ニュースダイジェストの制作業務
Fri, 27 February 2026

LISTING イベント情報

オープン・ハウス・ロンドン 2019 - 「ソーシャル」に見る、いまどきの建築

Open House London 2019 オープン・ハウス・ロンドン 2019年9月21日(土)〜22日(日)

世界最大の建築ショーケースとして毎年話題の「オープン・ハウス・ロンドン」。ロンドンが誇る歴史や革新的なアプローチを建造物で知る、年に一度の特別な週末だ。例年通り800以上の建物内部が一般公開されるが、今年のテーマは「ソーシャル」。昨今、ソーシャル・メディアで写真映えを求める現象が建築デザインにもおよぶことから、「インスタ映え」する都市を構成する建築、そして「社会的」という意味で地域に貢献する建築が選ばれている。本誌では、このテーマに沿った独自のセレクトで、普段は見学できない建造物やオリジナリティーある個人宅を中心に紹介する。(文: Miki Yamanouchi)

オープン・ハウス・ロンドンとは?

創造と革新の都市、ロンドンの景観を構成する「建築」を、新旧とり混ぜ毎年新しい切り口で紹介するオープン・ハウス・ロンドン。ロンドンという街の魅力を市民にもっと知ってほしい、という志の下に27年前にスタートしたチャリティー・イベントだ。普段そばを通っても訪れるチャンスがなかった建物や、建設中で気になっていた建物の実体を知ることができる。この週末のために1日に数時間だけオープンするもの、予約が必要なものなど、物件によって条件が異なるので、公式サイトからリンクされた各予約ページを活用し計画を立てよう。印刷されたガイドブック(10ポンド)も発売され、インスタグラムのアカウントでも、今回のセレクションを美しい写真で紹介している。なお、要予約のものは満員となる可能性あり。それ以外は全て先着順だが、混雑状況により屋外で並ぶ場合もある。

https://openhouselondon.org.uk

Instagrammable インスタグラマブル

最近は実用的、機能的であることの他に、「インスタ映え」も重要な建築要素に。どれだけソーシャルメディアで「アップ」されるかが、成功指数の高さになってきている。

キッズに朗報!歯科院がハッピー・ジャングルに
Happy Kids Dental Clinic Marylebone
ハッピー・キッズ・デンタル・クリニック・マリルボーン

Happy Kids Dental Clinic Marylebone

トラやサイの口が鏡になった歯磨き用洗面台、ゲームのできるiPadが備わる待合室のベンチではカバの親子が読書中。治療室まで熱帯ジャングル風デザインで統一され、2フロアにわたって子供が苦手な歯科治療を楽しくする工夫が凝らされている。小児用に特別に開発された最新の治療法を採用し、施術面も安心だ。当日は家族向けアクティビティーが用意されているので、子供と一緒にのぞいてみては。

  • 9月21日(土)10:00-17:00
  • 74–78 Seymour Place London W1H 2EH
  • Marylebone / Edgware Road

集える、憩える、ロンドンの新広場
Coal Drops Yard
コール・ドロップス・ヤード

Coal Drops Yard

ヴィクトリア時代の産業遺構を生まれ変わらせたのは、ダブルデッカー・バスのデザインでもおなじみのヘザウィック・スタジオ。現在も新しいビルが次々竣工予定の、キングス・クロス再開発地区に去年10月オープンした。運河を石炭輸送に使っていた時代に土地を掘り下げて作られた貯炭所だったそうで、その中心部を広場として大きく残し、煉瓦のトンネル空間をショップ等に再利用している。広場両サイドからせり上がる彫刻的な新築部分が目を奪うが、ツアーではこの形状が生まれた理由も語られるということだ。

  • 9月21日(土)10:00-17:00
    1時間ごとのツアーは12:00-16:00。定員30人
  • Coal Drops Yard, King's Cross London N1C 4DQ
  • King's Cross St. Pancras

ザハ・ハディッドの脳内建築
Roca London Gallery
ロカ・ロンドン・ギャラリー

No1 New Oxford Street

2020東京五輪スタジアムのデザイン・コンペで優勝したザハ・ハディッドによる、バスルーム関連商品会社のショー・ルーム。その奇異な発想に「未建築の女王」と評された彼女の脳内を見るような建築の一つだ。1キロ平方メートルの広大な屋内は「水の動き」をテーマに徹底した流線で構成され、宇宙船の船内のよう。自由に出入りできるカフェやギャラリー、図書室なども備わり、単なるショー・ルームにとどまらないリサーチ・ハブとなっている。

  • 9月21日(土)&22日(日) 10:00-17:00
  • Station Court, Townmead Road London SW6 2PY
  • 2PY Fulham Broadway / Imperial Wharf

Social ソーシャル・インフラストラクチャー

娯楽場、公園、運動施設など快適な都市生活を提供する「社会基盤」となる建築物や、その構造や性質から人々の「社交性」を活性化する建築物にスポットを当てる

社交にいそしむ現代、ビールは「小さめ」でいこう
Small Beer Brewery
スモール・ビア蒸留所

Small Beer Brewery

スモール・ビアとは現代人の忙しい日常にピッタリな、おいしく飲んでもその後の予定を妨げないごく軽い「社交的な」ビールのこと。低いアルコール度数になるよう蒸留され、2.8%以下でありながら味わいがある。約500平方メートルの敷地には多機能ステージにもなる中二階を設け、ミーティング・ルームからは大きな蒸留タンクが望める面白い設計だ。イベント会場として機能し、ライブやコメディー、ウエディングなど、多彩な催しが行われている。

  • 9月21日(土)13:00-17:00
  • 70-72 Verney Road London SE16 3DH
  • South Bermondsey

プロのサッカー・チームのよりどころ
The Lodge
ザ・ロッジ

The Lodge

サッカー、プレミアム・リーグのトッテナム・ホットスパーとその養成学校のクラブ施設で、心身の健康に配慮し、選手をベスト・コンディションへ導くための設計がなされている。故障回復への施術エリア、トレーニング・エリアなどはもちろん、快適なレム睡眠を追求した45の寝室も用意されており、ゲスト・チームも宿泊可能。環境ストレス軽減のため、昼夜で光源の色温度が制御されるライティングにも注目だ。元農場の構造を生かし、温かみのある木材と緑化屋根、豊かな植栽でリラクゼーションを追求している。

  • 9月 21日(土)10:00-13:00
    30分ごとのツアー形式。定員10人。事前予約要
  • Hotspur Way, Whitewebbs Lane, Enfield EN2 9AP
  • Enfield Town / Turkey Street

都市に色を、市民に住まいを。戦後開発の好例
Golden Lane Estate
ゴールデン・レーン・エステート

Golden Lane Estate

第二次世界大戦の被害によるシティの人口低下に危惧したロンドン市自治体が、建築家ジェフリー・パウェルに依頼し、1957年に完成した公団住宅。生活基準の向上を目指し、当時の最新デザインを採用しつつ、戦後の鉄不足を考慮した設計だ。指定建造物(Grade II指定)にもなり、近代建築の巨匠ル・コルビジェの影響が見られる原色を施した外観が灰色の街に明るい印象をもたらした。

  • 9月21日(土)& 22日(日)10:00-17:00
    21日は11:00-16:00まで1時間ごと、22日は 10:00-16:00まで30分ごとにツアーあり。屋上庭園のツアーは22日のみ。事前予約要
  • Golden Lane Estate, Fann Street London EC1Y 0RD
  • Old Street / Barbican

ちょっとエキセントリックな多目的公民館
The Stanley Halls
スタンリー・ホール

The Stanley Halls

多方面で活躍した建築家・発明家のウィリアム・スタンリーが1900年代にデザインを手掛け、さまざまなスタイルを取り入れたこの建物は、「最も風変わりなフリースタイル建築の一つ」と評されるが、今も市民施設として公演や展覧会、集会などに活用されている。ドアや円形パネルの装飾もスタンリーによるもので、細かなディテールも見逃せない。ロビー、ギャラリー、劇場、会議室の他、住居エリアもあり、まさに多目的スペース。

  • 9月22日(日)11:00-16:00
    90分ごとのツアー形式。定員20人。事前予約要
  • 12 South Norwood Hill London SE25 6AB
  • Norwood Junction

Playful 遊び心ある個人宅

建築家と施工主との密接なコラボレーションで生まれる個人住宅。施工主が思い描く理想の住環境作りを第一に、限られた敷地などさまざまな条件から工夫を凝らした家を4つピックアップ。

優しい風合いで子供の元気を受け止める
Cork House
コルクの家

Cork House

子供が増えたのを機に、庭に突き出す形でキッチン・ダイニング部分を増築。内外ともに壁をコルク板で覆い、柔らかく暖かい感触とともに、断熱と防音効果もある。コルクは通気性がある天然素材で、堆肥化可能でもあることも高ポイント。庭へのアクセスは大きなガラス回転ドアで、楽しく出入りする子供たちの声が聞こえてくるようだ。クリエイティブ系の仕事に就く夫婦が、建築家と意見交換を重ね、理想の住環境を実現させた。

  • 9月21日(土)10:00-17:00
    ツアーは1階のみ、1時間ごとの形式で11:00-16:00。定員10人
  • 67 Algernon Road London SE13 7AS
  • Ladywell / Lewisham

斜めに構えた、スタイリッシュな作り
Pitched Black
ピッチ・ブラック

Pitched Black

2階の壁に10度の斜角をつけ、隣接の家々から遠ざかる効果を持たせた、建築事務所社長の自宅。鉄道線路と雑木林に面した側に向けて窓やテラスを大きく設け、居住空間を築いた。反対側はプライバシーを考えた無窓デザイン&黒い木材使用のため、つけた斜角で周辺への圧迫感を減らす効果も狙っている。建設業者の元製材置き場だった土地周辺は、環境保護区でもありさまざまな問題をクリアする必要があったそう。

  • 9月22日(土)10:00-17:00
    定員15人
  • 8a Tyrwhitt Road London SE4 1QG
  • Lewisham / St. John's / Brockley

モザイクをかけたアートな家
The Treatment Rooms
モザイク・ハウス

The Treatment Rooms

立ち止まらずにはいられない、色とりどりのモザイクが使われた外観。20年間にわたり、オーナーが知人のアーティストたちと築いたプロジェクトだ。前庭に停められたブラック・キャブとトラックもモザイクで覆われている。家の後面には、北斎の「神奈川沖浪裏」がロンドンを飲み込む様子がモザイクで描かれており、必見。家の内部も見学できるので、作品に込められたメッセージやジョークを解説してもらおう。

  • 9月 21日(土)& 22日(日) 10:00-17:00
    ツアーは1階のみ、定員25人
  • 4 Fairlawn Grove London W4 5EH
  • Chiswick Park / South Acton

流れる動線で、楽しく効率的な日常を
A House with a Slide
滑り台のある家

A House with a Slide

屋根の半分がガラスの明るいキッチンから、半地下の空間へは階段で降りてもよし、滑り台で滑り降りてもよし。半地下に降りることで天井が高く感じる作りになっている。3階建てから5階建てに改築するために、パズルを組み合わせるような賢い工夫設計がなされている。ヴィクトリア朝の建築が、クラシックなアーチ窓の形や煉瓦の素材感を残しつつ、モダンな素材の窓枠などを取り入れて生まれ変わった好例。

  • 9月21日(土)14:00-16:00
    60分ごとのツアー形式。定員10人。事前予約要
  • 41 Groombridge Road London E9 7DP
  • Homerton / London Fields

