タブロイド紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NOTW)」の
盗聴疑惑の話題で持ちきりの英国メディアでは、
最近盛んに「ルパート・マードック」の名が取り沙汰されている。
ビジネスと生活の拠点を米国に置く、英国人にとってはいわば一介の外国人に過ぎない
企業家の存在が、英国内でこれほどの騒ぎを起こすのは一体なぜなのか。
その相関図を眺めると、彼が誇る英国内での巨大な影響力の実態が垣間見えてくる。
ビンス・ケーブル ビジネス・改革・技術相 ![]() |
ジェレミー・ハント 文化・オリンピック・メディア・スポーツ相 ![]() |
![内閣のメンバー](/news/images/tokushu/1309/arrow01.gif)
デービッド・キャメロン首相![]() |
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アンディ・コールソン 2003〜07年までNOTW紙の編集長を務める。同紙の記者が盗聴取材を行っていたことが発覚し、この責任を取って辞任。その直後に首相報道官となるが、やがて盗聴取材が組織的なものであったとの疑いが強くなったために、今年1月に同職を辞任した。 |
![内閣のメンバー](/news/images/tokushu/1309/arrow03.gif)
![マードック](/news/images/tokushu/1309/04murdoch.jpg)
オーストラリア系米国人。世界的なメディア・コングロマリット企業ニューズ・コーポレーションの会長兼最高経営責任者。その影響力の大きさから、「メディア王」と呼ばれる。80歳。
マードック氏が保有する持ち株会社。傘下に英国の現地法人「ニューズ・インターナショナル(以下ニューズ社)」を抱え、同会長をマードック氏の次男ジェームズ氏、最高経営責任者を元NOTW紙編集長のレベッカ・ブルックス氏が務める。
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米国
● 20世紀フォックス(映画) ● ニューヨーク・ポスト(新聞) ● ウォールストリート・ジャーナル(新聞) ● ダウ・ジョーンズ(出版社) ● MySpace(ソーシャル・ネットワーク・サイト) |
その他
オーストラリア、ブルガリア、インドネシア、ルーマニア、トルコ、グルジアに拠点を置くメディアを保有 |
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テレビ
ITV![]() |
BスカイB![]() 写真)マードック氏によるBスカイB買収反対運動を行う人々 |
出版 | ハーパーコリンズ![]() 19世紀前半にスコットランドの聖職者たちが創設したコリンズ社と、同時期に米国で設立されたハーパー社を起源とする出版社。1987年にマードック氏がハーパー社を買収。続いて89年にコリンズ社を買収後、両社が合併してハーパー・コリンズ社となった。 写真)ハーパー・コリンズが出版するベストセラーの一つ「The Dangerous Book for Boys」 |
新聞
「タイムズ」紙![]() |
「サンデー・タイムズ」紙![]() |
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「サン」紙![]() |
「ニューズ・オブ・ザ・ ワールド(NOTW)」紙![]() |
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警察
取材活動に協力した警察官らに対して、「情報提供料」の名目にて、NOTW紙が謝礼金を払っていた可能性が報じられている。ロンドン東部ウォッピングにある同オフィス近くのマクドナルドで現金の受け渡しを行っていた疑い。 |
![]() ロンドン市長 2006年にNOTW紙による盗聴の対象であるとして警察から警告を受けるも、「労働党議員たちによるでっち上げ」として取り合わず。 |
![]() NOTW紙が携帯電話を盗聴していたことを認め、謝罪。慰謝料や訴訟費用として10万ポンド(約1300万円)を支払うことを約束した。 |
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![]() ITV系で放映の人気クイズ番組「Who Wants to Be a Millionaire?」の司会者。2005年に不倫問題が発覚し、10年以上連れ添った妻との離婚に至っている。 |
![]() 2003〜06年頃までシエナ・ミラーと交際。05年には、ロウが、自身の子供の面倒を看ていたベビーシッターと浮気していたとのニュースが話題となった。 |
