄貴は半ベソかいてるんです。何やらかした、と思ったら、父親が「もうバレエの先生には一度連れて行くって言ったんだ!」みたいなことを叫んでる。僕は「これはなんかマジな話だな」って思って2階の自分の部屋に行こうと思ったら、「健太、ちょっと来い」「健太にやらせればいいんだ」「いや、健太よりお前の方が運動神経がいい」とか言ってて……。結局、兄貴がどうしても嫌だっていうんで、連れてかれたんですよね。そしたら、まぁ、楽しそうだったんで。違う世界だなあっていうのを感じたんですね。 |
─ 楽しみで踊っていた頃から、実際にバレエのプロになろうと思うに至るまでには、特別な瞬間のようなものがあったのですか。
小林 | 瞬間っていうのではなく、じわじわと。そう思い始めたのは10〜12歳くらいだったかな。 |
蔵 | 早い! しっかりしてたんだね。 |
小林 | 小学校の頃は、とにかく踊りが楽しくて、これからも踊っていければっていう具合だったけれど、中学校に入ってから変わって。ちょうどバレエ団付属のバレエ学校に入ったんですよ。日本の場合にはプロになってもお給料をもらえませんから、海外に出ないとプロにはなれないと分かっていたので、中学生の時には既に。 |
蔵 | 僕の場合は14歳、中学校2年生くらいの時に、地元のバレエの先生と「健太、将来、何やってくの?」って尋ねられて、「いやいや、何も考えてない」って言ったら、「せっかくだから、バレエ一生懸命やってみろよ」みたいな話になって。それで「ちょっと大会とか出てみないか」ということになったという。その後、大会に出て賞を取って有頂天になって。1位とかじゃないんですよ。5位なんだけど、その時に初めて人から評価されて、嬉しくて。頑張ったらもうちょっと順位が上がるんじゃないかなって思って、で、また頑張って次に3位になったんだよね。で、次にはまた順位が上がっていって。その当時、日本に来ていた外人の先生がいたんですけど、その方が、ローザンヌ国際コンクールのゲスト・ティーチャーの方で。その人が、「健太、お前、面白いから、ローザンヌ・コンクールとか出てみないか」って。 |
─ 面白いからっていうのはすごい理由ですね。
蔵 | すっごい下手だったんですよ。でも、バレエのステップとか知らないくせにバリエーションとか、男の子が踊れそうな役をコンクール用に練習していたんです。それしかできなかったんですけどね。そうしたらローザンヌで運良く、スカラーシップ賞をもらって。吉田都さんと同じ賞を(笑)。ただ、この賞は1番、2番ってあるんですけど、僕は1番下だったんですけどね。ぎりぎりもらってロイヤル・バレエ学校に来ちゃったんです。で、そのときからですね。もうここまできたら、頑張らなきゃって。 |
─ 小林さんはパリ・オペラ座のバレエ学校に進まれたわけですが、当時、オペラ座の学校には日本人は皆無、外国人全体でもほぼゼロという状態でしたよね。それを知りつつもこの学校に行こうと思われたのは何故ですか。
小林 | 日本に学校やバレエ団の公演が来ていたのを小さいときから観ていたのと、オペラ座独特の雰囲気っていうのに憧れてたんですよね。周りの人たちからは絶対無理だって言われていたんですけれども、やっぱり諦められなくて。私が当時通っていた東京のバレエ団付属の学校は、ロイヤル・バレエ学校と関係があったので「こちらならすぐ入れる、もったいないから行け」って言われてたんですけれども、私は「嫌だ」って……(笑)。 |
蔵 | ロイヤル・バレエなんか行ってたまるかあ!って(笑)? |
小林 | オペラ座に行きたい、というのが頭に完全に入っていたのでどうしても諦めきれなくて、大使館に電話しちゃったんですね。そうしたら、「前例がないから、直接バレエ学校に聞いてみてください」って言われて。手紙を書いて、当時勉強していたNHKのフランス語講座のテキストに載っていた翻訳会社に翻訳してもらって送ったら、6月に外国人の受けられるオーディションがあるので、オーディション参加の是非を決める審査をするためにビデオを送ってくださいって言われたんです。それでとにかく20分くらいのビデオを急いでつくって、送ったんですね。そうしたらオーディションを受けなくても、9月に入学していいって言われたんです。 |
蔵 | すごいね。 |
小林 | 信じられなくて。ゼロ、というよりマイナスの状態からポンって夢に届いてしまったので、びっくり仰天。そうやってオペラ座に行けることになったんです。 |
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「ロミオとジュリエット」よりベンヴォーリオ(写真右)
Photo: AK
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「ロミオとジュリエット」よりベンヴォーリオ(写真右)