ロンドンを深く知ってもらうため、さまざまなツアーを用意

ツアーには、建物内を建築家やデザイナーなどが説明するタイプの他、一つのエリアをテーマに沿って紹介するものもある。例えば、今は亡きミュージシャン、デービッド・ボウイが駆け出しだった1969年頃にバンドの拠点とし、スターとしての出発の場所ともなったベックナム地区で行われる「イン・ジギーズ・フットステップス」。このガイド・ツアーではボウイが若き日々を過ごした地域や活動にゆかりのある建物を巡る。また、ロンドン・ブリッジ駅からウォータルー駅まで、150年前に存在した線路沿いの歩道を復活させる都市開発プロジェクト、「ザ・ロー・ライン」のツアーで進行中のエリアを歩くのも一興だ。リー川がテムズ川に流れ込む半島にある、カニング・タウンの再開発地区のツアー「ロンドン・シティ・アイランド」では「ロンドンのミニ・マンハッタン」と呼ばれるエリアの目覚ましい変化を目撃してみては。

https://openhouselondon.open-city.org.uk/walks_and_tours
 

ウィリアム・ブレイクについて知らない5つのこと - 英国の詩人・芸術家・預言者

詩人・芸術家・預言者、と呼ばれる英国の巨星 ウィリアム・ブレイク
について知らない5つのこと

ウィリアム・ブレイク(William Blake 1757〜1827年)は詩人、芸術家、さらには預言者などとも呼ばれ、英国ロマン主義の先駆者と言われている。生きている間は、その独特で難解な作風のために狂人とすら見なされ、美術界や文学界から無視されていたが、後に作品に秘められた哲学的で神秘的な意味とその創造力が再発見され、批評家たちから高い評価を受けるようになった。現在では、英国で最も重要な芸術家の一人とされており、2002年にはBBCの「最も偉大な英国人100人」で38位にランクされた。来月9月11日からはロンドンの美術館テート・ブリテンで大規模なブレイクの回顧展が開催されるが、ここでは一足早く、ウィリアム・ブレイクがどのような人物だったのか、その知られざる素顔をご紹介しよう。

文:英国ニュースダイジェスト編集部 
参考:Blake Societyなど

「ニュートン」ウィリアム・ブレイク 「ニュートン」(1795年 版画に彩色)科学一辺倒の当時の世相を批判し描かれた。
手にコンパスを持つ物理学者アイザック・ニュートンの体は、岩と同化を始めている

1生粋のロンドナーだった

ウィリアム・ブレイクは1757年11月28日、ロンドンの繁華街であるソーホー地区の28 Broad Street(現在のBroadwick Street)に7人兄妹の3番目の子供として生まれた。父親のジェームズは靴下屋を営んでおり、一家の暮らしは裕福とは言えないまでも比較的快適だったとされている。母親のキャサリンは英国国教会とは異なるプロテスタント分離派を信仰しており、ブレイクはこの母親から大きな影響を受け、その宗教観がその後の人生を決定した。

ブレイクが70年近いその生涯でロンドンを離れたのは、イングランド南部サセックスの海沿いの村に住んだ3年間のみ。ロンドンの街の暗さや悲惨な部分を嫌ったブレイクだが、同時にロンドンだけが「自分の研究を続けることができ、空想を追い、夢を見ることができる」場所なのだと後に書いている。

ブレイクは生涯の最後の6年間を、トラファルガー広場から東へ延びる大通り、ストランドに近い3 Fountain Courtで過ごした。もう存在しないが、パブ「ザ・コール・ホール」の真後ろに当たり、パブの裏に回れば、ブレイクが日々眺め、「黄金の棒」と呼んだ変わらぬテムズ川の流れを今も見ることができる。

「憐み」ウィリアム・ブレイク「自画像」(1802年 鉛筆、水彩)ブレイク45歳のころの作。現存する唯一の自画像といわれている

2銅版画の新しい技法を開発

少年の頃から絵や詩作の勉強を始め、1772年には銅版画家のジェームズ・バシーアのもとに弟子入りしたブレイクは、一時期は画家を目指しロイヤル・アカデミーに入学したことがあったものの、銅版画家を職業に選び、自身の生活を支えた。当時の版画家たちの主な仕事は、画家から提供された原画を忠実に複製することだったが、あふれるような創意や宗教的で過激なヴィジョンを持つブレイクにとって、そのような仕事は満足のいくものではなかったようだ。

やがてブレイクは、1787年ごろに新しいレリーフ・エッチングの方法を発明し、その方法を自身の詩作の公開に応用する。それは、耐酸性の液体で銅板に絵の輪郭と文章を描き、それを酸に浸けることで、耐酸液が塗られていない部分が溶け、絵の輪郭と文字がくっきりと浮かび上がる色彩印刷だった。その手法を応用した彩色印刷(Illuminated Printing)によって、ブレイクは詩とイメージの融合を実現することが可能になった。さらには、出版社を使わず、自分の印刷機で安価に自分の本を印刷することもできるようになったのだ。ブレイクはこの新しい方法を使って、「無垢と経験の歌」などの詩画集を次々と発表。独自の芸術理念を追求した。

「虎」ウィリアム・ブレイク 「虎」(1794年 版画に彩色)「無垢と経験の歌」の中の一編

「憐み」ウィリアム・ブレイク「憐み」(1795年ごろ 版画に彩色)シェイクスピアの「マクベス」の中の一節
「そして、世間の同情とはまるで、突風にまたがる生まれたままの赤子のようだ。
あるいは、目に見えぬ早馬に乗る天の智天使のようだ」を基にしている

3進取の気性に富んだアナーキスト

その作品の多くが聖書や神話を題材にしているため、ブレイクは神秘主義者、幻視者などと呼ばれることが多い。しかしブレイクは現実社会に背を向けていた訳ではなく、神や悪魔は自分たちの暮らす現実社会にいると考えていた。ブレイクの生きた時代、欧州では産業革命(1760~1830年代)とフランス革命(1789〜1799年)という大きな社会的変化が起きており、英国では工業化による都市の成立、労働者階級の誕生、中流階級の成長、消費社会の定着、さらには奴隷貿易を含む貿易の拡大が始まっていた。こうした近代化には多くの負の側面もあったため、とりわけ変化の大きかった首都ロンドンに生まれ育ったブレイクが、それを見過ごすはずはなかった。

生涯を通じ、人種や性の平等を信じていたブレイクは、既成の政治グループには参加していなかったものの、その政治的な見解を神秘的な象徴主義に落とし込み、普遍的なものとして作品で表現した。女性解放運動に共鳴し、奴隷制度に異を唱え、結婚という制度が女性の奴隷化につながるとして、自由な愛の形を追求する人々を応援した。また、罠や網で捕まえられていないものを食べるべき、という考えから菜食主義者でもあった。

「蚤の幽霊」「蚤の幽霊」(1819年 鉛筆、金粉)占星術師のジョン・ヴァーリーに頼まれて降霊術の会で描かれた。左手にはドングリの実で作られた杯、右手には植物のトゲを持つ

4盛り上がるプロムス最終夜の曲の歌詞に

英国の音楽の祭典「BBC プロムス」最終夜で、毎年観客総立ちで合唱する曲としておなじみの「エルサレム」は、英国クラシック界の発展に貢献した重鎮チャールズ・ヒューバート・パリーが1916年に作曲した聖歌だ。第一次世界大戦中、国民の愛国心を高揚させる曲を、との依頼を受けたパリ―だが、自由主義者のバリーは戦争を賛美することに疑問を持っていたため、「あらゆる権威や権力に屈することのない自由な精神活動を続ける決意」を謳ったといわれるブレイクの1804年の預言書「ミルトン」の序詞を選び、これに曲を付けた。その詩は下のようなものだ。

  • And did those feet in ancient time,
    Walk upon England's mountains green:
    And was the holy Lamb of God,
    On England's pleasant pastures seen!

    And did the Countenance Divine,
    Shine forth upon our clouded hills?
    And was Jerusalem builded here,
    Among these dark Satanic Mills?

    Bring me my Bow of burning gold:
    Bring me my Arrows of desire:
    Bring me my Spear O clouds unfold:
    Bring me my Chariot of fire!

    I will not cease from Mental Fight,
    Nor shall my Sword sleep in my hand,

    Till we have built Jerusalem,
    In England's green and pleasant Land.
  • 古代 あの足が
    イングランドの山の草地を歩いたというのか
    神の聖なる子羊が
    イングランドの心地よい牧草地にいたなどと

    神々しい顔が
    雲に覆われた丘の上で輝き
    ここに エルサレムが 建っていたというのか
    こんな闇のサタンの工場のあいだに

    我が燃える黄金の弓を
    渇望の矢を
    群雲の槍を
    炎の戦車を 与えよ!

    精神の闘いから ぼくは一歩も引く気はない
    この剣をぼくの手のなかで眠らせてもおかない

    ぼくらがエルサレムを打ち建てるまで
    イングランドの心地よいみどりの大地に

    (訳「エルサレム」ウィキペディアより)

「エルサレム 巨人アルビオンのエマネーション」「エルサレム 巨人アルビオンのエマネーション」
(1820年 レリーフ・エッチングに彩色(部分))預言書「エルサレム」の28枚目

「涜神者カパネウス」「涜神者カパネウス」(1820年代 鉛筆、ペン、インク)ダンテの「神曲」 地獄篇の挿絵の1枚。
ギリシャ七王の1人カパネウスは、死んで地獄に堕ちても、傲慢にふてぶてしく炎の上に横たわっている

5安住の地が定まったのは2018年

1827年8月12日に死去し、ロンドンのバンヒル・フィールズ共同墓地(Bunhill Fields: 38 City Road London EC1Y 1AU)に埋葬されたブレイクだが、第二次世界大戦で墓地が損傷を受け一部が後に公園になったことから、長らく正確な墓の位置が分からなくなっていた。これまでは「この近くに画家で詩人のウィリアム・ブレイクと妻のキャサリン・ソフィア眠る」という仮の墓碑が立っていたのみだが、ブレイクの研究者たちが運営する団体「ブレイク・ソサエティー」と、熱心なファンの尽力により正しい位置が判明。

クラウド・ファンディングを使い、その墓から20メートルほど離れた場所に、2018年に新しい墓碑が建立され、命日に合わせて除幕式が開催された。墓碑には「ウィリアム・ブレイクここに眠る 1757~1827 詩人・芸術家・預言者」という文言とともに、ブレイクの詩「エルサレム」の2連が刻まれている。ブレイク・ソサエティーの主催によるこの式には、小雨にもかかわらず多くのファンが集まり、スピーチ、合唱、献花などが盛大に執り行われた。

ブログ:詩人・画家ウィリアム・ブレイクの新しい墓碑の除幕式(13 Aug 2018)
https://blog.news-digest.co.uk/2018-08-12-william-blake-gravestone/

ウィリアム・ブレイクの墓碑2018年に建立された新しい墓碑。命日に除幕式が行われた

「キャサリン・ブレイク」「キャサリン・ブレイク」(1802年 鉛筆、水彩)自画像と同時期に描かれた妻キャサリンの肖像。
キャサリンはブレイクを崇拝し、作品制作の手伝いもした

ウィリアム・ブレイクの生涯

1757 11月28日、ロンドンの 28 Broad Street に誕生
1765 木の上に天使などを見るなど、神秘体験が始まる
1767 ストランドにあるドローイング・スクールに通い始める
1772 銅版画家のジェームズ・バシーアのもとに弟子入りする
1778 開校したばかりのロイヤル・アカデミーに学ぶ
1779 銅版画家として、J・ジョンソンに雇われる
1781 将来の妻キャサリン・ブッチャーと出会う
1782 ロンドン南部バタシーの聖マリー教会で結婚。23 Green Street に入居
1787 新しいレリーフ・エッチングの技術を使い、彩飾印刷(Illuminated Printing)を開始
1789 「無垢の歌」を発表
1790 「天国と地獄の結婚」を発表
1793 ロンドン南部ランべスの 13 Hercules Buildings (現在の 23 Hercules Road)に引っ越し
1794 「無垢と経験の歌」を発表
1797–9 銅版画家としての仕事難に苦しむ
1800 英南部サセックスのフェルパム (現ウェスト・サセックス)に移住
1803 ロンドンに戻り、17 South Molton Street に入居
1804 預言書「ミルトン」と「エルサレム」の制作開始
1808 「最後の審判」の水彩画を完成
1809 実家の靴下屋の2階で水彩画の展覧会を開催。「不運な狂人」と週刊紙「ジ・エグザミナー」に評される
1821 最後の住まいとなる 3 Fountain Court に引っ越し
1825–6 ダンテの「神曲」の挿絵の依頼を受ける
1827 8月12日、肝不全により死去

ウィリアム・ブレイク展

2019年9月11日(水)~2020年2月2日(日)
10:00-18:00(毎月1週目の金は22:00まで)
£18

Tate Britain
Millbank, London SW1P 4RG
Tel: 020 7887 8888
Pimlico駅
https://www.tate.org.uk/whats-on/tate-britain/exhibition/william-blake-artist

 

英国在住にわかファンのためのラグビーW杯観戦術 - ルールからうんちくまでこれだけでOK!

