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Fri, 29 March 2024

小林恭子の
英国メディアを読み解く

小林恭子小林恭子 Ginko Kobayashi 在英ジャーナリスト。読売新聞の英字日刊紙「デイリー・ヨミウリ(現ジャパン・ニュース)」の記者・編集者を経て、2002年に来英。英国を始めとした欧州のメディア事情、政治、経済、社会現象を複数の媒体に寄稿。著書に「英国メディア史」(中央公論新社)、共著に「日本人が知らないウィキリークス」(洋泉社)など。

グレンフェル・タワー 火災事件の背景 なぜ高層住宅なのか?

6月中旬、ロンドン西部にある公営高層住宅「グレンフェル・タワー」(24階建て)で火災が発生し、少なくとも80人が亡くなる大惨事となりました。

黒焦げになったタワーの姿を皆さんもテレビなどでご覧になったことがあると思います。私は火災発生の翌日と3日後に現場に赴きました。最初の訪問時にはタワーの上の階の窓付近からまだ煙が出ていました。驚いたのは、その大きさです。住宅街の中に、巨大な黒い塔がそびえ建つような感じでした。タワーを見ているうちに、「一体なぜ、こんな高いところに人が住んでいるのか」という思いが湧いてきます。いざというとき高層階の住民は逃げるのが大変ですし、消防車だっておいそれとは高層建築物の上階に水を飛ばすことはできません。ロンドン消防局が通常処理できる高さは32メートルまでであるのに対し、グレンフェル・タワーは67メートルもあるのです。

謎を解くカギは、タワーがケンジントン・チェルシー行政区による公営の低所得者用住宅(「ソーシャル・ハウジング」)の一つだったことにあります。この地区は高級住宅街として知られていますが、実は東部、それもノッティング・ヒルから北の地域は貧困地帯になっています。ここにグレンフェル・タワーがあるのです。低所得者にとっては、住宅費が特に高いロンドンにおいて低価格で利用できる住宅でした。

火災発生時にタワーに何人住んでいたのかがはっきりしない時期がありましたよね。不思議だと思いませんでしたか? 公営住宅ですので行政担当者が住民情報を管理しているはずです。そこで「分からない」のはおかしいのですが、警察によると行政区が出した情報は「不正確」だったそうです。多くの子供が数に入っておらず、火災発生当日にタワーを訪問していた人や、違法行為になりますが低家賃であることを利用して「また借り」して住んでいた人も入っていません。中には在留資格を持っていない人や申請中の人もおり、こうした人々は違法滞在であることを知られたくないので住んでいた事実を当局に報告することにちゅうちょします。学校、保育所、中央政府にあるデータ、近所のファスト・フード店からの情報などを集めて、約350人が火災発生時にタワーにいたと警察が発表したのはつい先週(10日)でした。

世界中で現在のような高層住宅が建設され始めたのは19世紀半ばごろと言われています。欧米諸国では、1940年代になるとスラム街の一掃や第二次大戦による破壊などで住む家を失った人々を収容する目的で建設されました。英国で最初の高層住宅(10階建て)が完成したのは1951年。50年代から80年代にかけて、政府や地方自治体は150万戸に上る住宅を、新たな住宅に建て替えていきます。この中に地方自治体が建設した6500の高層住宅棟がありました。ブロックを積み上げたようなシンプルな構造で、コンクリートの外壁が特徴的です。

しかし、次第にこうした高層住宅は人気を失ってゆきます。なるべく安い建築費で、かつ超スピードで建てられた結果、粗雑な造りになっていたのです。数年でコンクリート壁が割れたり、雨漏りがあったり、鉄筋が腐敗する事態が発生し、改築が必要になってきました。

1970年代に建築されたグレンフェル・タワーも改築対象となりました。「クラッディング」と呼ばれる外装保護材を付け、見栄えを良くし断熱性を向上。でも、今回の火災で安全性確保が不十分であったことが露呈してしまいました。2007年以降、高さ30メートル以上の住宅用ビルを新築する際はスプリンクラーを整備することが必須となっています。避難用階段やエレベーター、吹き抜けなどの防災設備がしっかりしている高層ビルもあります。グレンフェル・タワーの場合、こうした防災措置が十分ではなかったようです。行政区が住民の安全性を確保するはずの公営住宅でこんな火災が発生し、住民の多くが低所得層・貧困層であったことを考えると、格差社会の悲劇という側面が見えてきます。

 
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