ロンドン有数の繁華街にありながら、静けさが漂う瀟洒な建物。客席数は550とコンサート・ホールにしてはこぢんまりとしているが、1901年の開場以来、歴史に名を残す演奏家たちが極上の音楽を奏でてきた。この空間で4、5、6月の3カ月にわたり、「エイベックス・リサイタル・シリーズ」と銘打って日本を代表する音楽家3人のリサイタルが開催される。今回は、4月に行われたコンサートを大成功に導いたピアニスト辻井伸行に加え、5月と6月にそれぞれ演奏を行うヴァイオリニストの諏訪内晶子と庄司紗矢香にインタビュー。演奏活動、そして普段の生活などについて話を聞いた。
Wigmore Hall
36 Wigmore Street, London W1U 2BP
Tel: 020 7935 2141
Bond Street/Oxford Circus 駅
https://wigmore-hall.org.uk
圧倒的な存在感で、世界に名だたるオーケストラを背にダイナミックで華麗な演奏を繰り広げるヴァイオリニスト、諏訪内晶子。ロンドンでも数多くのコンサートに出演しているが、リサイタルを行う機会はそう多くはないという。5月21日に行われるコンサートは、音楽監督としての活動、チャリティー活動などを通して円熟味を増した諏訪内の演奏を客席数550という小さな空間で味わえる絶好の機会だ。
音楽は、勇気を与えるエネルギーになりうるもの
PROFILE
AKIKO SUWANAI
東京都出身、フランス・パリ在住。3歳よりヴァイオリンを始める。桐朋学園大学ディプロマ・コース在学中の 1990年、チャイコフスキー国際コンクールで最年少優勝。桐朋学園大学ソリスト・ディプロマ・コース修了後、91年秋から米ニューヨークのジュリアード音楽院へ留学、本科及び修士課程を修了。以降、ニューヨーク・フィル、ベルリン・フィル始め、世界各国の著名オーケストラとの共演を行っている。長年パリを活動拠点にされていますが、諏訪内さんにとってパリとはどのような場所なのでしょう。
刺激はあるのですがとても落ち着いていて公私がはっきり分かれているので、疲れて帰ってきたときにほっとできる場所であり、アーティストも多く住み、かつ英気を養えるところです。舞台というのは自分自身を表現しなければなりません。また、良い意味でラテン的なところもあります。
演奏家としての活動と並行し、2013年からは芸術監督として国際音楽祭NIPPONを開催されています。
十代の後半から、留学も経て活動してきた中で、ソリストは声が掛かったものを引き受けていくという形が多かったのです。そうした中、私はこれを続けていって一生を終えるのだろうかと次第に真剣に考えるようになりました。チャイコフスキー国際コンクールで優勝するまで、日本で育ち日本がベースだったので、音楽を通じていつか、何か日本にお返しすることができればという思いもありました。
当時は具体的に何をしたいとか、何ができるというアイデアはあまりありませんでした。それから10年ほど、色々な方と出会ったり、様々な音楽祭に参加したり、チャリティー・コンサートをしたりという中で40歳になり、徐々に始めてみようかということでこの音楽祭を立ち上げました。
音楽祭開催には、ビジネスやマネジメントに精通している必要もあるかと思います。諏訪内さんはジュリアード音楽院に通いながらコロンビア大学で政治思想史を学ぶなど、多角的な視点を持ち活動されていますが、こうした姿勢がプラスになっているのでしょうか。
アメリカに留学した経験は、非常に大きかったと思います。アメリカでは大学に入ったらすぐに社会活動を意識させます。イギリスも恐らくそうだと思うのですが、自分の「社会的な役割」を考えさせられるところがあります。それが日本で育った私には衝撃でした。そういう意味ではアメリカで勉強したということで自然に自分と社会のかかわりを意識するようになりました。
