未来に何を残せるか? レガシーから見る 東京2020 オリンピック・パラリンピック特集
2020年、いよいよ東京でオリンピックとパラリンピックが開催される。この東京大会はスポーツ競技だけではなく、社会にポジティブな改革をもたらすきっかけとなる役割も担っているという。本号では、東京大会の基本コンセプト3本を解説するとともに、それを実現するための具体的な取り組みを紹介する。また、スケートボードやスポーツ・クライミングなどの東京大会から新たに加わる競技にも注目。オリンピックに向けて練習に励む、選手へのインタビューもお届けする。(Text: 英・独ニュースダイジェスト編集部)
開催期間
オリンピック 2021年7月23日(金)~ 2021年8月8日(日)
パラリンピック 2021年8月24日(火)~ 2021年9月5日(日)
参考: 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会HP、サイボーグ社公式HP、プライドハウス東京公式HP、経済産業省HP ほか
3つの基本コンセプトからひも解くオリンピック・パラリンピックの未来への挑戦
今大会のビジョン「スポーツには世界と未来を変える力がある。」の下、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会は、3つの基本コンセプトを掲げている。この3つのコンセプト「全員が自己ベスト/多様性と調和/未来への継承」に関連して、実際に今大会でどのような取り組みがなされているのか、さらに大会後にそれらの取り組みがどのように生かされていくのか、ニュースダイジェスト編集部が気になったトピックを取り上げる。オリンピック・パラリンピックの新しい側面をのぞいてみよう。
3つの基本コンセプト
全員が自己ベスト
世界最高水準のテクノロジーを会場整備や大会運営に活用し、すべてのアスリートが最高のパフォーマンスを発揮し、自己ベストを記録できる大会を目指す
多様性と調和
人種、性別、性的指向、宗教、障がいの有無など、世界中の人々が多様性と調和の重要性を改めて認識し、共生社会を育むきっかけとなるような大会を目指す
未来への継承
日本を大きく変えた東京1964大会。東京2020大会では、今度は日本が世界にポジティブな変革を促し、それらをレガシー*として未来へ継承する
*大会後に開催都市に残される社会的遺産
コンセプト1 全員が自己ベスト 最新テクノロジーがパラ選手の記録を塗り替える
滑やかな流線型のフォルムが美しい競技用の義足を手にするのは、義足エンジニアで競技や途上国用の義足を手掛ける「Xiborg(サイボーグ)」社の遠藤謙代表。同氏の夢は、義足のアスリートが100メートル走で健常者のメダリストよりも速く走ることだという。それは遠い未来の夢物語ではない。競技用義足の世界は現在、地面を蹴ったときの反発が大きく、前へ進む力が引き出せるバイオメカニクス(生体力学)を基にした設計で、カーボンファイバー製のものが主流。近年目覚ましい勢いで進化を続ける競技用義足によって、アスリートの自己ベスト更新が可能になっている。走り幅跳びの世界では、すでに健常者のチャンピオンによる世界記録を上回る記録も出ているという。
アイスランドとドイツのメーカーが圧倒的なシェアを誇るといわれる競技用義足の世界に2014年に参入したサイボーグ社だが、16年開催のリオ大会では早くも同社の義足を付けた佐藤圭太選手が400メートル・リレーのメンバーとして銅メダルを獲得。翌年の世界パラ陸上競技選手権では、米ジャリッド・ウォレス選手が見事金メダルに輝いた。佐藤、ウォレス両選手は義足の使用感を同社にフィードバックするなど技術の改良にも参加しており、現在もチームとしての飽くなき探求が続けられている。オリンピックとパラリンピックのアスリートの記録がこれまでになく接近しているなか、アスリートと技術者による二人三脚の努力がいよいよ大きく花開き、東京大会では自身の可能性に挑戦する選手たちが成果を発揮するだろう。
コンセプト2 多様性と調和 LGBTアスリートの人権を守る「プライドハウス」
ラグビーW杯開催中に期間限定でオープンした「プライドハウス東京2019」
(写真提供:プライドハウス東京事務局)
競技種目を男女で分けるスポーツの世界では、もともとLGBT*などの性的マイノリティーへの偏見や差別意識が強いといわれている。そんななか、オリンピック・パラリンピックで選手たちがあえて自らの性的指向を語るようになったのは、2012年のロンドン大会から。一方、14年のソチ大会では開催国ロシアが前年に制定した同性愛宣伝禁止法が問題視され、これを受けた国際オリンピック委員会は「オリンピズムの根本原則」を改訂。それにより性的指向による差別が禁止され、16年のリオ大会では、過去最多の56人の選手がLGBTであることを公表した。
日本ではLGBT支援の一環として、認定NPO法人グッド・エイジング・エールズを中心に、2018年に「プライドハウス東京」共同事業体を結成。プライドハウスとは、性的マイノリティーに関する正しい理解を広め、LGBT当事者や支援者である選手や家族、観戦者が安心して過ごす空間を提供するホスピタリティー施設のことで、10年のバンクーバー大会がその始まりだ。東京大会期間中は、都内にプライドハウスを設置して連動イベントを開催。大会後には、LGBTの若者の居場所として日本初の常設LGBTセンター「プライドハウス東京・レガシー(仮称)」の創設を目指す。プライドハウス東京は昨年のラグビーW杯期間中にも、東京・原宿に期間限定で開設。期間中はトークやワークショップのほか、民間企業が世界中のLGBTにまつわる絵本を翻訳し、プライドハウス東京に寄贈するといった取り組みも行われた。
*レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字を取った性的マイノリティーの総称の1つ
コンセプト3 未来への継承
新エネルギー技術を大会で活用
復興にも貢献
昨今のオリンピックでは、開催都市の負担軽減や持続可能性などが重視され、レガシーを生み出すことは大会の大きな目標にもなっている。近年のレガシーの成功事例は2012年のロンドン大会。メイン会場だった東ロンドンはもともと再開発が計画されていた地域で、大会期間中は選手村として機能し、その後ニュータウンとして生まれ変わった。
東京大会後も、選手村を活用した大規模住宅地「HARUMI FLAG」が完成する予定だ。都心の晴海地区に誕生する住宅地HARUMI FLAGの最大の特徴は、そのエネルギー源に水素を活用すること。水素は使用段階で二酸化炭素(CO2)を排出せず、さまざまな資源から生産できるという点でも注目されている。現在それに先駆け、大会期間中に福島県生まれの再生可能エネルギー由来の水素を都内で利用するプロジェクトが進められている。福島第一原子力発電所の事故後、福島では太陽光発電など再エネ由来電力の余剰分を利用して水素を製造・貯蔵することで、水素の生産段階でもCO2フリーの実現を目指してきた。
2020年7月からは福島県浪江町に建設された水素製造プラントを本格運用し、東京大会期間中にはそこでつくられた水素が燃料電池自動車などに利用される予定だ。また、同県はドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州とも再生可能エネルギー分野の企業育成などで連携する協定を結んでいる。福島生まれの再エネ由来水素は復興五輪のシンボルとしてだけでなく、水素社会のモデルとして、東京大会のレガシーの1つとなるだろう。