英日両国からの期待を受ける女子マラソン選手
マーラ・ヤマウチ選手インタビュー (前編)
女子マラソンという人気種目に集まる注目。開催国出身選手に対して寄せられる期待。「ヤマウチ」という日本名に集まる関心。外交官から転身したという異色の経歴。様々な観点から、ロンドン五輪で間違いなく話題を集めることになる出場選手の一人が、女子マラソンのマーラ・ヤマウチ選手だ。ロンドン五輪に向けての準備を着々と進めているヤマウチ選手が、日本語でインタビューに応じてくれた。
1973年8月13日生まれ、イングランド中部オックスフォード出身。8歳までケニアの首都ナイロビで生活を送る。オックスフォード大学セント・アンズ校政治経済学部卒、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学政治経済学修士課程修了。96年に外務省に入省。98年~2002年まで日本に赴任。06年より休職し、競技活動を本格化させる。08年の北京五輪では6位入賞。夫であり、コーチでもある山内成俊氏とは日本駐在時に出会った。東日本大震災の発生後には、チャリティー・ウェブサイト「Run for Japan」の広報大使を務めた。
北京五輪の6位入賞には満足しています
ロンドン五輪の開幕を今から心待ちにしています。シドニー五輪開催時は、まだ駐日英国大使館の外交官として働いていました。確か仕事が入っていたので、高橋尚子選手が優勝を果たした女子マラソンの生中継は観ることができませんでした。彼女の優勝はその後のニュース番組で知ったと思うのですが、やはり感動しましたよね。また翌年に行われたベルリン・マラソンで、高橋選手が2時間20分を切って当時の世界記録を更新した場面を日本の主人の実家で観戦していたこともよく覚えています。
それから8年経って、今度は自分自身が北京五輪に出場し、6位に入賞できたのですから、その結果には満足しています。それまでは、とにかく五輪代表のチームに入って五輪に出場することが目標だったのですから。一方で、メダルを獲れるタイムまであと22秒だったんですよね。それだけの僅差でメダルに届かなかったのは残念という気持ちもありました。
北京五輪後の進退については随分と悩みましたが、それまで着実に自己ベストを更新してきていたし、メダルまであともう少しだったし、そして何と言っても次は母国である英国での開催でしょう。あと4年間は競技生活を頑張ろうと決め、ロンドン五輪でのメダル獲得を誓いました。
実際には、2009年の半ばにけがをしてから思うようには練習ができておらず、不安はあります。ただもうここまで来たら、母国でのレースで自分を思い切り奮い立たせて、当日にベストを尽くすしかないなという気持ちですね。
「ロンドン・マラソン」とロンドン五輪では大違いです
地元の声援をたくさん受けることができるといったことに加えて、毎年4月に開催されるロンドン・マラソンなどを通じて走り慣れた街で開催されるといった点から、ロンドン五輪では英国人選手に期待が向けられることは承知しています。ただ、ロンドン・マラソンとロンドン五輪では異なる点が結構あるのです。
まず、両レースでは走るコースが違います。次に、ロンドン・マラソンはいわゆる「シティ・マラソン」ですよね。ペース・メーカーがレースを引っ張っていってくれます。だからレース序盤での飛び出しが多い。逆にロンドン五輪にはペース・メーカーはいないので、どちらかというとタイムの速さを競うのではなく、戦略ベースのレース展開になります。優勝タイムはさほど速くならないでしょう。一方で、集団からの飛び出しのタイミングなど、駆け引きにすごく神経を使うと思います。
またレースに参加する選手の顔ぶれもだいぶ異なります。ロンドン・マラソンを始めとするシティ・マラソンでは、ケニアやエチオピアといったマラソン強国の選手が多数そろいます。一方で、五輪では同じ国からは3人の選手しか出場できませんよね。
さらに、競技生活に普段あまりなじみがない方には少し意外に聞こえるかもしれませんが、「賞金がない」というのも五輪の大きな特徴の一つです。プロとして活動している選手にとっては、賞金の有無によってモチベーションが大きく変わります。五輪のレース前日またはレース中に調子が悪いと判断したら、秋に行われる賞金のあるレースに備えて、潔く途中棄権する人もいるのです。
リハビリのおかげで調子が良くなってきました
今年の冬は、英国陸上競技連盟の高地トレーニング合宿には参加しませんでした。右足のハムストリング(人間の肢の後ろ側にある筋肉の総称)のけがを回復させるのに時間がかかったことが理由の一つです。去年の1月から5月まではある医師の指導の下でリハビリに励んでいましたがなかなか治らなかったので、6月からバイオメカニクス(生体力学)に則ったリハビリ方法を試してみました。このリハビリが成功して、調子が良くなってきたんです。
次の段階として、フォーム作りに比重を置くことにしました。走るときの変な癖をなくして自然なフォームで走れば、無駄な動きが減るので使うエネルギーが少なくなり、けがを悪化させずに済むはずです。また無駄を省けば、より速く走ることにもつながります。よって、体力面を効率的に鍛えることができる一方でけがを再発させる危険が高まる高地トレーニングよりも、フォーム面を鍛えることを目的に、バイオメカニクスの先生が帯同する南アフリカでの合宿に参加しました。現在はコーチを務める主人とともに、ロンドンで調整に努めています。