RUGBY WORLD CUP JAPAN 2019年9月20日(金)〜11月2日(土)

英国在住にわかファンのためのラグビーW杯観戦術 ルールからうんちくまでこれだけでOK!

イングランドで開催された2015年のW杯における日本代表のめざましい活躍は、国内ばかりか世界中のラグビー・ファンを魅了した。あの大会をきっかけにラグビーに興味を持ったという在英邦人も少なくないだろう。あれから4年、ラグビーのワールド・カップ(W杯)が、いよいよ9月20日に開幕する。今大会の開催地は日本。アジアで初めてのラグビーW杯となる。ここでは、ラグビー発祥の地イングランドで、英国人と共にテレビで初めて本格的に試合観戦する方々に向けて、簡単なルール説明と関連情報をお伝えしよう。

ラグビーワールドカップ

これだけ知っていれば試合を楽しめる! 付け焼刃ルール解説

世界的な人気スポーツであるにもかかわらず、ラグビーのルールを知らないという人は意外と多い。ここではこれだけ知っていれば観戦を楽しめるという最低限のルールを説明する。

1チームの人数:15人
試合時間:前後半40分ずつ
楕円形のボールを奪い合う
イングランド発祥のスポーツ

ラグビーの基本ルール1 ボールを前に投げたり落としたりしてはいけない

  • ボールを手で味方にパスする際に前方に投げたら反則 (スローフォワード)
  • ボールを受け取ろうとするもうまく受け取れず、ボールを身体の前に落としてしまった場合は反則(ノックオン)
  • ボールを保持している間に相手からタックルを受け、その勢いでボールを身体の前に落とした場合は反則(ノックオン)

ラグビーの基本ルール2 トライするか、ボールが相手のゴールポストを通過すれば得点

  • 相手ゴールの後方に設けられたエリア(インゴール)にボールを置く(トライ)ことができたら5点
  • トライを決めた後に、相手のゴールに向けてキックをする機会が 与えられる(ゴールキック)。このゴールキックが ゴールポストの間を通過したら2点(コンバージョンゴール)
  • 相手チームの反則によって与えられたペナルティーキックが ゴールポストの間を通過したら3点(ペナルティーゴール)
  • 通常のプレー中に、ボールを一旦地面に落とした上で 蹴ったボールがゴールポストの間を通過したら3点(ドロップゴール)

ラグビーの基本ルール3 ボールを奪い合うために身体を密着させたり、ぶつけ合ったりするプレーがたくさんある

  • ボールを持った相手選手の動きを止めたり倒したりする(タックル)
  • ボールを持った選手を中心に両チームの選手1人以上が参加し組み合う(モール)
  • 地面上のボールを両チームの選手1人以上が参加し、組み合った状態でボールを奪い合う(ラック)
  • 両チームの選手各8名が組み合った状態になり、押し合いながらその中央に投じられたボールを足で後方に運び、最後方にいる選手へと渡す(スクラム)。軽度の反則などで1度中断されたプレーを再開する方法として用いられる
  • 選手がタッチラインの外側から投入したボールを奪い合う。その際に味方の選手を担いだりする(ラインアウト)
タックル、ラインアウト

試合は1チーム15人、前後半40分ずつのハーフ制で行われる。ラグビーにはその他にもたくさんのルールがあるが、以上の3点さえ覚えておけば、試合観戦を楽しむことができるはずだ。

ラグビーのポジション

選手は「フォワード」と「バックス」で構成され、相手からボールを奪うのがフォワード、供給されたボールを生かしてトライを狙うのがバックス。

ラグビーのポジション
  • フォワード(FW)

    2フッカー(HO)
    スクラムを組んだ際に最前列中央に位置するポジション。ラインアウトの際にボールを投げ入れる役割になることも多い。
  • 13 左右プロップ(PR)
    「支柱」という名の通り、スクラム最前列の両側から押し込む選手。体が大きく重量のある選手が適役となる。
  • 45左右ロック(LO)
    2列目からスクラムを押し込む役割を担う。長身選手が多く、ラインアウトの際にジャンパー(味方に高く持ち上げられる人)になる傾向がある。
  • 67左右フランカー(FL)
    スクラムに参加しつつ、バックス陣とも連携するかなり運動量の多いポジション。
  • 8ナンバーエイト(No.8)
    フォワードを統率する司令塔。
  • バックス(BK)

    9スクラムハーフ(SH)
    スクラム内にボールを投げ込む、スクラムからボールを取り出して周りにパスを出す役割を担う。小さいながらも敏捷で、頭脳的な選手が多い。
  • 10フライハーフ(FH)
    スタンドオフともいうバックスの司令塔。さらにはチーム全体を指揮する役目を負うことが多い。
  • 1213左右センター(CTB)
    パス、キック、ランニングをバランス良く兼ね備えた選手。
  • 1114左右ウイング(WTB)
    ボールを持って両サイドを駆け抜けるのが役目の、俊足の選手にピッタリのポジション。
  • 15フルバック(FB)
    最終ラインで待ち受ける防御の要。サッカーのゴールキーパーのような役割を持つ。

その他の用語解説

分かりそうで、なんだかよく分からない、観戦中にいちいち人に聞けないその他のラグビー基本用語をピックアップした。

ラグビーのグラウンド

オフサイド

オフサイドラインを越えてプレーすること。ラグビーの場合、プレーの形態ごとにさまざまなオフサイドが発生する。特に多いのはボールがラックやモールから出る前にディフェンス側が前進して相手チームにタックルするケース。この場合のオフサイドラインは、ラックやモールに参加している最後尾のプレーヤーの足の位置。オフサイドの時点でペナルティーとなり、ペナルティーキックが相手チームに与えられる。

ハイタックル

肩の線より上へ危険なタックルをすること。ペナルティーとなる。

シンビン

重大な反則を犯した選手を、10分間限定でレフリーが退場させる罰則措置。

ダイレクトタッチ

自陣22メートルラインより前で蹴ったボールが、バウンドせずに直接タッチラインの外に出ること。ダイレクトタッチと認められた場合は、蹴った地点から最も近いタッチライン上で相手チームによるラインアウトで試合が再開する。

ノーサイド

80分の試合時間が終了したことを意味する。フェアプレー精神を尊重するラグビーにおいては、試合終了後は「敵サイドも味方サイドもない」という思想からこの名が付いた。

ホイール

スクラムが90度以上回転すること。スクラムの組み直しとなる。

ラグビーW杯 1次リーグ試合日程

20の出場国がA~Dの4組(プール)に分かれて1次リーグを戦う。日本代表はA組。各組で総当たり戦を行い、それぞれの上位2チームが準々決勝へと進出する。

英国ではW杯開催期間中の全ての48試合をITV、ITV4で放映。
ITV Hub / STVPlayer でも観戦できる。
https://www.itv.com/rugbyworldcup2019

試合スケジュールは英国時間で表示
日本(Pool A)
9/20(金) 11:45 日本 vs ロシア
9/28(土) 8:15 日本 vs アイルランド
10/5(土) 11:30 日本 vs サモア
10/13(日) 11:45 日本 vs スコットランド
イングランド(Pool C)
9/22(日) 11:15 イングランド vs トンガ
9/26(木) 11:45 イングランド vs アメリカ
10/5(土) 9:00 イングランド vs アルゼンチン
10/12(土) 9:15 イングランド vs フランス
アイルランド(Pool A)
9/22(日) 8:45 アイルランド vs スコットランド
9/28(土) 8:15 アイルランド vs 日本
10/3(木) 11:15 アイルランド vs ロシア
10/12(土) 11:45 アイルランド vs サモア
ウェールズ(Pool D)
9/23(月) 11:15 ウェールズ vs ジョージア
9/29(日) 8:45 ウェールズ vs オーストラリア
10/9(水) 10:45 ウェールズ vs フィジー
10/13(日) 9:15 ウェールズ vs ウルグアイ
スコットランド(Pool A)
9/22(日) 8:45 スコットランド vs アイルランド
9/30(月) 11:15 スコットランド vs サモア
10/9(水) 8:15 スコットランド vs ロシア
10/13(日) 11:45 スコットランド vs 日本

英国人に教えられる、
ラグビーW杯の日本らしい小ネタ

ビール不足にご用心

「タイムズ」紙は5月7日、海外からのサポーターによるビールの消費量激増が予想されるため、ラグビーW杯組織委員会が日本の各競技場や周辺飲食店などに注意を促したと伝えた。過去に開催された大会では地域のビールが品切れになったケースもあり、「2015年のイングランド大会では、スタジアムとファンゾーンだけで190万リットルが飲み尽くされた」と組織委のミック・ライト事務総長代理待遇が念を押したそう。これを知った英国のサポーターたちは「ミックは真のヒーローだ」と称えている。

入れ墨をしているラグビー・ファンに朗報

「ガーディアン」紙は7月8日、日本で入れ墨は暴力団と関連付けられ、長らくネガティブなイメージを持たれてきたとし、そんな理由から入れ墨をしている人々は、これまで温泉やプールなど公共の場で素肌をさらせなかったと説明。しかし9月に開催されるラグビーW杯を前に、日本の温泉の多くが、入れ墨をしている人にも入浴を許可しようと計画していると報道した。これは、選手だけではなく4万人近いとされる海外からのスポーツ・ファンの多くがタトゥーを入れているためだとのこと。

 

英国流 夏の味わい方 - マクギネス真美さんのコラム「英国の口福を探して」100回記念

英国の口福を探して 100回記念 英国流 夏の味わい方

冷たいデザート、元気が出るスタミナ料理など、英国文化がぎゅっとつまった夏の味覚を皆さんはどのくらいご存知でしょうか。今回は、弊誌のコラム「英国の口福を探して」の100回掲載を記念し、英国料理について執筆されているマクギネス真美さんに、夏の食べ物にまつわるエピソードや、在英歴の長い方なら変化を感じているかもしれない近年の英国の食事情について、お話を伺ってみました。

マクギネス真美 マクギネス真美
Mami McGuinness

英国在住の編集&ライター。日本での9年半の雑誌編集を経て、2003年渡英。以降、英国を拠点に、ライフスタイル、ガーデニング、食などの取材、執筆を行う。英国料理の師は義母。
mamimcguinness.com

英国の夏らしい食べ物とは?

