未来に何を残せるか? レガシーから見る 東京2020 オリンピック・パラリンピック特集
2020年、いよいよ東京でオリンピックとパラリンピックが開催される。この東京大会はスポーツ競技だけではなく、社会にポジティブな改革をもたらすきっかけとなる役割も担っているという。本号では、東京大会の基本コンセプト3本を解説するとともに、それを実現するための具体的な取り組みを紹介する。また、スケートボードやスポーツ・クライミングなどの東京大会から新たに加わる競技にも注目。オリンピックに向けて練習に励む、選手へのインタビューもお届けする。(Text: 英・独ニュースダイジェスト編集部)
開催期間
オリンピック 2021年7月23日(金)~ 2021年8月8日(日)
パラリンピック 2021年8月24日(火)~ 2021年9月5日(日)
参考: 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会HP、サイボーグ社公式HP、プライドハウス東京公式HP、経済産業省HP ほか
東京大会:注目選手インタビュー
自然と自由を愛するクライマーが「競技」に挑む理由プロ・クライマーアレクサンダー・メゴス選手ALEXANDER MEGOS
ドイツの豊かな自然や恵まれた岩場の環境は、これまで数々の伝説的なクライマーを生み出してきた。そんなドイツのクライミング史を受け継ぐ存在として今最も注目を集めているのが、アレクサンダー・メゴス選手だ。大自然に囲まれ、自由なスタイルでクライミングを楽しむ彼が、スポーツ・クライミングという「競技」に挑む理由とは? クライミングへの思いを語ってもらった。
─ クライミングとの出会い、そしてプロ・クライマーとして活動することになったきっかけを教えてください。
初めてのクライミングは6歳くらいのとき、父が家族みんなをクライミングに連れて行ってくれたのがきっかけです。12歳ごろからは地方選の少年チームにも参加し、両親と地元にあるフランケンユーラ *1(Frankenjura)の岩場へ出掛ける機会も増えていきました。あの頃の自分は、学校が終わると毎日岩場に行って、とにかくクライミングがしたかった。両親やコーチなど周囲の大人たちは、僕のペースを抑え、身体を休ませるのに苦労したでしょうね(笑)。そして20歳のときに初めて、プロのクライマーとして「お金を稼ぐ」という経験をして。これは自分にとって重要な出来事で、それからはっきりと自覚を持ってクライミングに打ち込むようになりました。
*1 ニュルンベルク近郊の深い森の中にある、ドイツを代表する岩場。80平方キロメートルほどの広大な土地に石灰岩が点在し、ルートの数は1万本以上に及ぶ
─ 出身地のエアランゲンは、街のおよそ20%を森林が占める、自然豊かな環境都市としても有名ですね。
故郷にフランケンユーラの森や岩場があったことは、自分のクライマー人生に大きく影響しています。子どもの頃からフランケンユーラの森の中を歩いては、難しいクライミングのルートを探していました。天然の岩場がつくり出すルートを読み、実際に登ってみることで、非常にたくさんのムーブ*2 を学んだと思います。フランケンユーラはいつだって、僕に新しい挑戦をさせてくれるのです。
*2 クライミング中の身体の動かし方の総称。バランスの取り方や距離の出し方、身体の支え方など、クライマーは状況に応じて さまざまなムーブを用いて登る
難関ルートに挑戦し続ける原動力を問うと、「ただただ好きなことをしている」という
シンプルな答えが返ってきた
─ 雄大な自然の中でフリー・クライミングを楽しんでいる姿が印象的ですが、スポーツ・クライミングという人工壁での「競技」にも挑戦する意義は?
