第47回 「2ペンスを鳩に」を聴きながら
50ポンド札のマシュー・ボールトン(左)と英国初の銅貨を造幣したソーホー鋳造所(奥)
映画「メリー・ポピンズ」では、聖ポール大聖堂の階段で鳩の餌を売る女性を背景に名曲「2ペンスを鳩に」が流れます。マイケル少年は2ペンス硬貨を父の言いつけで銀行に預けるより、ポピンズの言う通り餌代にしたいと考えます。よく見ますと彼の手にある硬貨が大きいことに気付きますが、当時(20世紀初め)の硬貨が大きいのには理由がありました。
聖ポール大聖堂と鳩のカップは、「メリー・ポピンズ」の歌がモチーフ
偽造が多かった硬貨の製造に革命を起こしたのが産業革命期の起業家、マシュー・ボールトン。彼は1797年、蒸気機関を使って1ペニー(直径36mm / 重さ28.3g)と2ペンス(同41mm / 56.7g)の巨大銅貨の大量生産に成功し、精巧なデザインで偽造を不可能にしました。当時の額面と同価値の量の銅が使われたため、巨大になりましたが、あまりに大き過ぎてよく錘(おもり)として使われたそうです。1971年の十進法に基づく通貨制度の導入でようやく小さくなりました。
日本の造幣局の貨幣大試験もゴールドスミスのものを採り入れた
その通貨改革まで、英国は複雑な通貨制度を採用していました。12ペンスが1シリング、20シリングが1ポンドという12進法と20進法の組み合わせです。これは1066年のノルマン・フレンチ征服時に導入されたものですが、当時の欧州大陸では多くの国が同じ様な通貨制度を採っていました。この仕組みはローマ帝国の通貨制度までさかのぼることが出来ますが、これを一気に十進法に改定したのがフランス革命時の仏政権です。
十進化時計の針は10まで。フランス人は天才かも
彼らは距離(メートル)や質量(キログラム)、液量(リットル)にも十進法を採用。さらに直角を100度、円を400度、1時間100分、1日10時間、時計の数字は10までとしました。十進化時間は不評で1795年に解除されましたが、通貨の十進法は世界の標準になります。英国人が長さをヤード、重さをポンド、水量をパイントにこだわるのは慣習というより、それらの十進法がフランス製だからかもしれません。ちなみに十本の指で数える方が簡単と思っている方、英国のご老人に尋ねてみてください。親指で残り4本の指の3つの関節を指しながら12までの数え方を器用に示してくれます。
さて、英国の硬貨の品質検査を行っているのはシティの職人組合ゴールドスミス。毎年2月に「Trial of the Pyx」という貨幣試験を700年以上行っています。こうしたたゆまぬ努力によって品質が維持されているのですから、使う私たちも愛しみの気持ちを持つことが大事です。どんな小額の硬貨も、餌代に使うにも預金するにも。