この後どうなる? 英国のEU離脱
英国は1月31日に欧州連合(EU)からの離脱を迎えた。とはいうものの、年内は「移行期間」として実質的にはEUに残留したままの状態で、完全な離脱へ向け準備を整える。2016年6月の国民投票から3年7カ月、今後も紆余曲折と混乱はまだまだ続きそうだ。ここでは、移行期間中に決めるべき事柄のポイントをはじめ、離脱に対する国内の反応をご紹介する。英国のEU離脱は、英国・欧州にとって凶と出るのか、それとも吉に転じるのか。今はまだ誰もその答えを知らないといえるだろう。 (英国ニュースダイジェスト編集部)
英メディアが報じたBREXIT
EU からの離脱を迎えた英国。当日、また翌日の英国各紙のトップにはさまざまな言葉が躍り、離脱派と残留派の入り乱れる国内の様子が伺える。
BREXIT – IT'S TIME
離脱の時間だ
時計の針は1月31日の後も、移行期間の終了する12月末に向けて進んでいる。
(「タイムズ」紙 2020年1月31日)
The day we said goodbye
私たちがさよならを告げた日
ある英国人にとっては独立記念日、またある英国人にとっては
家族と死に別れたような日。
(「ガーディアン」紙ウィークエンド版 2020年2月1日)
What next?
そして次はなに?
祝祭の後には何がやってくるのか。
(「i」紙 ウィークエンド版 2020年2月1日)
OUR TIME HAS COME
私たちの時代が来た
30年にわたる抵抗を経て、偉大な英国の人々はとうとう離脱を成し遂げた。
(「サン」紙 2020年1月31日)
Britain finally cuts the EU ties
英国はついにEUとの関係を絶った
英国は47年にわたる欧州の共同体のメンバーとしての活動を終えた。
第2次世界大戦後に進められた欧州連合の歴史で初めて加盟国が離脱した。
(「フィナンシャル・タイムズ」紙 ウィークエンド版 2020年2月1日)
移行期間の重要性
移行期間とは、英国がEUと今後の関係に関するさまざまな協定について協議し、移行期間の終了と同時に発行できるように手続きを進めるための期間だ。約11カ月の移行期間中に英国とEUが全ての交渉において同意し、協定の発行手続きを進めることはまず不可能と見られているが、ボリス・ジョンソン首相は移行期間の延長はしないと明言している。そのため、優先事項や重要事項から手をつけていき、「合意なき離脱」まがいの大混乱を回避する必要がある。数ある懸念の中でも特に重要と思われる3つの事項を挙げてみた。(参考: 時事通信、ニッセイ基礎研究所など)
EU離脱後の移行期間
2020年1月31日 離脱 | |
2020年3月3日 EUとのFTAに関する交渉が開始 | |
2020年6月30日
移行期間延長の同意期限
延長する場合はこの日までに英EU間での同意が必要。 延長期間は最高2年 | |
2020年12月31日 移行期間終了 | |
EUとの交渉は合意に至ったか | |
YES | NO |
2021年1月1日EUとの新しい関係が スタート |
2021年1月1日EUとの協定なしに 移行期間が終了 |
(参考:BBC)
移行期間中に協議される主な重要事項
1FTA(自由貿易協定)を始めとした新たな国際協定の交渉
英国はEUとのFTA交渉を3月3日から開始する予定。保守党内ではカナダや日本とEUが結んだFTAを参考に、さらに広範な内容を盛り込んだFTA案が有力視されている。ただ、カナダとEUの貿易協定は交渉だけで約7年かかったとも言われている。また、1月22日付の「デーリー・テレグラフ」紙は、「相互認証」制度*の導入について、EUが提案を留保する場合もあると報じるなど、英国がEUとの交渉で「カナダや日本(との合意内容)より悪い」条件を提示される可能性も伝えており、困難が予想される。英国はさらに、EUとの交渉と並行して日本や米国などとのFTA交渉にも臨む方針だ。
*貿易相手国向けの製品検査・認証を自国で実施する制度
2アイルランド国境に関する
枠組みの導入