旬の果物をふんだんに使ったデザートや、ビールを飲みながら食べるバーベキューなど、短い夏をさらに素敵に演出してくれるお勧めの食べ物を聞いてみました。選び抜かれた口福たちは、眼福をも与えてくれるものばかりです。「名前は知ってるけど食べたことない」一品があったら、ぜひ挑戦してみてください。

グーズベリー・フール
Gooseberry Fool

グーズベリー・フール

涼しい気候でもよく育つグーズベリーは、夏が旬の果物です。サバなどの魚料理に合わせるレシピもありますが、この季節には、見た目も涼しげなフールを作ってみてはいかがですか。ダブル・クリームにエルダーフラワー・コーディアルを混ぜて泡立てたものを、ピュレ状にしたグーズベリーと一緒にガラスの器に盛り付ければ、おもてなしにもぴったりです。何より作るのが簡単なのがうれしいところ。そして、ヴィクトリア時代から人気だったという歴史あるデザートでもあるので、話のタネにもなります。最近、生のグーズベリーは入手しにくいので、缶詰を利用しても。

サマー・プディング
Summer Pudding

サマー・プディング

強い日差しときらきらと輝く緑がまぶしい英国の夏。その「夏」を冠したこのお菓子は、食パンを敷いた型に、砂糖で煮たラズベリーや赤スグリ、ブラックベリーなどを詰め込み、重しをして一晩冷蔵庫で冷やしたものです。果汁でルビー色に染め上がった食パンの周りにもベリー類を飾れば、見た目もゴージャスになります。食パンとフルーツの組み合わせなので、バターや卵をたっぷり使ったケーキ類よりもヘルシー。実際、19世紀までは、高脂肪の食事を避けた療養中の人々の食べ物だったそうです。オーブンを使う必要がないのも、夏にはありがたいですね。

ニッカーボッカー・グローリー
Knickerbocker Glory

ニッカーボッカー・グローリー

名前だけでは一体どんなものか想像もつきませんが、これは長いガラス容器にアイスクリームとフルーツ、生クリームが入った、日本のパフェに近いデザート。多くの英国人にとっては、子供時代の夏のホリデーを思い出させる、ノスタルジックな食べ物のようです。ずっと食べてみたかったものの、海辺のアイスクリーム屋さんではなかなか見つけられず。結局、私の初「ニッカーボッカー・グローリー」体験は、ロンドンのフォートナム&メイソンでした。同店では1955年からメニューに載っているそうです。ただし、現在のお値段はなんと13ポンド(!)です。

ピッカリリ
Piccalilli

ピッカリリ

ド派手な蛍光イエローの瓶詰めピッカリリは、カリフラワーやキュウリ、ニンジンやインゲンなどの野菜を、酢、マスタード、ターメリックなどと混ぜ合わせてピクルス状にしたもの。コールド・ミートにチーズといった、気軽な夏のランチには欠かせない付け合わせです。ただ、市販のものは、どろりとした黄色いペンキに混ざったよう な見た目が気になって、実はなかなか手が出せませんでした。でも、ロンドン東部、ブロードウェイ・マーケットのニュートン&ポットで売られているポッシュ・ピッカリリは、野菜の色も彩りよく、ヴィジュアル的にも○。お勧めです。

バーベキュー
BBQ

BBQ

「クラシック・ブリティッシュ・バーベキュー」といえば、雨の中でのBBQ。天気が変わりやすく、にわか雨の多いこの国では、BBQ中に雨が降ることも珍しくありません。それでも気にせずBBQにいそしむのが英国流。一口大に切った肉と野菜を串刺しにしたケバブも焼きますが、メインはやっぱりバーガーとソーセージ。真っ黒に焦げたソーセージを初めて見た時にはぎょっとしましたが、今ではこれが英国のBBQと納得して、おいしく(?)いただいています。天気さえ良ければ、ウィークデーでもBBQするのが英国人。BBQは英国の夏の風物詩でもあります。

マクギネスさんに聞いてみた 気になる食のあれこれ

「おいしいものがない」なんて言われていた英国料理はもう過去の話。近年のグローバル化は食の世界にもポジティブな影響を与えているようです。そんな最近の食事情についてや、この夏ショート・トリップを兼ねて挑戦してみたい果物狩り「ピック・ユア・オウン」体験についても聞いてみました。

マクギネスさんが感じる英国の食の変化について教えてください。

英国に住んで気付いたのは、ここでは常に新しい食のトレンドが登場するのと同時に、人々が新しい食べ物にチャンレンジするのを厭わないということです。近年では、ヴィーガン食が注目されるようになり、レストランでもスーパーのレディー・ミールでも、ヴィーガン食品を簡単に食べられるのが一例です。

私が渡英した当時は、中華やインド料理に加え、既にイタリアンやメキシカンなどは一般的でした。ここ数年の間には、タイ・カレー、カツカレーや餃子までもがレディー・ミールに加わり、外食だけでなく、家庭の食卓にも、こうした世界各地の料理が並ぶようになりました。また近頃では、柚子果汁、パン粉、抹茶、味噌といった日本の食材もスーパーで買えるようになったのには驚きです。これらは、数多いテレビの料理番組でセレブ・シェフたちが紹介したことや、ロンドンを始め、英国内のレストランに世界各地からのシェフが流入してきた影響もあるでしょう。あるいは、世界を旅してきたシェフたちが、その経験を基に、新たな食材を紹介することも盛んになっていると思います。

一方で、サンデー・ローストやフィッシュ&チップス、パイといった、昔から好まれてきた料理は今でも人気健在です。

サンデー・ロースト

こうした英国の伝統料理が食べたければパブに行くと良いと言われますが、かつては、冷凍品をオーブンや電子レンジに入れただけ(?)といったクオリティーの低いものも少なくありませんでした(これが、観光客に「やっぱり英国料理はまずい」と思わせてしまう一因だったかも?)。

それが、1990年代からガストロ・パブが登場し、腕利きのシェフが英国産の食材を使って料理するというこだわりのお店が増えて、英国料理の質が底上げされたと思います。

また、クラフト・ビールをきっかけに、今ではジンやジュースまでも、品質と個性にこだわった小規模生産者の飲み物が目白押し。パブやレストランだけでなく、一般のスーパーでもこうした商品が買えるようになったのも大きな変化です。

「ピック・ユア・オウン」体験って何でしょうか。

「ピック・ユア・オウン」(PYO)とは、イチゴやラズベリーなどの果物、あるいはミニ・トマトやズッキーニといった野菜を、農園に行って自分自身で収穫することをいいます。日本のイチゴ狩りに似ているようですが、違うのは、その場で収穫物を食べてはいけないというところです。もちろん、一つや二つ味見をするのはアリですが、お腹いっぱいになるまで食べるというのは禁止です。

ピック・ユア・オウン

PYOのできる農園は、スコットランドも含め、英国全土にあります。大抵のファームでは、入場料を支払う必要はありません。その代わり、出口のところで収穫した作物の重さを量り、その分の料金だけ支払うというのが一般的なシステム。以前、私が取材した農場のオーナーの方の話では、英国でPYOが始まったのは1960年代で、70~80年代にかけて特に盛んだったそうです。

PYOの良いところは、程よく熟した食べごろの果物や野菜を、自分の目で確かめて、自分の手で収穫できるというので食材への安心感が持てる点ですね。また、スーパーで買ってくるのとは違う、味の濃いラズベリーを食べてみれば、英国の食材がいかにおいしいかを実感できます。

PYOは、まさに7月初旬の今が収穫物の種類も多く、最も楽しめる時期。お子さんのいる方には特に、夏休みのお出掛けにお勧めですよ。 

 

エキシビション「AI: More than Human」キュレーター 内田まほろさん、チームラボ 谷口仁子さん インタビュー

エキシビション AI: More than Human Barbican 16 May-26 Aug 2019

AI:More than Human完全にプログラミングされているのではなく、
外界とのやりとりで動作を学んでいく機械人間オルタも登場する

八百万の神がAIの未来を明るくする?

現在バービカンで開催中の「AI: More than Human」展は、アート、サイエンス、テクノロジーなどさまざまなジャンルからAIの可能性を探るエキシビションである。ここでは本展のキュレーターの一人である内田まほろさんと、作品を展示しているチームラボの谷口仁子さんに、ロボットに対する日本と西洋の考え方の違いや、本展の魅力について伺った。

キュレーター 内田まほろさん

Profile

内田まほろ 内田まほろ Maholo Uchida 「AI: More than Human」のゲスト・キュレーターの一人。日本科学未来館 展示企画開発課長・キュレーター。アート、テクノロジー、デザインなどの融合領域を専門とし、2002年より日本科学未来館に勤務。2005~2006年に文化庁在外研修員として米ニューヨーク近代美術館(MoMA)に勤務後、現職。

―どのような展示を目指したのでしょうか。

まず人類の歴史を4000年ほどさかのぼり、人間が人間以外のインテリジェンス、知性やパワーをどのように扱おうとしていたのかを考える、日本の土偶や神道、ユダヤ教のゴーレム伝説の歴史を紹介する展示から本展はスタートします。その後、この50年の目まぐるしいコンピューター・サイエンスとAIの技術的な歴史、その内容を俯瞰し、それらテクノロジーが現代の社会の仕組みにどう関わっていくか、そしてテクノロジーと私たちがどのような未来を歩むのか、という点にフォーカスしていきます。いわゆる過去から未来への「旅」ですよね。原始時代から未来の人間まで、私たちがどのように進化し、今後どのように変化していくのか、宗教やアート、サイエンスを絡めながら旅してもらえたらいいかな、と思います。

このように、アート、サイエンス、テクノロジーが混在する展示は、かなり珍しいと思います。マニアックな人にも新しい情報を提供していますし、アート鑑賞として来場される方も楽しめる展示になっていると思います。

― タイトルのインパクトも手伝い、もっとガチガチなテック系のエキシビションかと思いました。

実は、私はこの「AI: More than Human」というタイトルに賛成していなかったのです。日本人が聞くと「人間以上」と訳してしまうじゃないですか。でも英国人と議論した結果、「ヒューマン」は人間性などを含む言葉だということで、(今までの)人間を越えていけ、人間自体が越えていくみたいな意味にもなると言うので合意しました。明るい意味を持って名付けられたことは確かですね。

展示内容に関して言えば、欧米ではAIにおけるバイアスの問題があり、社会的に注目するテーマとして敏感に扱われています。具体例で言うと、肌の色が黒いとネガティブな判断をされてしまうといった、コンピューターにおける白人有利のデータセット*が浮き彫りになっていること。また、クレジット・カードの信用度を測るAIプログラムが既に開発されているかは分かりませんが、米国における犯罪者は黒人の割合が多いために、「黒人だからちょっと危険」というデータがベースにあることで、バイアスがかかることが事実としてあります。欧米と比較すれば、日本ではこの手のトピックに関して割と鈍感なので、私も改めて考えされられました。

メディアなど人間が作るものは、人間が情報をコントロールしながら都合よく事実が編集されていますが、AIはデータから無感情で学んでいくので、欧米社会でもうない「ふり」をしている差別の問題がどんどん出てきているのが今の実情です。これこそAIに対する恐怖感の一つでもあり、同時に展覧会としては、一番面白いところでもあると思います。このような技術以外の倫理的な観点を展示に盛り込むことが大切でした。

*プログラムで処理されるデータの集合

―このエキシビションは英国人のスザンヌ・リビングストンさんと2人で企画されたそうですが、内田さんが力を入れた部分はどの部分ですか。

多神教である日本と一神教の西洋では、機械に対する考え方や使い方に大きな隔たりがあります。日本のヒューマノイドは諸外国からは変わっていると言われますが、日本人自身はそう感じていませんよね。ドラえもんやガンダム、エヴァンゲリオン、aiboがいるし、ロボットと暮らしたり融合するのが当たり前。「ど根性ガエル」なんてTシャツに住むAIで、私たちを助けてくれる点ではスマホとほぼ同じです(笑)。

基本的に日本人は機械に対してあまり怖さを感じませんが、それは機械(人工物)も人間も自然も一緒だと考える八百万の神の考え方に根付いているからであり、「別に人間が一番偉いと思っていない」のだと思います。例えば、ロボットを「人間のために働くもの」として見ている英国の人々に、人間の仲間としての存在という感性を、今回の展示を通じて少しでも感じてもらえたらなと思っています。人間より能力があるものを使い、開発することに対し、「リスペクト」や「愛」を持つと良いことあるんじゃないの、という考え方を伝えたいですね。

AI: More Than Human aibo © Sony corporation 
欧州未発売の最新のaiboも紹介される

― ロボットをパートナーとして考えるヒントをつかんでもらう、ということですね。

八百万の神の話を西洋の人にすると、「素晴らしい!」と言われます。その背景を考えてみると、英国はEU離脱も控えており、多様性が無くなっていくことに対する不安みたいなものが人々の間であると思うんですね。それに加え、この先テクノロジーがどこまでいってしまうんだろうとか、人間対テクノロジーが自分たちのコントロールできないところに行ってしまうのではないかという不安もあるでしょう。