アウトドアでのフリー・クライミングと、競技場で行うスポーツ・クライミングには、もちろん大きな違いがあります。でも、どちらの方が好きだとか、そういう感情はありません。2つのスポーツは、全く異なる経験を僕にさせ、新しい方向性を示してくれます。共通するのは、どちらも自分にとってかけがえのないスポーツで、ワクワクさせてくれるということです。
─ 東京大会への出場権を獲得されていますが、今大会での目標を教えてください。
まず「東京オリンピックへの出場」が決まったこと自体が、すでに自分にとって大きな目標の達成です!実はここ2年ほど不調が続いていて、どん底を味わっていました。オリンピック出場はもう無理だ、と自信をなくしていた時期もあって。でも最終的には、昨年東京で開催された世界選手権*3で、オリンピックへの扉が開けました。あの時は本当にうれしかった。東京大会での目標は、ベストを尽くすこと。そして最大限に、競技を楽しみたいです。
*3 2019年8月に東京都八王子市で開催された、IFSC クライミング世界選手権。メゴス選手はリード種目で第2位になり、オリンピック出場権を獲得した
─ このスポーツの魅力、そしてオリンピックでの見どころはずばり何でしょうか。
観客だけでなく、選手自身も最後の一瞬まで何が起こるか予想できないことです。オリンピックでは3種目(スピード・ボルダリング・リード)の総合点によって順位が決まりますが、どのアスリートもそれぞれに得意・不得意種目があるので展開も読めないですし。
また、リードとボルダリングでは、選手たちは競技開始直前までどのようなルートを登るのか知ることはできません。アスリートたちが目の前に立ちはだかる課題に対して、どう解決策を編み出していくか。その一瞬一瞬に注目してもらい、観客の方々にも観戦を楽しんでもらいたいです。
世界選手権にて、リード種目に挑むメゴス選手(種目については、競技解説を参照)
─ ライバルはいますか。楢﨑智亜(ならさきともあ)・明智(めいち)兄弟や原田海選手など、日本人選手たちの印象を教えてください。
誰のこともライバルとは考えていません。自分にとって、クライミングは「Gemeinschaftlicher Sport(直訳で「共同体的なスポーツ」)」。すべてのアスリートは尊敬すべき友人です。誰かに勝つためにクライミングをするのではなく、彼らと「一緒」にクライミングする、という感覚を大切にしています。
楢﨑兄弟も原田選手も、アスリートとしてだけでなく、人としてとても素晴らしい才能と人格の持ち主です。彼らのクライミングに対する姿勢やメンタルの強さは、僕にとっても大きなインスピレーション。たくさんのことを学ばせてもらっています。
─ 今後、クライミングはどんなスポーツになると思いますか。 また、その上でのあなたの役割は?
この先、多くの若いアスリートたちに未来を与えるスポーツになってほしいと考えています。というのも、プロ・クライマーを職業として生きていく道は、今のところ険しいものです。でも、今回スポーツ・クライミングがオリンピックの追加種目として導入されたこ とで、この状況は少なからず変わっていくでしょう。
僕自身は、これからの若いアスリートを支えられる存在になりたいです。どのような形で支援していけるか、まだはっきりとしたビジョンはありませんが……。アスリートとして経験を積みながら考えを深めていきたいです。少なくとも自分がオリンピックのために打ち込んでいるこの時間は、将来クライミングの世界を支えるための大きな糧になると思っています。
─ 1人のアスリートとして、人として、これからの人生をどのように歩んでいきたいですか。
今は、自分の全力をスポーツ・クライミングに注ぎたい。でもオリンピックが終わった後は、またフリー・クライミングをしに世界中の岩場へ出掛けたいです。そしてその先は……まだ分かりません。いつだって世界最高のクライマーになりたいと思っているし、将来的にはトレーナーとして、若いクライマーたちを支えたい気持ちもあります。はっきりしていることは、クライミングは自分の人生の大きな部分を占め続けるだろうということ。僕はまだ、自分自身の限界に達していない。だからこれからも、挑戦し続けたいんです。
スポーツ・クライミング 競技解説
スポーツ・クライミングとは、「ホールド」と呼ばれるカラフルな突起物を使い、人工的に造られた壁を身体1つで登るスポーツ。自然の岩場で行うフリー・クライミングよりも競技性が強く、スポーツ的要素に重点を置いている。東京大会で実施されるのは、「スピード」「ボルダリング」「リード」の3種目で、これらの総合得点から順位が決められる。
スピード
2人の選手が、同じ条件で設置された高さ15メートルの壁を同時に登り、そのタイムを競う。
ボルダリング
高さ4メートルの壁に極限まで難しく設定されたルートが並び、選手たちは制限時間内にいくつ登れるかを競う。
リード
制限時間内に高さ15メートル以上の壁のどの地点まで登れるかを競う。
ボルダリングとリードでは、ほかの選手のクライミングを見ることが大きなメリットとなるため、競技前の選手たちは隔離され、競技開始直前に全員に数分に限りルートを見る時間が与えられる。身体能力やテクニックに加え、課題を攻略するためにルートを見出す空間把握能力と知力、限られた時間の中でルートを覚える記憶力、そして瞬時の判断力が要求される。