英国がEUから離脱すると、北アイルランドとアイルランド間に税関や国境検査が復活し、かつての紛争の爪痕が色濃い地域を不安定化させる懸念があるとして、メイ前首相とEUは以前、双方の間に税関や国境検査を復活させない方針で一致した。バックストップという安全策もその一つだったが、ジョンソン首相は新離脱案を提出する際にこれを廃し、北アイルランドを「経済特区」に指定。英全体が離脱後も北アイルランドはEUの「関税同盟」に残留させることとした。これに伴い、英国の他の地域から北アイルランドに入る物品の流れをアイリッシュ海上で検査しなければならなくなるのでは、との疑問が残る。
3EU市民の権利保全と
新たな移民管理制度の準備
在英EU市民の権利保障については、英国とEUが昨年10月にまとめた国際条約「離脱協定案」で定めている。それによると、EU市民や、EUと「移動の自由」の取り決めを交わしているノルウェー、スイス、アイスランド、リヒテンシュタインの英在住市民は、2021年6月30日以降も英国に在住する場合、永住権の取得が必要。永住資格の申請期限は今年12月末だが、来年6月末までは猶予期間が設けられる。今後、英政府はEU市民の永住資格を証明する書類やカードの発行を実現化するほか、在英EU市民の権利保障の状況を監視する独立機関の設置なども予定されている。
各業界のプロに聞いた
EU離脱について思うこと
移行期間はあるものの、ついに欧州を離脱した英国。この国に暮らす人々は今、何を感じているのか。弊誌でおなじみのコラムニストの方々をはじめ、仕事の関係から欧州大陸とのつながりを重要視せざるを得ない方々に、社会、ビジネス、経済、歴史など、さまざまな視点から離脱について語っていただいた。
残留派は離脱を受け入れることを学ばなければ
英通信社勤務 リチャード・ホルトさん(英国人)
離脱に対する私の見方は否定的です。2016年の国民投票では残留に投票したので、英国が離脱を選んだことに落胆しています。国民は投票前に離脱派の政治家たちから多くの嘘を伝えられました。英国はこれから不況に陥ると思いますが、私の仕事への影響は不明です。欧州の多くの出版社と仕事をしていますが、どのようにして一緒に仕事を続けるのか、お互いに準備ができていない状態です。
英国の不在による欧州の弱体化は、ロシアのプーチンの破壊的で拡張主義的な政策を助けてしまう結果になるかもしれませんね。また、英国は単一組織としてこれからさまざまなプレッシャーを受けるでしょう。国内ではスコットランド独立やアイルランド統一を目指す人たちがいるので、それによるトラブルが発生する可能性もあります。移民削減については、単純にその流れを止めたり、減らしたりすると働き手がいなくなり、NHS(国民医療制度)をはじめとした経済とサービス部門に影響を及ぼすので、私は反対です。――しかしどちらにせよ、非常に多くの人々が離脱に投票したので、その事実を無視することはできません。残留派は不満があっても、今回の離脱を受け入れることを学ばなければいけないのだと思います。
大きな混乱は起きないのでは
会計事務所勤務 女性(日本人)
仕事柄、ブレグジット後はどうなるか? という話題が以前からよく日系クライアントやコンタクト先などで持ち上がります。英国や日本の両政府関係者と話す機会も幾度かありましたが、今のところ、まだ誰も具体的な対策は立てられないというのが現状のように感じます。
まずは英国政府やEU諸国の政策を把握し、それから関税や人事など、どの分野でどういった対応が必要となってくるかについて検討。そしてそれを実行に移すという形にしかならないのではないか――そういう話の展開になって終わることが大半でした。
結局のところ、英国側としてもEU側としても経済的に大きな打撃を受けることは本望ではないと思うので、大きな混乱や日々の生活の中での大きな影響が出ることにはならないのではないかと、個人的には比較的楽観視しています。
霧の都の出船、波高く、風強し
シティ公認ガイド 寅七さん(日本人)
「シティを歩けば世界が見える」コラム担当
今回のEU離脱問題で16世紀に起きたヘンリー8世の宗教改革を思い出しました。ヘンリー8世は普遍的権威を持つカトリック教会から英国を離脱させ、国王と国教会の首長を兼ねながら英国を強国に変えました。その自国主義の熱望が現代にリフレインされているようです。