Photo: AKPhoto
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「ピーターラビットと仲間たち」よりカエルのジェレミー
Photo: AK
ホームシックになる暇もなかった(小林)
ただ友達が恋しくて恋しくて(蔵)
─ お2人とも世界有数のバレエ学校に入学されたわけですが、学校での生活はいかがでしたか。
小林 | 私は寮生活を送っていましたが、ホームシックになる暇もなかったです。生活のスタイルは8時から12時までが普通の授業で、1時から5時までがバレエ。さすがに踊りはレベルが高いので、みんなについていくのに必死で、ホームシックにかかってる時間がなかった(笑)。ただ言葉の問題がありますから、始めの3カ月は苦労しましたね。けれども3カ月経つと、だいぶ言葉が分かるようになって、自分からも喋れるようになったので、そこからずいぶん、溶け込みやすくはなりました。でもかなり厳しい学校なので、卒業まで苦労しましたね。 |
─ 特に日本人であるが故の苦労というのはありましたか。
小林 | 何より言葉の問題が一番。後は、毎年必ず進級テストがあるんですけれども、それはフランス人じゃないと、受けられなかったです。だから外国人留学生は校長先生が進級を決めるんですよ。校長先生が次の学年に行けるかどうかを審査というか、普段の授業から見て決めるんです。で、進級できなければ退学。 |
蔵 | 僕はホームステイだったんですが、毎日、楽しかったですね。ホームシックにかかるってことはなかったんですけど、ただ友達が恋しくて恋しくて。僕、友達がすごいいっぱいいて、旭川では毎日誰か友達が家に泊まりに来てたんですよ。ローザンヌ国際コンクールの賞金は友達に会うために日本に帰る飛行機代に変わってましたから(笑)。ロイヤルは日本人もかなりいて英語を教えてくれたり、英語自体、中学校から勉強しているじゃないですか。言葉が分からないときには、得意の調子良さで、ここは真剣な顔しなきゃ、ここは笑うとこだって感じで、合わせていましたね。今考えてみると、初めてバレエというものを教わったのがロイヤル・バレエ学校かもしれないって思います。日本では役のステップは教わるけれど、基礎からやるということをやってこなかったから。 |
─ お2人とも、授業についていけないといった苦労はあまり感じなかった?
小林 | ついていけないとは、思わなかった。ついていこうとしてた。 |
蔵 | うん、ついていこうとしてた。結局、バレエ学校って厳しいからね。チョイスがないんだよね。ついていくしかない。 |
─ バレエ学校卒業後は、いよいよプロとしてバレエ団入団ということになりますね。
小林 | 1番初めはパリにある、バレエ団とバレエ学校の中間のような、若者だけのバレエ団に1年間、所属しました。その後はチューリッヒ・バレエ団に3年間、オランダ国立バレエ団に4年間。 |
─ 何度も移籍した理由は?
小林 | 自分が求めていたものと違ったり、入ってみなければ分からないということってありますよね。例えばチューリッヒに行った時、ディレクターからは、これからたくさんクラシックをやって、モダンも少しやる、色々な作品を踊れるという話だったんですけど、実際には、振付家でもあるそのディレクターの作品しかやらないことが分かったんです。やっぱり自分はクラシックもモダンもやりたい。それでどこかいいところがないか探して、オランダに移って。このバレエ団も好きだったんですが、ある時期にディレクターが、辞めてしまうことになってしまって、新しいディレクターの方が、また振付家だったんですね。この時点でどうなるかは分からなかったけれど、前のようになりたくない、そういうリスクを負いたくない。あとはまた一段、上に上がりたいと思ったので、ロイヤルに挑戦しました。 |
─ かたや蔵さんは、ロイヤル・バレエ学校から団へ。これは非常に狭き門だと聞きますが。
蔵 | そうですね。今でも毎年1人か2人ですね。僕がいたときも2人でした。もうスクール内の空気が、みんな団に入りたいっていう……。僕はロイヤル・バレエ団に入れなかったら日本に帰って、違うことをやろう、大学へ行こうと思ってました。 |
─ 入団はどのように決まるのでしょう。入団試験があるのですか。
蔵 | いえ。学校の公演が毎年夏にあるんですけれども、当時はその公演が終わった後か始まる前に、入団できる生徒には伝えられていたんですよね。今はもう、クリスマスくらいに言われるみたいですけど。で、僕は公演が終わっても何も言われなかったから、もう日本に帰る予定だったんです。それで友人の家でくつろいでいたところに、校長先生から電話が来て。もう即答で「入るー!!!」って(笑)。いいのか俺でって感じでしたね。 |