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![]() 元ビートルズ、ポール・マッカートニーの元妻。2006年に同氏と離婚。英国内では当時史上最高額とされた2400万ポンド(約31億円)の慰謝料を受け取っている。 |
![]() 2005年11月に、ウィリアム王子が膝を怪我したとのニュースがNOTW紙に掲載されたことで王室が盗聴の疑いを持つ。後に盗聴の事実を警察が確認。 |
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ジョン・プレスコット 元労働党議員 ![]() |
![]() ウィリアム王子と同じく盗聴の対象に。2005年には、ナチス親衛隊の服を着て変装パーティーに参加する同王子の姿を「サン」紙が捉えて一大ニュースとなった。 |
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ロンドン同時多発 テロ被害者の家族 ロンドン同時多発テロの被害者の遺族も盗聴の被害に。警察からNOTW紙へと、携帯電話番号などの個人情報が流れた疑いがある。 |
戦死した英兵の家族 イラクやアフガニスタンで戦死を遂げた英兵の遺族も盗聴の対象とされていたとの疑いが7月に発覚。大手広告主たちがNOTW紙への広告掲載中止を開始した。 |
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ミリー・ドウラーさん NOTW紙が依頼した私立探偵が、2002年に誘拐され、その約半年後に遺体となって発見された当時13歳のミリー・ドウラーさんの携帯電話を盗聴。この探偵は、留守番電話の新規メッセージが入ってくるようにするために、古いメッセージを削除するなどの行為を働いていたとされている。 |
マードックは英国の「影の支配者」か。
NOTW紙が廃刊に追い込まれた理由
組織的な盗聴そして警察に賄賂を提供していた疑惑が発覚した「ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NOTW)」紙は、7月10日の発刊号を持って廃刊となった。ただNOTW紙が、スクープを得るために私立探偵を雇って有名人たちに盗聴を仕掛けていたことは、半ば公然の秘密として長らく知られていた。また警察と新聞社の密接な関係が報じられることも珍しいことではない。では、創刊から168年という長い歴史を誇るNOTW紙が突如として廃刊に追い込まれ、また米国人企業家マードック氏の名が英国でこれほど取り沙汰されるのはなぜか。
社会的弱者までもが盗聴被害に
第一に、一般人、それも誘拐事件や無差別テロ事件の被害者といった社会的弱者が盗聴の対象になっていたと判明したことが挙げられる。これまでは「良き家庭人」とのイメージとは裏腹に不倫関係を結ぶサッカー選手や、王室関係者とのつながりを利用して汚職に手を染める企業家の正体を暴くためであれば、盗聴という犯罪または非倫理的な行為をも許容するような社会的風潮が英国内にはあった。
しかし、社会事件の被害者の家族までもが盗聴されていたことが発覚したことで、世論の風向きが変わった。その変化を察知した広告主たちは、NOTW紙から撤退。またNOTW紙の親会社ニューズ社が39%の株を持つ衛星放送局BスカイBの市場価格は一気に下落した。
ニューズ社の独占支配に危機感
BスカイBは、NOTW紙が稼ぎ出す額の実に100倍に相当する年間10億ポンド(約1300億円)の収益があると言われている。ニューズ社は、目下、BスカイB株の残り61%を取得し、完全子会社化することを計画中。この買収案をめぐっては、同社のメディア独占に拍車を賭けるとして、英国内では早くから警鐘が鳴らされていた。ニューズ社は現在、日刊紙としては国内最大発行部数を誇る「サン」紙に加えて、高級紙では「タイムズ」紙と「サンデー・タイムズ」紙を保有している。世論へ与える影響力の大きさを指して、「ニューズ社が次の政権を作る」とやゆされたことさえあった。
このため、政界の要人たちは、同社との良好な関係を築こうと努めることになる。キャメロン首相は、盗聴疑惑で辞任したNOTW紙のコールソン元編集長を首相報道官に抜擢。ブレア元首相に至っては、イラク戦争の開戦直前に数度にわたりマードック氏と電話会談を行っていたと報じられている。
これらの事実から、2005年頃からNOTW紙が組織的な盗聴を行っているとの憶測が絶えず流れていたにも関わらず、警察や司法による捜査が芳しい成果を出せなかった背景には、権力者たちまでもが隠蔽工作に関わっていたとの見方も出ている。NOTW紙の記者たちが警察に賄賂を渡していたとのニュースは、こうした見立てをより強固にした。マードック氏に対して危機感を募らせる者たちは彼を英国内のメディアだけでなく、立法・行政・司法までをも牛耳る影の支配者として見ているのである。