そういった「多様性」という言葉に敏感になっているこの時期に、「いや、そもそもテクノロジーと人間ですら、同列に考えてみたらどうだろう?」と言われたら、なんだかハッピーになりませんか?私はそのメッセージを展示の中に分かるように入れたいと思っていて、新旧のaiboやドラえもんの映像など、いろいろな場面で、テクノロジーが人間のパートナーとして活躍するトピックを登場させるよう心掛けました。実際、日本では敗戦国となった後、兵器を造れなくなったことも背景にあり、人を傷つけるための技術は表向きには開発されていません。欧米から見ると変かもしれないけど、日本は幸せのための、ハッピーなテックばっかり開発している国なんだなということは改めて感じましたね。

チームラボ 谷口仁子さん インタビュー

谷口仁子 谷口仁子 Noriko Taniguchi アートコレクティブ・チームラボのカタリスト。チームラボは、集団的創造によって、アート、サイエンス、テクノロジー、デザイン、そして自然界の交差点を模索するウルトラテクノロジスト集団。アートによって、人間と自然、そして自分と世界との新しい関係の構築を目指す。

― チームラボとして参加するに至った経緯を教えてください。

チームラボは、デジタルテクノロジーを使って作品を制作していますが、あくまでもそれは私達の作りたいものや、表現したいことを実現するツールであり手段です。最初AIをテーマにした展示と聞いた時は、正直私達の作品がその展示の中に入るイメージがあまり浮かびませんでした。

ところがキュレーターの内田さんから、AIについて日本以外の国ではネガティブな将来を描きがちなので、チームラボの作品で、テクノロジーと人間のポジティブな関係性を含めて未来に希望をもてるような形でエキシビションを締めくくりたいというお話を伺い、それであれば、ということで参加を決めました。

― 数ある作品の中から「世界はこんなにもやさしく、うつくしい」を選ばれた理由をお聞かせください。

今回は大規模なグループ・ショーなので、いろんな年齢層の方が楽しめ、体験しやすいもので、人間とサイエンス、人間と自然の関係性が表せる作品がいいかな、という話で内田さんと相談しながら決定しました。 この作品は、人々が文字に近づくと、その文字がもつ世界が現れ、世界を創っていきます。そして、その世界の中で互いに影響し合います。これは自分が起こしたアクションや、周りの人が起こしているアクションが影響し合って、一つの美しい世界を創るということを意味しています。これまでのアートでは、鑑賞者にとって他者の存在は邪魔な存在だったことが多かったと思いますが、この作品では、他者の存在をポジティブな存在として感じられるのではないかと思っています。

世界はこんなにもやさしく、うつくしい上から降りてくる文字に近づくと、その文字の持つ世界が現れ、世界を創っていく
「世界はこんなにもやさしく、うつくしい / What a Loving, and Beautiful World」

―アクションが起こることに意味がある、と。

この作品には、花、雨、鳥、海、山などの文字が登場します。文字から生まれたものたちは、スクリーン上での互いの位置や関係性、また物理的な影響などによって、リアルタイムで計算されて空間に配されるため、複雑かつ自然な世界をその都度形成します。例えば、花や雪は風が吹いてくれば飛ばされ、鳥は木に止まり、蝶は花が好きなので近づいていくという具合です。ですので、とりあえず触れてみたり、また一方で誰かが反応している様子を眺めてみたり、来場する皆さんが各々の感性で楽しんでくれたらいいですね。

― テクノロジーと人間はこの先どんな関係になっていくと思われますか。

テクノロジーがもっと進化していけば、いろいろなことが可能になりますし、時代をもっと前に押し進めていくと思います。チームラボは、デジタルの概念がアートを拡張し、新しい美を作ることができると考えています。アートの力で、人類の価値感を変え、人類全体の美の基準を変え、拡散できればと思っています。

Exhibition Info

AI: More than Human 2019年8月26日(月)まで
土~水 10:00-18:00 木・金 10:00-21:00
£15(土・日・祝日は£17)
Barbican Art Gallery
Silk Street, London EC2Y 8DS
Tel: 020 7638 8891
最寄駅: Barbican/Moorgate駅
www.barbican.org.uk

 

オーウェルが警告した近未来の全体主義社会 - 反ユートピア小説「1984」出版から70年

反ユートピア小説「1984」出版から70年オーウェルが警告した近未来の全体主義社会

英ジャーナリスト・作家のジョージ・オーウェル(1903~1950年)が1949年に風刺SF小説「1984」を発表し、今年で70年が経過した。オーウェルは1984年の世界で人々が息苦しい監視社会の中で暮らす様を描き、全体主義に警鐘を鳴らしたが、この本が現在再び脚光を浴びているという。それは「もう一つの真実」といった言葉や、国や企業による個人情報のデータ化など、私たちが住む現代の社会が驚くほど「1984」の作中の世界に近づいてきているためだ。ここでは、70年前の本作執筆当時のオーウェルや英国の世相を振り返りつつ、「1984」で描かれた世界と現代社会の類似点を探る。(文: 英国ニュースダイジェスト編集部)

参考文献:Orwell The Life by D.J.Taylorなど

ジョージ・オーウェル
左)ペンギン・クラシックス・シリーズの「Nineteen eighty-four」
右)熱心な民主的社会主義者だったジョージ・オーウェル

「1984」あらすじ

1950年代に勃発した核戦争後、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアという3つの大国に分割され、三国は常に戦争状態にあった。作品の舞台であるオセアニアはビッグ・ブラザーと呼ばれる独裁者に支配された全体主義国家で、市民の思想や言動には厳しい規制が加えられ、その暮らしは巨大なテレスクリーンなどで常に監視されている。

1984年、オセアニア真理省の記録局に勤務し、「過去の歴史の改ざん」を担当する小役人ウィンストン・スミスは、偶然、過去のある新聞記事を見つけたことで、絶対であるはずの党に対する疑問が芽生える。やがて、スミスはテレスクリーンから見えない場所で密かに日記を付けるという「重大な犯罪行為」に手を染める。

小説出版までの経緯と当時の英国

ジョージ・オーウェルは第二次世界大戦中、BBCでラジオ番組制作にたずさわる他、英「オブザーバー」紙の書評家・特派員としても活動。その一方で1945年には寓話政治小説「動物農場」を発表し、一躍ベストセラー作家の仲間入りをするなど、多忙な日々を送っていた。しかし同年に妻を亡くし、自らも肺を患っていたことから、知人の勧めで46年にロンドンを離れ、幼い息子と共にスコットランドの孤島ジュラ島に移り住む。しかしジュラ島の自然は厳しく、特にこの年の冬は「100年に一度の寒波」と言われる寒さが英国を襲った。「動物農場」で反スターリン主義・反全体主義を描いたオーウェルは、これをさらに一歩進めた本格的な政治小説を静かなジュラ島で執筆する計画を立てていたが、厳しい天候、体調の悪化、戦争直後の物資不足などあらゆる方面から苦しめられた。当時の英国は大戦の混乱からまだ立ち直っておらず、依然として配給制度が続いており、ジュラ島に限らず、国民は戦時中から続く厳しい日々の暮らしに疲弊していた。

ジュラ島にあるオーウェルの暮らしていた家ジュラ島のバーンヒルに残るオーウェルの暮らしていた家

対外的には、インドやスリランカなどかつての植民地が相次ぎ独立した時期でもあり、英政府はマーシャル・プランで米国からの資金援助を受け、米国の反ソ・反共政策に協調する政策をとり始める。冷戦時代の幕開けである。世界が次第に変わりゆく中で、オーウェルは47年に結核と診断されながらも驚異的な忍耐力で執筆を進め、48年12月に「1984」を書き上げる。だが翌月49年1月にはイングランド南西部グロスタシャ―のサナトリウムに入院。6月に「1984」を上梓するも、翌50年1月21日にロンドンの病院で死去。46歳だった。

「1984」出版前後の世界情勢

1939 ポーランドを占領したドイツに対し英国が宣戦布告
1940 英国本土への空襲が始まる
1941 米ソが参戦
1945 第二次世界大戦終戦
1947 トルーマン米大統領が世界規模の反ソ反共政策を提唱
1948 マーシャル米大統領が欧州復興計画を発表
ベルリン封鎖やマッカーシズムの台頭
1949 中華人民共和国の成立
「1984」出版
1950 朝鮮戦争勃発
オーウェル死去
1953 スターリン死去
1959 キューバ革命
1961 ベルリンの壁によりドイツが東西分断
1962 キューバ危機
1984 アップル社が一般向けコンピューター、マッキントッシュを発表

タイトルにまつわる5つの仮説

1948年、オーウェルは本作のタイトルを「Nineteen eighty-four(1984)」とするか「The Last Man in Europe(ヨーロッパ最後の男)」とするかで迷っていたという。出版社の勧めで「1984」を採用したが、なぜ1984という年がタイトルに選ばれたかは語られておらず、今ではいくつかの仮説が存在している。

  1. 完成時は1948年。1948年の8と4を入れ替えた。
  2. 1984年はオーウェルの息子リチャードが40歳になる年。ちなみに「1984」の主人公は39歳という設定。
  3. オーウェルが愛読した米作家ジャック・ロンドンの政治小説 「鉄の踵」で舞台となったのが1984年。
  4. 英小説家 G.K.チェスタトンが1904年に発表した 「新ナポレオン奇譚」では、1984年の英国が描かれている。
  5. 1884年に発足した英国の社会主義団体、フェビアン協会の100周年にあたる年。同協会は社会福祉の充実による社会主義改革をめざし、オーウェルもメンバーの一人だった。

1956年作の英映画「1984」の1シーン1956年作の英映画「1984」の1シーン

Big Brother、Thought Police…… 「1984」から生み出された言葉

作中に出てくるオーウェルの造語のいくつかは、現代社会に定着し実際に使われている。ここでは「1984」から生まれた代表的な単語をいくつか紹介する。

Orwellian [オーウェリアン]

「1984」でオーウェルが描いたような極端な監視管理社会を指す。また、「1984」的な反ユートピア作品を「オーウェリアンSF」などと言うこともある。

Big brother[ビッグ・ブラザー]

作中の全体主義国家オセアニアに君臨する独裁者。巨大なポスターや、テレスクリーンで登場する。しばしば「ビッグ・ブラザーがあなたを見ている(Big brother is watching you)」というフレーズとともに監視社会の例えとして使われている。

Thought police[思想警察]

常に市民たちを監視し、党やビッグ・ブラザーに反対の思想を持つ政治犯を逮捕する機関。そこから、国家組織の根本を危うくする行為を除去するためと称して、疑いのある人物の逮捕を行ったりイデオロギー的な正当性を強制したりするような特高警察を指すようになった。

Room101[101号室]

党に反対する思想を持つ政治犯に対し、精神的拷問と洗脳が行われる部屋のこと。そこから転じて、拷問部屋のような我慢ならない場所という意味で、うんざりするほど長い会議が行われている会議室などに対しても使われる。

Newspeak[ニュースピーク]

作中で、従来の英語を基に思考の幅を縮小するようにデザインされた言語体系。言葉の選択肢を最小まで減らすことで、複雑な思考を困難にするのを目的とする。例えば、「悪い(bad)」という単語がなくなり、「良くない(un-good)」で代用するなど。実際に日本では、数年前にオバマ元大統領の使った「profound mistake(重大な誤り)」を単に「正しくない」と訳している。また、支配者が市民を扇動しやすいように、すばやく発音でき、話す者の頭に最小限のものしか想起させない短く耳触りの良い単語に変換されることもある。

Doublethink[二重思考]

自分の心の中にある対立した考えを同時に信じ込み、対立が生み出す矛盾は完全に忘れられる状態。例えば、2+2は4だが、党や支配者が5といえば5とも考えられる能力。全体主義国家を支配するエリート層が、市民に対して要求する考え方で、本作を表すもっとも象徴的な語の一つ。SNSの登場によって、自身の考えに対する一貫性や責任意識が薄れてしまった現代社会においては、たとえ支配者が不在だとしても二重思考は起こり得ると言える。

「1984」の世界に似てきた現代社会

「1984」は欧米を中心に世界中で読まれている20世紀の名著の一つとして常に一定の人気を保っているが、2017年1月23日に米国で突然アマゾンのトップ10リストに上がり、同25日には1位になった(ロイター調べ)。これはトランプ米大統領就任式の聴衆数が誇張して発表された後、テレビ番組に出演したコンウェー大統領顧問が「オルタナティブ・ファクト」という言葉を用いてそれを正当化したのがきっかけだった。数字の誇張が虚偽ではなく「オルタナティブ(=代案、既存のものに取ってかわる新しい)な事実」、つまり「もう一つの真実」だとする考え方は、まさにオーウェルが「1984」で扱ったニュースピークや二重思考の概念と重なる。

