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Mon, 09 December 2024
新春号 仏・英・独 3国特集 街並みに新たな息吹をもたらす建築家にインタビュー

ウィル・オルソップ - 美しい場所であれば、人はその場所に出掛けます

日本人が憧れを抱く、英国を含む欧州各国の古い街並み。
だがその風景も日々変化している。
そこで本誌新春号では、英国、フランス、ドイツの
街並みに新たな息吹を吹き込む建築物を生み出した
建築家にインタビュー。
まずは奇抜なデザインと歯に衣着せぬ発言で
英国の建築界に一石を投じる、
ウィル・オルソップ氏に話を聞く。

Will Alsop ウィル・オルソップ
1947年12月12日生まれ、イングランド中部ノーサンプトンシャー出身。英国建築協会付属建築学校卒。1981年に友人とともに建築事務所を開業。2011年に現職である「オール・デザイン」のダイレクターに就任。仏南部ブーシュ=デュ=ローヌ県県庁舎、独北西部ハンブルクのフェリー・ターミナル、ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジのキャンパスに加えて、ロンドン五輪会場の最寄駅となるノース・グリニッジ駅とストラトフォード駅の建設プロジェクトなどを手掛ける。2000年に開館したロンドン南東部のペッカム図書館が高い評価を受け、同年には王立英国建築家協会がその年に最も偉大な貢献を果たした建築を設計した建築家に贈るスターリング賞を受賞した。 www.all-worldwide.com 

近年、ロンドンの街並みが目まぐるしく変わっています。現在のロンドンにおける再開発計画のあり方をどう捉えていますか。

第二次大戦中にロンドンはひどい爆撃を受けました。だから1950~60年代にかけて、この都市を急速に再生する都市計画が進められたのです。ただ、それらの計画は一方で新たな都市問題を生み出しました。90年代、そして21世紀に入って、戦後に生まれたそうした問題をいかに解決するかを考える作業が始まったわけです。

私が手掛けたペッカム図書館が立つ地域周辺の都市状況を例として挙げましょう。ロンドン南東部ペッカムは戦後著しい成長を遂げた地域です。50~60年代に中南米やアフリカ地域の移民が押し寄せ、地域の文化を変えました。異なる文化背景を持つ人々が一度にたくさん集まったことで、暴力や犯罪といった都市問題も生まれました。そこでそれらの問題をいかに解消するか、という課題が立ち上がったわけです。

ペッカム図書館はそのデザイン性だけでなく、街の活性化に貢献したとして建築界だけでなく地域社会からも評価されています。ご自身ではこの建築物をどのように評価されていますか。

ペッカム地区を管轄するロンドン南部サザークの自治体が、街の中心にスイミング・プールや図書館を作るという構想をまとめ、私が図書館の設計を請け負うことになりました。完成してから、同地区における図書館の利用率が3倍に増えたと聞いているので、まあ私の仕事はきちんとやりましたよ、という感じでしょうか。街の中に新たな市場を作ったようなものです。あの建物が触媒となって、街に自信が芽生えたのでしょう。地元の人々が、あの建物に呼び寄せられた中産階級の人々と触れ合うようになったのです。その結果、より面白く、より安全な地域になったと思います。

オルソップ氏の代表作であるペッカム図書館
オルソップ氏の代表作であるペッカム図書館。
L字を傾けた形態が特徴的

ロンドンの都市再開発プロジェクトとしては、やはりあなたが手掛けたロンドン大学ゴールドスミス・カレッジのベン・ピムロット・ビルディングも有名です。

大きい建物にも関わらず、非常に低予算のプロジェクトでした。ゴールドスミス・カレッジの芸術部門は、国際的に高い評価を得ています。だから、たくさんの海外留学生が興味を持ってこの大学について調べてみる。すると、実際にはロンドン中心部から数十分でアクセスできるにも関わらず、その立地は「ロンドン郊外」と位置付けられているという情報を見つけてしまう。海外の留学生は「なんだ、ロンドンではないじゃないか」と思いますよね。

進学先を選ぶ条件として、授業の質と立地を挙げる学生は非常に多いと思うのです。ゴールドスミス・カレッジでの授業の評価は既に高いし、そもそもその良し悪しは建築家である私がどうこうできるものではない。そこで目を付けたのが立地という課題です。私はキャンパスの上階に大きなテラスを作ることにしました。テラスから国会議事堂やセント・ポール大聖堂といったロンドンの名所がくっきりと見えるからです。あの景色を眺めれば、誰だって「自分はロンドンのど真ん中にいる」と実感するでしょう。

ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジのベン・ピムロット・ビルディング
ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジの
ベン・ピムロット・ビルディング

他人の依頼に応える割合が圧倒的に多いのが建築家という職業です

ある一つの建築物を建てることで社会問題が解決されるということはあり得ると思いますか。

建築は社会問題を解決できることもあるし、できないこともある、というのが持論です。何か一つを変えることで、それに関わるそのほかのすべてが変わるということはあり得るでしょう。また良きにつけ悪しきにつけ、建築という概念の中には社会的影響も含まれていると思います。ただ都市開発において肝心なのは政治的な枠組みです。「ここに建築物を作ればこの街はこう良くなる」と偉そうに言う建築家がいますが、そういう輩には「お黙りなさい」と言ってやりたい。社会問題とは、まずは政治が解決すべきものです。その上で、一定の政治方針を建築が具現化するということはできると思います。

その意味において、自分の思い云々と比べて、他人の依頼に応える割合の方が圧倒的に多いのが建築家という職業です。もちろん「いつかこうしたことができたらな」と夢見ることはいつだってできますがね。