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「ジゼル」よりミルタ(写真右) Photo: AK
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「スケートをする人々」よりブルー・ガール
Photo: AKPhoto
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「アゴン」(写真右)Photo: Bill Cooper
踊りに対しての情熱が人一倍強いバレエ団(蔵)
舞台を大切にする力は1番強いと思います(小林)
─ そして現在はお2人ともロイヤル・バレエ団で活躍されているわけですが、ロイヤル・バレエ団というのは、どのようなバレエ団だと思われますか。
小林 | 他と比べて、とにかく仕事の量が多過ぎます(笑)。 |
蔵 | 多いね。 |
小林 | 新しい作品をどんどんやっていかないといけない。他のバレエ団は、一つの作品をやって、それが終わったら次のプログラムに入るっていうのがあったので、その間ちゃんと準備をする時間があったんですね。けれど、ロイヤルではプログラムが始まったらその次のプログラムも掛け持ちで、次の次のプログラムの練習も入ってくるという形なので、始め来たときは大変でしたね。 |
蔵 | 僕は他の所へ行ったことはないわけなんだけど、最近思うのは、仕事の量がすごいって今、話したでしょ。仕事が忙しくなると、みんなストレスが溜まるんだよね。疲れが出てきたりとか、怪我したりとか、キャスティング変更とか。でも、たまにロイヤルの舞台を観るでしょ。そうするとみんなね、凄い一生懸命なんだよね。何があっても、絶対に舞台だけはこなそうっていうね、エネルギーが伝わるバレエ団。去年はパリ・オペラ座も観たし、アメリカとかドイツのバレエ団も観に行ったけど、ロイヤル・バレエ団はもの凄いエネルギーが伝わる、踊りに対しての情熱が人一倍強いバレエ団だと思う。で、自分もその中に入ると、みんな頑張ってるから、疲れていても俺だけじゃないんだなって思って、歯食いしばってやる。今日もきつかったもんね。昨日の夜、舞台があってさ。でもみんなさ、歯食いしばってやってんだよ。俺だけ疲れてるなんて言えないなって思って。 |
小林 | そうですね。確かに、舞台を大切にする力はロイヤルは1番強いと思いますね。 |
蔵 | たとえリハーサルに出られなくても、舞台だけはやるってダンサー、多いよね。何があっても。怪我していても、痛み止め飲んだり、治療を受けたりして、もう絶対にステージで踊ろうっていう気持ちだけはみんな持ってるからね。 |
─ 日本ではバレエがエンターテインメントとして認識されている一方、プロとしてのバレエ、バレエで食べていくという考え方は定着していないように思います。英国でプロとして踊ることの大変さ、または喜びというのは、どのあたりにあるのでしょう。
蔵 | 役によっても変わりますけれど、何十回でも踊り続けられる作品と、踊っていても不完全燃焼っていう作品はやっぱりあります。でも、不完全燃焼だったということが、また踊る目的になるっていうのもあるんですよね。これだけ踊っていても、完全燃焼できたって思える作品に出会えることも稀ですし。 |
─ 日本に帰りたいと思うことはないですか。
蔵 | 他のバレエ団に行ったことがないから、踊りのことはよく分からないですけれど、日本に今、帰るのは嫌かな。ずっとステージにいたいから。きついし、嫌な役もあるけれど……。 |
小林 | 日本では公演回数が限られてますからね。 |
蔵 | ダンサーっていう職業なのに踊っていなかったら、ダンサーじゃないからね。基本的に踊っていないと、どれだけお給料をもらっていても、つまらないよね。踊っていたい。 |
小林 | それが仕事ですからね。ときに踊りたくない演目や役があってもやらなければいけないから、やる。それでもストレスはないですね。 |
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「オンディーヌ」よりティレニオ Photo: AK
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「ロミオとジュリエット」よりベンヴォーリオ(写真右)
Photo: AKPhoto
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「ジゼル」よりミルタ(写真中央)Photo: AKPhoto
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「ラ・バヤデール」よりガムザッティ Photo: Bill Cooper