英国でも、2016年6月の欧州離脱を問う国民選挙を前に、離脱派によるさまざまな虚偽の数字や公約がなされ、投票結果に影響が出た。オックスフォード辞典は2016年を象徴する言葉として「ポスト・トゥルース(ポスト真実)」、客観的な事実よりも感情や個人の信条に訴える方が世相にアピールできる状況を挙げている。これは人々がSNSに出回る情報が事実であるか否か注意を払っていないことも指す。また、近年ではGPSなどテロ行為防止のための監視システムや個人識別データの作成といった国民を管理する仕組みも進んでいるため、社会はいよいよオーウェルが危惧した世界になってきたのだと言える。

映画や音楽にも「1984」が後のカルチャーに与えた影響

「1984」の世界観は映画、音楽、小説などカルチャー面にも影響を与え、さまざまなジャンルで反ユートピア的な世界が描かれた。「1984」自体が英国で2度(1956年、1984年)映画化されている他、音楽ではデービッド・ボウイが1974年のアルバム「ダイヤモンドの犬」で同著にオマージュを捧げている。また、外部から隔離され監視カメラやマイクの付いた家で男女が3カ月間生活する様子を追うリアリティー番組「ビッグ・ブラザー」が1999年から世界各国で放映された。英国では「ルーム101」のタイトルで、ゲストが自分の嫌いなものについて語るトーク・ショーが1994~2007年、2012~19年に放映。日本では、村上春樹が2009年に「1Q84」を発表。村上はオーウェルの「1984」を土台に、近未来ではなく近過去を描いた。

 

日本のチャリティー支援のために走った英国人、ロジャー・バーマンさん

日本のチャリティー支援のために走った英国人 ロジャー・バーマンさん Roger Berman

日本在住歴が30年以上になる英中部リバプール出身のロジャー・バーマンさんは、4月28日に行われたヴァージン・マネー・ロンドン・マラソンに海外からの一般ランナーとして参加しつつ、日本のチャリティー団体を支援するチャリティー・ランを行った。自分の行動を社会貢献に結びつけようとするバーマンさんに、そのモチベーションについて話を伺った。

ロジャー・バーマンさん

まず始めに、どのような経緯で日本にいらっしゃったのでしょうか。

昔バックパッカーだった頃、旅行先として訪れたのが最初です。その後一旦英国に戻りましたが、「再び日本に行ってみたい」と思ったので、バイトをしつつロンドンの学校で日本語を学び、1985年に再び日本へ。それから現地で2年半ほど語学学校に通った後、キャラクターやブランドのライセンスを扱う日本の会社へ就職し、英国と日本を結ぶ橋渡しとして働きました。現在は同じ分野で独立し、東京で会社を経営しています。

今回応援した「NPOみらいの森」(以下みらいの森)との出合いを教えてください。

みらいの森を知ったのは今から約3年前、日本在住の英国人が月1回集まる「ブリッツ・アット・ランチ」という昼食会でした。そこでみらいの森のスタッフの方が、日本国内を自転車で500キロ走って資金を募るファンドレイジングで同団体を支援したKIWL*1の活動についてプレゼンをしたのです。みらいの森の理念は「児童養護施設にいる子供たちに、アウトドア活動や多文化を通じて、生きる力を身に付けてもらう」というもので、それまで自分の会社のCSR活動*2に力を入れていた私にとって、スポーツ活動を通じたチャリティーは好感が持てました。

また、学生の頃からトレッキングなどに親しんでいたので、大自然が持つ人間を育てる力を知っていたことも大きかったですね。親がいない、虐待された経験があるといった、さまざまな事情を抱えて児童養護施設で生活する子供たちは、英国と違い日本ではタブー視されることすらあります。こういった子供たちをサポートする団体の活動からファンドレイジングの方法に至る全てが、私の価値観と一致していたのです。

*1自転車やランニングなど、スポーツを通じてファンドレイジングを行う団体Knights in White Lycra
*2「Corporate Social Responsibility」の略称で、企業の自主的な社会貢献のこと

そこからなぜロンドン・マラソンでファンドレイジングを行おうと思ったのでしょうか。

私はランニングが趣味なのですが、その延長で前述のKIWLと一緒に55キロのチャリティー・ランを企画・開催しました。同団体がサポートしている児童養護施設の子供たちとも交流する、という企画で、これを各ランナーたちが企業や友人に宣伝し、寄付金を募るというものでした。既にチャリティー・ランは私にとって身近な存在だったわけです。そんな折、出場倍率がとても高いロンドン・マラソンの海外一般枠に当選したのです。あの舞台で走るなら、チャリティー・ランをやってみたい、と思ったのは自然な流れでした。

私が走り、宣伝することで団体の活動内容がより多くの人に伝わっていきますよね。子供を支援する団体は他にもたくさんありますが、みらいの森なら自分にとって近い関係だし、実際的な活動も見ているので、ここを支援したかった。走ることは自分のためでもあるけれど、それだけでは甘いと個人的に思っています。自分の行動が誰かに対しても意味を持つような、責任を持った活動を行いたい。今回は自己ベストを更新できるよう頑張ります。*3

*3バーマンさんは20分ほど自己ベストを更新されました!

 

本條秀慈郎 - 三味線奏者 - インタビュー

本條 秀慈郎

三味線の
可能性を切り開く
パイオニア
本條秀慈郎 HONJOH Hidejiro

坂本龍一の2017年のアルバム「async」にもゲスト出演している三味線奏者、本條秀慈郎は、伝統的な邦楽器でコンテンポラリー音楽の世界を追求する異色のミュージシャンだ。現代楽器としての三味線の可能性を若きパイオニアとして切り開き、世界的な作曲家に新作を制作してもらうことで楽器の新たな魅力を開拓すべく、グローバルに活動している。ウィグモア・ホールへの登場は2018年以来2度目となるが、今回はソロ・コンサートで単独で1時間のステージに挑む。三味線を始めたきっかけ、楽器の魅力と可能性、そして今回のプログラムについてたっぷりと語っていただいた。(インタビュー・文: 後藤菜穂子)

PROFILE 本條 秀慈郎(ほんじょう ひでじろう)
1984年生まれ。桐朋学園大学在学中、本條流家元本條秀太郎氏に師事し本條秀慈郎の名を許される。2016年、ACC Nakamura Kimpeiフェローシップによりニューヨークへ渡米。帰国後、自主リサイタル開催など国内の他、欧米、アジアの各地で演奏。NHK教育テレビ「日本の芸能」、テレビ朝日「題名のない音楽会」などに出演。アンサンブル・ノマド、クァルテット・エクセルシオやクレア・チェイス(フルート)、佐藤紀雄(ギター)、宮田まゆみ(笙)と共演。他ジャンルとの試みも多く、舞踊家の平山素子、デザイナーのジャン・リーロイ・ニューとも共演している。現在、桐朋学園芸術短期大学非常勤講師。

子供の頃の夢は指揮者

本條さんのご出身はどちらですか。

生まれは東京で、その後しばらく埼玉県の南浦和に住んでいたのですが、幼稚園に上がる時に父親の実家のある栃木県の宇都宮に引っ越しました。私の父は彫刻家で、主にアルミニウムを使って作品を作っています。父親も母親も音楽、特にジャズが好きで、クラシック音楽もよく聴きに行っていました。

ご自身も幼少の頃からピアノを習っていたそうですね。

母親が好きだったので僕にピアノを習わせたのですが、練習は苦手でした。ただ、ピアノ曲を聴くのは好きで、たとえば、母と一緒にベートーヴェンの「エリーゼのために」をいろいろなピアニストのCDで聴き比べるなどしていました。両親は大量のレコードやCDを持っていて、僕が中学生の頃になると父は現代音楽を聴かせてくれました。たとえばジョン・ケージやシュトックハウゼン*1、メシアン*2などです。そういった意味では、幅広い音楽を聴いていましたね。

*120世紀ドイツの前衛作曲家カールハインツ・シュトックハウゼン 
*220世紀フランスの作曲家オリヴィエ・メシアン

ピアノはその時も続けていましたか。

細々と続けていたのですが、うまくはなりませんでした。当時は楽譜がきちんと読めなくて、耳で聞いて覚えて弾いていたのです。中学生になるとオーケストラ曲も聴くようになり、指揮者が好きになって、トスカニーニ*3のようになりたいとか言い出しました(笑)。あと当時、坂本龍一さんのような作曲家で演奏家、指揮もされプロデュースもできる音楽家に憧れていました。それで高校進学では地元の音楽高校を受けたのですが、見事に落ちまして、しばらくピアノはトラウマになりました。

*3イタリア出身の名指揮者アルトゥーロ・トスカニーニ

三味線を始めたきっかけは。

高校に入ってからはバンドでギターを弾いたり、吹奏楽でチューバを吹いたり、中途半端に音楽を続けていたのですが、ある時、渋谷の小劇場「渋谷ジァン・ジァン」で三味線のコンサートを聴いてきた母に、「あなた三味線をやりなさい」と言われたのです。三味線については僕自身、何も知らなかったのですが、少なくとも地元では誰もやっていない楽器でしたし、目立つものをやりたいと思ったので、近所の津軽三味線の先生のところに通い始めました。そうしたらなんと楽譜がないじゃないですか! やったーと思いました(笑)。三味線のお稽古というのは、先生の演奏を見て覚えるわけです。そして次のお稽古で次の部分を覚えるという方法です。週1回ずつ通って、半年に一曲覚えるといったペースでした。

本格的に三味線を学ぶようになったのは大学からですか。

そうです。当時、ちょうど中学校教育に邦楽器が導入された頃で、僕は音楽の教師になろうと思ったのです。学校の先生なら吹奏楽の指揮もできるし、憧れびとにもなれるかなと思って(笑)。藝大に行きたいと思ったのですが、当時は津軽三味線専攻のコースがなかったので、ちょうど開設されたばかりの桐朋学園芸術短大の日本音楽コースに入学しました。そこで長唄三味線の奏者で、現代音楽も演奏される杵屋勝芳壽先生に師事しました。

先生は厳しかったですか。

とても厳しかったです。そもそも、桐朋短大コースのカリキュラムが現代曲を学ぶというものだったので、現代音楽にどっぷり浸かる日々でした。毎週のように新しい現代曲の楽譜を与えられて、次の週までに勉強していかなければなりませんでした。しかもそれまで三味線で五線譜なんて見たこともなかったのに! おかげで中学や高校の頃に楽譜を読めなかったのが一気に解消されました(笑)。また、大学ではアンサンブルの授業もあって、ギターやフルートなど西洋楽器との合奏も経験できて面白かったです。

本條 秀慈郎 三味線は1人で指揮者もオーケストラも全部できる楽器

プロの三味線奏者へ

現代音楽を専門とするプロの三味線奏者を目指すようになったのはいつでしょうか。

大学2年の時に、今の師匠の本條秀太郎先生*4と出会いました。初めて先生のソロの演奏会を聴いた時、最初にチーンと弾いたその一音で、なるほど、三味線というのは1人で指揮者もオーケストラも全部できる楽器なのだと実感しました。それほど圧倒的な存在感で、何よりもすごく良い音でした。それで、大学と並行して先生のもとに通いの内弟子をさせていただきました。当時は先生の偉大さをそれほど分かっていなかったのですが、師事するうちにやがて本條の名をお借りして活動したいと思い、卒業後の2009年に本條秀慈郎としてリサイタルを開きました。それがプロになるスタートでした。

*4日本の民謡・端唄・俚奏楽・現代音楽の三味線の演奏者、三味線音楽の作曲家

本條さんは多くの現代作曲家に新作を依頼してきました。これまで何曲ぐらい委嘱していますか。

たぶん50曲ぐらいでしょうか。僕の音楽活動はリサイタルが主軸になりますが、三味線のための現代曲はさほど多くないですし、また西洋楽器と共演したくても曲がなかったりするので、基本は委嘱します。初めて外国の作曲家に委嘱したのは2014年でした。そうした中で、最近では作曲家が呼んでくれて「曲を書くので弾いてほしい」という依頼も来るようになりました。

昨年、ウィグモア・ホールでの藤倉大さんの個展*5で驚異的な演奏を聴かせてくれた、藤倉さんの「neo」の成立について聞かせてください。

2014年に委嘱して作曲していただいたのですが、初演したのは2年後でした。正直、当時の僕には難しすぎて弾けなかったのです。そのうえ、僕の中では藤倉大という作曲家は難解な現代曲を書くイメージだったのですが、出来上がった曲は「ヘイ、ロックだぜ」(笑)というノリの曲で、戸惑ったこともありました。でも2年間練習したら、自分の中で解決できてものすごく良い曲だと思えるようになりました――もちろん既に良い曲だったわけですけれど。純粋無垢に三味線を捉え、楽器の一番の魅力を引き出してくれる曲と言えるでしょう。今や全世界の三味線の曲の指針になっている名作です!