私は日本で生まれ育ち、海外生活の経験があればと思うくらい、外国に出たときは非常に苦労しました。でもそれは逆に考えると、日本で国際コンクールで競うための音楽的レベルを吸収できていたということでもあります。私の恩師である江藤(俊哉)先生は日本人として初めてカーネギー・ホールでリサイタルをした方で、つい先日もフィラデルフィアに行ったときに、「ああ、ここに先生は戦後留学された」と思いを馳せました。江藤先生は、フィラデルフィアにあるカーティス音楽院でエフレム・ジンバリストに師事したのですが、この方はチャイコフスキー・コンクールの委員長にもなった方で、先生はここでロシアの教育を受けられたのですね。そしてそのおかげで、私は日本にいながらにしてロシア・メソッドの教育を受けることができたのです。
東日本大震災後には、被災地で音楽祭を開催されるなど、積極的に支援活動を展開されていらっしゃいます。
やはり音楽というのは、具体的な言葉ではないけれども、すごく勇気を与えることができる、エネルギーになりうるものだと思います。(被災地で演奏活動をするのは)今回4年目になるのですが、行ってみて本当に驚きました。津波の被害に遭う前は電車が走っていた場所が今は道路になってバスが通っていたりして。仙台駅から3時間ほどかけて、母校である桐朋学園のオーケストラの皆と行ったのですが、若い人たちのエネルギーというのは素晴らしいですね。彼女たちも音楽の持つ、希望が見えるようなエネルギー、音楽家としての自覚というものを少し感じたみたいでした。
私はこの音楽祭が始まる前から、プライベートで病院での慰問コンサートを長年続けています。大学病院というのは、難しい症例を抱える方が多くて、入院するとなかなか出られない方が大勢いらっしゃるんです。そういう方たちに「ああ、今日は聴けて良かった」と言っていただくと、演奏家として音楽をしている原点みたいなところに戻ったような気がします。
5月にはウィグモア・ホールでコンサートを開催されます。同ホールは初とのこと、意外な印象を抱きました。
最近はリサイタル・シリーズ自体、どの国でもとても少なくなっています。ロンドンでは2月にもフィルハーモニア管弦楽団と共演しましたが、協奏曲を弾く機会は多い一方でリサイタルの機会がなくて。
ウィグモア・ホールはとてもアットホームな雰囲気ですね。由緒ある会場で演奏できるのは光栄です。共演者のパーチェさんは室内楽の経験が非常に豊富なのですが、彼もとても楽しみにしています。
パーチェさんとは第3回国際音楽祭NIPPONで共演されていますね。共演のきっかけを教えてください。
演奏会の滞在先でたまたまつけたラジオでリヒャルト・ シュトラウスのヴァイオリン・ソナタが流れていて、素晴らしいと思い、2楽章の途中から聴いていたのですが、「これは誰が弾いてるのだろう」と最後まで聴いたら、エンリコ・パーチェ、と。名前は知っていましたが、「いつか共演してみたい」と思うようになりました。2012年に音楽祭を立ち上げたのですが、「音楽祭に出演してもらえませんか」 と声を掛けました。そうしたら「いいですよ!」と。音楽祭ではリヒャルト・シュトラウスのソナタも共演し「録音しようか」という流れになりました。そのような経緯です(笑)。
パーチェさんは諏訪内さんから見てどのようなピアニストでしょう。
パーチェさんはイタリア人ですが、半分フィンランド人なのです。お顔はあまりイタリア人! という雰囲気ではな いですよね(笑)。静かな方なのですが、一度打ち解けると、内に秘めているものが、限りなくあるという感じです。
リサイタルではピアノの比重も非常に大きいので、ピアニストとの相性は大切です。今回のウィグモアもお互いに共演した流れで決まりました。
Avex Recital Series
Akiko Suwanai violin; Enrico Pace piano
5月21日(土)13:00 £20
Wigmore Hall 36 Wigmore Street, London W1U 2BP
Tel: 020 7935 2141
Bond Street / Oxford Circus 駅
https://wigmore-hall.org.uk/whats-on/avex-recital-series-201605211300
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