第232回 クリスマス・リースと聖なるいばらのとげ
今年もクリスマス・シーズンがやって来ました。商店街の派手なイルミネーションがクリスマス気分を否おうなく盛り上げてくれます。住宅街では玄関にクリスマス・リースを飾っている家もたくさんあります。もともとクリスマス・リースは豊作祈願や魔除けを祈る土着の信仰にクリスマスの風習が融合したものだそうで、特にセイヨウヒイラギの葉と赤い実で作られたものはイエス・キリストのいばらの冠を象徴しているそうです。
クリスマス・リース(上)とセイヨウヒイラギ(下)
確かに、血を思わせる赤い実と葉に、とげのあるセイヨウヒイラギのクリスマス・リースは、いばらの冠を彷彿させます。いばらの冠はキリスト教では「受難」を意味する重要なアイテムだそうで、聖遺物として大切に保存されてきています。2019年4月にパリのノートルダム大聖堂が火災にあったとき、そこに保管されていたキリストのいばらの冠が無事に救出され、ルーブル美術館に移されたことが大きなニュースになりました。
いばらの冠のイメージ
言い伝えによりますと、いばらの冠はキリストの死後、しばらくエルサレムに保管され、11世紀に東ローマ帝国の首都、コンスタンティノープルに移されました。その際、数本のとげが欧州各地の修道院に送られた後、1238年に冠全体を仏王ルイ9世が購入しました。以来、仏王家がフランス革命まで保管し、その間にとげの何本かが仏王から欧州の王族に与えられました。そのうちの1本のとげが巡り巡って、現在大英博物館に展示されています。
その経緯は以下のようなものです。1390年ごろ、とげを譲り受けた仏王シャルル5世の弟ベリー公爵が、「聖なるとげ」という聖遺物箱を作りました。そしてそれは16世紀に神聖ローマ帝国カール5世の手に渡り、1860年代まで後続するハプスブルグ家の財宝になりました。ところがこの箱は修理に出た間に美術商によって秘かに偽物にすり替えられたのです。富豪ロスチャイルドのフェルディナンド男爵は経緯を知らずに1872年、美術商がマーケットに流出させたその聖遺物箱を購入しました。
フェルディナンド男爵が大英博物館に遺贈した「ワデスドン遺贈品」
1899年、フェルディナンド男爵が収集した宝物を大英博物館に遺贈すると、「聖なるとげ」の聖遺物箱が大英博物館のものとハプスブルク家所有のものと二つあることが初めて明らかになります。とうとう1959年、専門家の鑑定により大英博物館に展示されている方が本物であることが判明しました。歴史はときに予想外の展開を見せるときがありますね。皆さま、本年も大変お世話になりました、どうぞ良いお年をお迎え下さい。
「聖なるトゲの聖遺物箱」(大英博物館蔵)
中央の木片が聖なるトゲ
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