*5 英国を拠点に活動する日本の現代音楽作曲家。Avexシリーズの一環で、2018年にウィグモア・ホールで音楽の個展(リサイタル)を開催

そんな中、2016年には米ニューヨークに滞在されたそうですね。

はい。アジアン・カルチュラル・カウンシルという、ACC(旧ロックフェラー)財団のフェローシップで半年間滞在しました。かつて作曲家の武満徹さんや一柳慧(いちやなぎとし)さん、画家の横尾忠則さんらもこの制度で留学していました。半年間、グランド・セントラル駅の近くのアパートで過ごし、いろいろと見聞きしてインプットする日々でした。ニューヨークでは他ジャンルとのコラボにも目覚め、レディー・ガガのファッションを手がけるフィリピン人アーティスト、ジャン・リーロイ・ニュー氏とのコラボなども刺激的でした。帰ってからもダンスの平山素子さんとのコラボレーションなどを行っています。

さらに昨年は文化庁文化交流使として世界各地で演奏されました。

はい。6カ月の間に米国、ロシア、チェコ、ドイツ、英国、フランス、イタリア、トルコと回りました。ロシアではシベリアのクラスノヤルスクという地で作曲家の杉山洋一さんの三味線協奏曲を初演したり、トルコではアンカラで伝統楽器の人間国宝級の演奏家とコラボレーションしたり。さらにこれらの国々の作曲家に新作を委嘱し、去年だけで21曲もの新曲を初演しました。 どの国でも観光する暇もなく、ホテルで練習してリハーサルに行ってコンサートをしての繰り返しでしたが、大変充実した半年でした。

ウィグモア・ホールでの
ソロ・リサイタル

7月のロンドンでのリサイタル曲をご紹介ください。全て三味線のソロ曲ですね。

はい。まずキプロス出身のマリウス・ヨアンノー・エリア氏が僕のために書いてくれた「RED」という短い曲を弾きながら登場しようと考えています。続いて、浦田健次郎氏の「碧譚(へきたん)第2番」を演奏します。碧譚というのは中国の言葉で、夜の湖に月の光が入って水の奥まで浸透するという意味で、大変美しい、日本的な作品です。

次に太棹の楽器で、高橋悠治氏の「ハムレット生死(しょうじ)」という弾き語りの曲を演奏します。これは義太夫三味線演奏家の田中悠美子さんのために書かれた曲で、いきなり「To be or not to be」というセリフで始まります。歌もあって芝居風の作品なので役者になったつもりで演じないとなりません。

次の曲を作曲したヴィジェイ・アイヤー氏は、ニューヨーク在住のインド系天才作曲家&ジャズ・ピアニストです。「Jiva」は昨年ニューヨークで初演した曲で、シンプルながらインド音楽のリズムの難しさとうまくマッチングした良い曲です。

今回は坂本龍一さんの新作を世界初演されるそうですが、坂本さんとの出会いを教えてください。

坂本さんと親しい藤倉さんが紹介してくださいました。昨年僕がニューヨークのジャパン・ソサエティで演奏した時に聴きに来てくださって、その後でご自宅にお招きいただきました。その時に三味線を弾いてみてほしいと言われ、スタジオで弾きました。その後、もう1度呼んでくださり伺ったら、なんと僕のために曲ができているのです!それを弾いてみて、レッスンもしてくださって、それがレコーディングされ、坂本さんのアルバム「async」の12曲目に収録されている「honj」になったのです。そうしたご縁で、今回のリサイタルのために新曲をお願いしたら、快く引き受けてくださいました。曲が出来上がってくるのが楽しみです。

すばらしい演奏を期待しています。ありがとうございました。

本條さんに聞く!
三味線の特徴とその魅力

三味線

三味線は何種類くらいあるのですか

大きく分けて、太棹(ふとざお)、中棹(ちゅうざお)、細棹(ほそざお)の三味線がありますが、ジャンルや流派によってさらに細やかな部分で変わってゆきます。ジャンルは義太夫の三味線(太棹)、長唄三味線(細棹)、地唄三味線(中棹)、それから津軽三味線など挙げきれないほど多岐の分野に分かれます。僕が現代音楽で使っている三味線は分類としては中棹になります。

ヴァイオリンのように古い楽器の方が良いということはあるのでしょうか

いえ、三味線は消耗品でもあるので、極端に古い楽器はあまり使用しません。江戸時代と今では、楽器の素材も違います。江戸時代の楽器で残っているものもありますが、今使おうと思っても難しいかも知れません。僕は本番用の三味線を2挺持っていますが、三味線はときどき皮が破れ、その張り替えに はやくて2週間ほど必要なので、常に2挺用意しています。また、ずっと弾いているとカンベリと言って棹も減っていくので、1挺を使い続けたら長くもちません。

三味線の糸は頻繁に張り替えるものですか

絹糸なので、すぐに切れてしまいます。多い時は1日に何回も替えることもあります。1本数十円から数百円ぐらいなので高いものではありませんが。糸の太さは違っていて、太いほうから一の糸、二の糸、三の糸と呼びます。

三味線というのは面白くて、舞台に出る直前に糸を張り替えるような楽器です。新しい方が良い音がしますが、その反面調弦は安定しません。でもそれを覚悟で音色の方を優先するが三味線です。よく舞台上で三味線の弦をいじっているところを見たことがあると思いますが、あれは演奏しながら音を調整しているのです。

三味線の魅力とは

三味線というのは縦横無尽かつ臨機応変で、とても柔軟な楽器です。コンパクトですが、ときには打楽器のような音も出せるし、サワリを使えばノイジーな共鳴音も出る、いろいろな効果音を作れる演出力のある楽器なのです。芝居の中でよく使われるのも納得できます。

ロンドン公演

HONJOH Hidejiro Shamisen Recital
Avex Recital Series 2019

2019年7月6日(土)13:00開演
チケット:£18(学生 £12)
本條秀慈郎(三味線)

プログラム

マリウス・ヨアンノー・エリア: RED
浦田健次郎: 碧譚第2番
高橋悠治: ハムレット生死
ヴィジェイ・アイヤー: Jiva
坂本龍一: 新作
藤倉大: neo

会場: Wigmore Hall
36 Wigmore Street W1U 2BP
最寄駅: Bond Street

チケットお問い合わせ先
Tel: 020 7935 2141 
https://wigmore-hall.org.uk

コンサートに関する問い合わせ先
エイベックス・リサイタル・シリーズ
www.avexrecitalseries.com

※止むを得ない事情により曲目・曲順などが変更になる場合があります

 

大英博物館「マンガ展」キュレーター、ニコル・クーリッジ・ルマニエールさん

大英博物館「マンガ展」 キュレーター
ニコル・クーリッジ・ルマニエールさん セインズベリー日本藝術研究所 研究担当所長

大英博物館「マンガ展」のキュレーターを務めるニコルさんは大のマンガ好き。ニコルさんが愛をもって語るマンガの秘められた可能性について、お話を伺った。

ニコル・クーリッジ・ルマニエールさん

Nicole Coolidge Rousmaniere 1998年米ハーバード大学博士課程修了後、99年に英セインズベリー日本藝術研究所を設立し、初代所長に就任。イースト・アングリア大学日本美術文化教授として教鞭をとった後、2006年から3年間、東京大学人文社会科文化資源学の客員教授を務める。09年から大英博物館アジア部日本セクションにIFACハンダ日本美術キュレーターとして出向中。

マンガは私のビタミン剤!

なぜ大英博物館でマンガ展なのでしょう。

2019~20年は、ラグビーのワールド・カップ(W杯)や東京オリンピック・パラリンピックが日本で開催され、日本に注目が集まる「ジャパン・モーメンツ」が来ると思います。密な交流となる記念すべき年のスタートとして、マンガ展という大きなイベントをやりたかったのです。マンガはサブカルチャーと呼べるかもしれませんが、一方で日本で数100年前から始まったビジュアル表現の歴史的な流れを汲んでいるとも言えますよね。マンガの扱い方に諸説あるということは、マンガはある意味、考古学的なテーマだと定義することができます。世界でもトップの文明と歴史を誇る大英博物館ですので、今回は特定のマンガ家や作品に焦点を合わせるのではなく、マンガというものを一つに捉え、文明の中の一形態として紹介するつもりです。

なるほど、ではニコルさんはこの歴史の始まりはいつ頃だと考えていますか。

人によって解釈が違いますが、私は岡本太郎の父、岡本一平(1886~1948年)や北沢楽天(1876~1955年)*1など明治中期に活躍した漫画家が、今日のマンガの原点だと考えています。ヴィジュアル・カルチャーから、ストーリーテリングが確立したのが明治時代ですね。大英博物館は、この時代の日本の新聞を既に19世紀後半から率先して収集してきました*2。ですからここでの開催は突拍子もないアイデアではなく、むしろ起こるべくして起こった、と言えるのではないでしょうか。

*1 横浜外国人居留地の英字週刊誌「ボックス・オブ・キュリオス」社で働いた漫画家 
*2 現在は大英図書館で保存

展示にあたり苦労したことは何ですか。

好きなマンガ家がたくさんいるので、どの方に声を掛けるか困ってしまいました。本当はもっと多くのマンガ家を紹介したかったのですが、マンガは続きものですから1人のマンガ家に対して1枚の原画を展示、というわけにはいきませんよね。1人でも多くの人を紹介したい、ということで漏れてしまった方は展示の本棚に入れ込んでみたり(笑)。ただ偏ったチョイスにならないよう、少女・少年マンガなどのジャンル、マンガ家の性別や年齢などの比率は気をつけました。今回の展覧会は大英博物館で開催されるものの、日本のマンガ研究家やマンガ評論家の伊藤剛さんなど、さまざまな方から展示についてのアドバイスをいただきましたので、日本との共同展示、と言えますね。

日本のマンガと比べた、英国のマンガの特徴はどんな点でしょう。

レイモンド・ブリッグズ*3の「風が吹くとき」は格好良い作品だと思いますが、コマ割りが一定で、イラストより言葉の方が重要ですね。そもそもブリッグズはイラストレーターでマンガ家とも違うので比べるのは難しいところですが。最近ではグラフィック・ノベル*4が勢いがあると思います。英国のグラフィック・ノベルがもっと和訳されて、いつか日本で展覧会ができたらいいなと思っています。

*3 英国のイラストレーター兼作家。代表作は「スノーマン」「さむがりやのサンタ」
*4 長編のコミックス

好きな日本のマンガを教えてください。

大学院生の頃からマンガはほぼ毎日読んでいますが、中村光先生の 「聖☆おにいさん」が大好きです! ブッダとイエスが同じ部屋に住むあの世界観、いいですよね。一見くだらなく思えるシーンも、実は宗教によって異なるものの見方がすんなりと理解できるようになっていたり。また舞台が日本なので、日本の習慣も同時に理解できるため、英訳されればいいなと思っていたのですが、ついに電子版が4月、書籍は9月に出ることになりました。そして電子版のあとがきは私が書きました。ファンなのでとてもうれしかったです!私は工芸の専門家ですが、マンガを展示したいし、人とシェアしたいし理解を深めたいと思っています。マンガは私にとって読むビタミン剤です。