日本では地方の商店街が衰退し、「シャッター通り」と呼ばれる現象が起きています。あなたならそうした街をどう再生しよう とするでしょうか。

「シャッター通り」が魅力的に見えますか。美しいですか。美しくない。ならば、人はそこには行かない。シャッター通りの多くがアーケードで覆われているけれども、日本の天気ってそんなに悪いわけじゃないでしょう。少なくともロシアほど寒いわけじゃない。屋根を作ることで、買い物客が濡れないように、寒くないようにという配慮は理解できるのだけれど、あれでは外界との接点が奪われてしまう。

インターネットが普及してオンライン・ショッピングという形態が浸透するに伴い、旧来の商店街もその役割を変化させつつあります。わざわざスーパーマーケットまで出掛けなくとも買い物ができる、というのは確かに魅力的ですしね。そうであれば、商店街を賑わせるためにはどうすればいいのか。簡単には解決策は見つからないでしょう。ただ私が提示できる答えがあるとすれば、美しい場所であれば、人はその場所に出掛けるということです。ひどいくらいに単純なことですが、これが真実。人は美しいものに惹かれる。では美しさの定義とは何か、と聞かれたら私は答えられないのだけれど。

日本の街作りや、そのほかの文化についてはどのような印象を持っていますか。

年齢と経験に対して敬意を表す文化であるという点は大好きです。米国では45歳以上だと「失せろ」って言われてしまいますからね。英米の銀行業界も見習うべきですよ。なぜ銀行は問題を起こし続けるのか。投資銀行で働く人々って、30代前半で巨額のお金を動かしますよね。建築界では、その年齢で信頼を得ることはできません。何か大切なものが欠けていると判断されるからでしょうね。特定の技術に秀でていても、その特定の価値観や建築スタイルにおいてのみ優秀であると思われてしまう。

逆に日本、とりわけ東京の問題は、あれだけ大きい街なのに日本人ばかりということではないでしょうか。日本に日本人が多くいること自体は何の不思議もないですが、ただ外国と相互作用する余地が少ないように感じます。東京で暮らしているのは良い人ばかりで、技術的にも非常に進歩した街なのに何でだろう。頼むよ日本、もっと融和してくれよ。

ロンドン五輪会場の最寄駅の一つともなったノース・グリニッジ駅
ロンドン五輪会場の最寄駅の一つともなった
ノース・グリニッジ駅もオルソップ氏の手によるもの

不況は大好き。金融危機が大変だなんて言う奴はくそ食らえ

五輪という大きなイベントを境として、ロンドンの街並みが大きく変わったと思いますか。

ロンドン五輪の要点は、五輪パークの建設云々よりも、街全体で楽しんだということです。テムズ河に架かるウォータールー・ブリッジの真ん中から東西を見渡すと面白いんですよ。40年前は存在しなかった建物が視界に飛び込んできますからね。五輪の準備期間に限った話ではなく、ここ30~40年間でロンドンには新しい建物が次々と建てられているのです。

我々はかつて大英帝国という非常に古臭い価値観の中で生きてきましたが、さすがに今では英国が世界を支配するという傲慢な考え方は持っていません。その代わり私たちは、ロンドンを国際的なハブ都市にしようと考えています。そのためには、できるだけ早く空港を建てないといけない。この前も中国に行こうとしたら、飛行機は予約でいっぱい。もう需要が空港の収容力を超えてしまっているんですよ。また政治問題についての話になってしまったけれども。

それでは、建築的な観点からロンドンは今後どう変わっていくと思いますか。

より多様な建築物が並び立つ都市となるでしょう。一つの規格に収まらない、色々な違いを持つ建物がある街。言い換えると、多様性を誇りとする街。世の人々は、不変性や一貫性よりも、多様性と変化を好みます。また特定のコンセプトに沿って街を作るには、独裁者が必要です。しかも退屈な街になります。パリを見てください。パリは素晴らしいけど退屈な街です。どこに行っても同じ街並みで困惑します。ロシアのサンクトペテルブルクなども建築規制だらけで、歴史に囚われて身動きが取れなくなった街という印象を持っています。

オルソップ氏の建築事務所の地階には落書きができるよう黒板が取り付けられたバーなどがある
オルソップ氏の建築事務所の地階には
落書きができるよう黒板が取り付けられたバーなどがある

チャールズ皇太子を始めとする英国の保守派は、あなたが仰るような「多様な建築」をあまり好みませんよね。

チャールズ皇太子が建築について語ることは歓迎します。様々な人々が建築に関する議論を持つことにつながりますからね。ただ新しく建てる建築物は歴史的な関連性を持たなければいけない、という彼の意見には賛成しません。現代社会においては、彼が気に入るような歴史的建築物を建てる資金などないのです。そして、学校であれ、住宅であれ、一つの建物にどれだけのお金を費やすべきかを決めるのは、王室でも建築家でもなく、社会が決めることです。

それでは、あなたにとって好ましくない建築物とはどのようなものですか。

利益を追求することだけを目的とした建築には賛成できませんね。英国には合併を繰り返すことで成長を果たしてきた建築事務所がたくさんありますが、会社の資産価値だけを見て建築ビジネスを運営するのは私に言わせれば犯罪でしかない。病気や薬に一切の興味がなく、お金稼ぎのことしか頭にない医者にはかからないでしょう。心がなければ魔法は生まれない。建築家は、労働を、心を、情熱を、自分のすべてを建築に注ぐべきです。

現在の経済状況においては、建築家たちは様々な制約を強いられているのでしょうか。

私は不況が大好きなのです。今よりも良いものをいかに生み出すかと改めて考えるきっかけになりますから。より充実した時間を過ごすために仕事をし、アイデアを出してそれを実行していけば皆が幸せになるはずです。「金融危機で大変だ」なんて言う奴らはくそ食らえ!


 

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*本文および情報欄の情報は、掲載当時の情報です。

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