英国は法による支配や株式資本主義など世界的な模範をたくさん作り出しましたが、一方のEU(欧州連合)も28カ国が統合して人類普遍の価値の実現を目指す崇高な理念があります。その元をたどればカール大帝や神聖ローマ帝国へのオマージュに行き着きますが、自国第一主義の今の英国からすればどうでもよいことでしょう。英国は高邁な国の理念を世界に示し、志の低い国になって欲しくありません。
英国丸ジョンソン船長にボン・ボヤージュ。霧の都の出船、波高く、風強し。
日英関係を深めるための好機ととらえるしかない
異文化コンサルタント
グレアム・ロレンスさん(英国人)
「異文化相互理解を深めるためのビジネス文化塾」コラム担当
EU圏、英国と日本の橋渡し役を務めている私にとっての最大の懸念は、やはり、貿易への影響ですね。国民投票結果が発表された当日、私はEU加盟国と密接な関係を持つ某日系企業で輸出入を担当していました。電話は通常鳴りっぱなしですが、不思議なことに、その日に限って欧州大陸から1本も電話が掛かってきませんでした。しーんとした、何だか妙な雰囲気でした。大陸の人々の驚きが現れているのではないでしょうか。
流通や通関の実地経験を持つ私は、関税など実務レベルの手続きがうまくいくかどうかが心配です。常日頃ビジネスに直接携わっていない政治家はそこまで把握していないでしょうから。「やってみないと分からない」試行錯誤的な部分は多い気がします。
在英日系企業にご迷惑を掛けることは大変申し訳ないのですが、離脱は決まったことですので、日英関係を深めるための好機ととらえるしかないと思います。大陸で働いている同僚が懸念していることは、税制度などが具体的にどう変わるかがはっきりしていないことや、英国の離脱によってEU全体が弱くなることです。一方、日系企業や有能な人材が大陸の方へ流れることはドイツやベネルクスにとって喜ばしいことと考えられており、私たち英国人には悔しいですね(苦笑)。英国と日本は昔からの仲間ですので、今後はその絆がさらに強くなることを期待しています。
離脱すれば、英国の海にいる魚は自分たちのものになるのかと
鮮魚店勤務 男性(英国人)
国民投票の時、魚の関係者はみんな離脱に投票したと思いますよ。離脱すれば、英国の海にいる魚は自分たちのものになるんだとね*。でもそう簡単ではなかった。こっちだって欧州各国から魚介類を輸入してるしね。離脱が決まってからはポンドが弱くなったから、仕入れる魚も高くなってしまった。
鮮魚や魚の加工品をスーパーマーケットで買っているんだったら、ああいうところはスウェーデンやアイスランドから輸入された魚を多く扱っているので、これから関税なんかのせいでもっと値段が上がるんじゃないですか。それにその他の輸出入の手続きもいろいろ面倒くさくなるはずだ。今は交渉がうまくいくことを願うしかない。
*現在、英国は自国海域内の漁業管理をEUに任せているため、欧州の国々も英国の海域内で操業が可能。英国を含む各国の漁獲量は規定により定められているが、EU諸国の水産業は英国の海域にかなり依存している。今後、英国海域内での操業と漁獲量に関する交渉が英EU間で行われる予定。
今後はみんなで心を一つにしてほしい
在英ジャーナリスト 小林恭子さん(日本人)
「小林恭子の英国メディアを読み解く」コラム担当
とうとう、離脱が実現しましたが、離脱後は「離脱派」と「残留派」との対立・分断が消えることを願っています。2016年6月の国民投票以降、何としても離脱を実行するべきという離脱派と、再度の国民投票、そして残留の可能性があると想定する残留派とが互いを批判することに多大のエネルギーが使われてしまいました。議会も審議時間を無駄にしたように思えてなりません。今後は、離脱でEUからの移民が無制限に入って来られなくなるので、学校や病院が急激に混雑することもなくなるかもしれません。これから医療制度の充実、貧困の解決など、英国独自の政策を下院を通じて一歩一歩、じっくり取り組み解決することができるようになるのではないでしょうか。ロンドン五輪・パラリンピックを成功させたように、みんなで心を一つにして、英国を発展させることができるといいなと思います。