マンガはこれからも英国の読者に影響を与えていくでしょうか。

絶対そうだと思います。マンガは将来の「ヴィジュアル・ストーリーテリング・ランゲージ」として、将来の美的な言語になると思いますね。既にインスタグラムに代表されるように、イメージだけでものを理解できる時代になっています。マンガはそれに代わり得る媒体だと思うし、だからこそ外国人がマンガに理解がないのは危ないことだと思いました。ゲームなど二次的なコンテンツが発展する前に、原点であるマンガを正しく読み解くことが大事だと思います。

海月姫(くらげひめ) 「東京タラレバ娘」など数々のヒット作を生み出す東村アキコ作、オタク女子たちと女装男子が繰り広げるラブ・コメディー「海月姫(くらげひめ)」。ニコルさんは「東村アキコはストーリーテリングの天才!」と評している

日本人では気が付かない、
ちょっと気になるマンガの話

効果音のありがたさ

マンガのコマをさらに盛り上げる効果バック(背景の表現)は、日本語が分からなくてもなんとなく理解はできる。しかし「どーん」「ドドドドド」と言った文字で書かれた効果音の場合、日本人は無意識に経験と照らし合わせその音を頭で反芻することができるが、日本語が分からない人には少々難しい部分である。ニコルさんは、擬音語や擬態語が、背景から出てイラストの上に載ってきたりとユニークな形態をとることもマンガをおもしろくする大事な要素だと語る。ちなみに本展は「マンガ展」と片仮名が採用されているが、ニコルさんは「漢字だと北斎漫画のイメージが強く、平仮名は少女のような幼いイメージがした」ことに加え、「片仮名はもっと国際的な感じがする」という理由から片仮名に決めたという。

マンガで知る多種多様な世界

ニコルさんはインタビューの通り、ブッダとイエスが同じ部屋で暮らす「聖☆おにいさん」の、「宗教の違いが分かり、かつ不快感を持つことなく読後も平和な気持ちでいられる世界観」が好きだそう。このように宗教や性など扱いにくいテーマを描いた作品は、近年特に増えてきた。本展で展示予定の田亀源五郎作「弟の夫」は、父と娘の2人暮らしの家で、既に亡くなった父の弟の旦那と共同生活を営む話。男性同士の結婚について子供にどう教えるか、ストレートの弥一が、ゲイであるカナダ人のマイクと生活する上で抱える悩みなど、ソフト面が大変丁寧に描かれている作品だ。一見難しいと思えるトピックも、マンガという形式を取るだけで理解度が大きく変わる。

展覧会情報

The Citi exhibition Manga マンガ

5月23日(木)~ 8月26日(月)
10:00-17:30(金は20:30まで)
£19.50

The British Museum
Sainsbury Exhibitions Gallery (Room 30),
Great Russel Street, London WC1B 3DG
Tel: 020 7323 8181
Tottenham Court Road / Holborn駅
www.britishmuseum.org

 

大英博物館「マンガ展」The Citi exhibition Manga 大英博物館がマンガの可能性を切り拓く

大英博物館がマンガの可能性を切り拓くThe Citi exhibition Manga 大英博物館「マンガ展」 2019年5月23日(木)~8月26日(月)

ページをめくるごとに未知の世界へ冒険でき、また恋愛のほろ苦さを教えてくれたり、読み手に夢と希望を与えてくれる「マンガ」。日本人にとって身近な存在であるマンガは学術的なテーマとは一線を画すると思われてきたが、5月23日、大英博物館でマンガをテーマにした展覧会が始まる。ヴィジュアル面の強いコンテンツを、なぜ美術館ではなく博物館で開催するのか、そこには確固たる理由があった。セインズベリー日本藝術研究所の研究担当所長を務めながらマンガをほぼ毎日愛読しているという、本展キュレーターのニコルさんのインタビューも併せて読んでいただきたい。 (取材・文:英国ニュースダイジェスト編集部)

星野之宣作「宗像教授異考録」星野之宣作「宗像教授異考録」シリーズの「大英博物館の大冒険」は、古参のファンからの評価も高い

日本のマンガは
未来のヴィジュアル言語だ!

大英博物館はマンガの世界でも名所だった?

人類の歴史を凝縮したといっても過言ではない、膨大なコレクションを収蔵する大英博物館。「考古学」や「発掘」といった研究色の強いワードと結びつく同館は、現在も研究者が新たな発見にいそしみ、同時にそれらを展覧会という形で分かりやすく公開している。世界に名だたるこの知の殿堂は、これまでに数々のマンガ作品の舞台として登場してきた。

1940年代、米国のコミック「ザ・スカラベ」で、考古学者のピーター・ワードがリサーチのためエジプト関連の展示室にあるパピルスの巻物を調べるシーンは、同館が「知的探求の場」という観点から作品の舞台として取り上げられた初期の例の一つ。その後もエジプト文明の展示室はアメコミ界で頻繁に登場することになる。

2010年の日本の作品「大英博物館の大冒険」でも大英博物館は取り上げられている。本作は星野之宣作の伝奇ミステリー「宗像教授異考録」シリーズ内のエピソードである。主人公の宗像伝奇(むなかたただくす)教授が、同館の収蔵品を狙う敵とめまぐるしくバトルを繰り広げる様子は、緻密なイラストと知的好奇心を刺激する展開で好評を博した。本作は同館で初となる英訳版のマンガ「Professor Munakata's British Museum Adventure」(British Museum Press)として出版された。

日本のマンガ文化を加速させた風刺とディズニー

日本のマンガの起こりは諸説あるものの、一般的には12世紀ごろに作られた「鳥獣人物戯画」に始まり、その後江戸時代に流行した軽妙なタッチの戯画「鳥羽絵」、洒落や風刺を織り交ぜた草双紙の一つ「黄表紙」などが市井の人々の間で手に取られた、という説が有名である。江戸時代にこういった戯画や書物が一般に広まったのは、当時の識字率の高さも大きく関係しており、日本のマンガ文化は文明とともに発展していったと言える。このようにある程度大枠が確立していたところに新たな風を吹き込んだのは、鎖国の終了によって入ってきた外国文化だ。

1861年、日本の文明開化に貢献した英国出身のチャールズ・ワーグマン(1832~91年)が世界初のイラストレーション入り英国新聞「イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ」の海外特派員として来日。報道写真がなかったこの時代、異文化のニュースを理解するのに挿絵は大変効果的であり、同紙で記事と挿絵を提供する報道画家として働いていたワーグマンは、通常の業務をこなしつつ1862年に日本初の風刺漫画雑誌「ジャパン・パンチ」を横浜で創刊した(1887年廃刊)。

また、ワーグマンと個人的に知り合いだった可能性の高い絵師の河鍋暁斎(かわなべきょうさい・1831~89年)は、「ジャパン・パンチ」に似せて「絵新聞日本地」を刊行したことでも知られる人物で、暁斎がかつて東京にあった歌舞伎座劇場、新富座のために作成した長さ17メートル、横4メートルの引幕「新富座妖怪引幕」(下図)は、当時の人気役者をモデルにした妖怪や幽霊が、幻想世界から現実へ飛び出してくるように描かれており、どことなく現代のSF作品の世界観を思わせる。暁斎を始め、「ポンチ絵」と呼ばれた風刺画を近代マンガとして確立した北沢楽天(1876~1955年)など、西洋から影響を受けた画家が続々と現れ、その時代はその後もしばらく続く。

川鍋

*横にスクロールしてご覧ください
大迫力の河鍋暁斎画「新富座妖怪引幕」(早稲田大学坪内博士記念演劇博物館蔵)は制作されて130年以上が経ち、国外での展示は今回が最後だと言われている

日本のマンガ史を大きく変えた第2の新しい波は米国のウォルト・ディズニーによってもたらされた。ディズニーはアニメーション(漫画映画)部門で日本の技術のはるか先を歩いており、幼少時の手塚治虫(1928~89年)に大きな衝撃を与えた。手塚がマンガを描いたのは、アニメーションを制作するための資金稼ぎだったと言われているほどで、ディズニーが持つ映像の技術力には勝てないと思った手塚は、自身がアニメーションを制作する際、見た目の格好良さよりストーリー性に重きを置いたと言われている。

世界を巻き込む一大産業へ

この50年余りでマンガ文化が大きく進化を遂げた要因として、ファンの存在をなくして語ることはできない。媒体によってその制度は異なるものの、読者アンケートなどで、読者の反応が芳しくなければ掲載が打ち切りになることもある週刊・月刊マンガ雑誌のシビアな世界において、読者=ファンはマンガ家の自尊心を満たす以上に大切な存在となった。

一方、ファンの中には、コミック・マーケットで同人誌を販売したり、好きなキャラクターの格好を真似するコスプレなど積極的な楽しみ方をする人も現れた。日本のマンガやアニメが諸外国へ輸出されるようになってから、欧米、アジア各地で同様のファン・イベントが開催されるようになったのもなんら不思議なことではなく、一般社団法人日本動画協会が発表した「アニメ産業レポート2018」(サマリー版)によると、2017年の日本アニメの海外市場規模は9948億円。いまや巨大な産業として無視できない存在となったマンガは、ある意味世界の共通語として機能しつつある。

ゴールデンカムイ大英博物館の公式ウェブサイトの顔になっている野田サトル作「ゴールデンカムイ」のヒロイン、アシㇼパ

マンガを正しく理解するための展覧会

マンガの展覧会として日本国外では最大級となる大英博物館の「The Citi exhibition Manga マンガ」は、マンガとの正しい付き合い方からその面白さ、社会との関係、そして世界に与える影響を6つのセクションを通して紹介し、初心者から既にファンの人まで存分に楽しめる構成となっている。  

まず、ゾーン1でマンガとは何か、読む上で知っておくと理解が深まる基本的なことを解説。また編集者、出版社など原案者であるマンガ家を支える縁の下の力持ちにも言及し、マンガが出版されるまでの過程を余すことなく紹介する。続いてゾーン2では、マンガのルーツから現在に至るまでの歴史を解説。日本のマンガ文化発展のきっかけとなった明治時代の新聞から手塚治虫など著名なマンガ家の作品と共にその変遷を探る。鳥山明の「ドラゴンボール」の原画は、今回が日本国外で初の展示となるので、往年のファンも必見だ。また、実際のマンガが手に取れるよう日本語版・英語版のマンガを収めた本棚を設置したり、電子版をダウンロードできるようにしたりとインタラクティブな仕掛けにも注目したい。2019年3月をもって閉店となった東京・神田のコミック専門店「コミック高岡」の内部を撮影し、スクリーン投影した貴重な映像もここで見られる。

ゾーン3では、スポーツ、冒険、恋愛、SF、BL(ボーイズラブ)などマンガのジャンルについて紹介。ゾーン4は昨年12月のコミケ取材や日本国内で流通している学習マンガ、世界コスプレ・サミットなど、社会への影響も紹介する。ゾーン5は河鍋暁斎の「新富座妖怪引幕」や人気キャラクターの原画、ゾーン6は陶磁器や彫刻など、マンガの世界を超えた3D作品を展示する。

ポーの一族萩尾望都作「ポーの一族」は少女マンガの草分け的存在として、連載から40年以上たった今も愛される名作。2018年には宝塚歌劇団花組による同名ミュージカルが上演された

展覧会情報

The Citi exhibition Manga マンガ

5月23日(木)~ 8月26日(月)
10:00-17:30(金は20:30まで)
£19.50

The British Museum
Sainsbury Exhibitions Gallery (Room 30),
Great Russel Street, London WC1B 3DG
Tel: 020 7323 8181
Tottenham Court Road / Holborn駅
www.britishmuseum.org

 
<< 最初 < 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 > 最後 >>

24時間365日、安心のサービス ロンドン医療センター 日系に強い会計事務所 Blick Rothenberg お引越しはコヤナギワールドワイド Ko Dental

JRpass totton-tote-bag