第1回 優雅な姫の舞台裏
3 June 2010 vol.1252
「眠れる森の美女」よりオーロラ姫
Photo: Johan Persson
クラシック音楽「眠れる森の美女」のメロディーは、誰もが耳にしたことがあるでしょう。バレエ「眠れる森の美女」と言えば、三大バレエの一つ、そして主役のオーロラ姫と言えば、若いバレリーナなら誰もが憧れる役です。
昨年末、この大役をロイヤル・オペラ・ハウスで演じるチャンスをいただき、改めてこの役の大変さ、どうしてどのプリンシパル(最高位のダンサー)に聞いても「バレエの中で一番難しい役」と口を揃えて言うのかが、実感できました。
1幕から3幕まで出ずっぱりのこの役は、まるで長距離マラソンのよう。絶対的なクラシック・テクニックを要求されるほか、持久力、精神力が必要とされる一方で、お客様にその苦労を見せずに演じきらなければなりません。
ほとんどのクラシック・バレエ作品は、音楽で言うクレッシェンド、幕ごとにだんだん難しくなっていきますが、「眠れる森の美女」は全くその反対で、デクレッシェンド、1幕が一番難しいのです。
1幕のオーロラ姫の登場場面ですが、お客様の観点では、王様、女王様、宮廷の貴婦人方、友人たちに見守られながらの登場、なんて素敵なのだろうと思われるでしょう。ところが、舞台袖にいる私の観点では、前に進めば舞台、後ろに進めば更衣室、どちらにするか!と、逃げ出したくなるくらいの緊張が積もるときなのです。それに登場のときの音楽ときたら……映画「ジョーズ」のテーマ曲に聞こえてきてしまうのは私だけでしょうか!?
そして一番の見せ所とされる、「ローズアダージオ」。4人のプリンスの手を代わる代わるとりながらバランスを披露する場面は、お客様にとっても、私にとっても息を飲む瞬間です。ここでは相当な集中力や精神力、そしてもちろん、バランス力が必要とされます。また、舞台上から見ると客席は真っ暗なので、舞台上の照明とのギャップに目が眩まないように気を付けなければなりません。
続いてオーロラ姫のバリエーション(ソロ)、「コーダー」となりますが、つむに指を刺されて気分が悪くなっていく場面など、もう演技などしなくても、十分、その気分にならざるを得なくなっています。
2幕になるとようやく王子の登場で、この幕はほとんど、王子の幻想の場面なので全体的に照明が暗くなっています。それがまた私には大変。暗闇の中でスポットライトをあてられると、たまに自分がどちらを向いているかすら分からなくなったりしてしまうのです。
そして3幕の結婚式。ここまで来ると、嬉しい、の一言。難関を突破し、ようやく踊りが楽しめるようになります。まるで自分自身の結婚式のように……。
最後に特筆すべきなのは、なんと言っても一番大切な音楽。チャイコフスキーの音楽を舞台の上で、体全体で受け止められるのは、本当に素晴らしい体験です。初日に先輩であり、日本を代表するバレリーナである吉田都さんから「苦しいところもあるだろうけれど、きっと音楽が助けてくれますよ」と励ましのお言葉をいただき、本当にその通りだと実感できました。音と踊りが調和すると、まるで素晴らしい料理のよう。良い素材においしい味付け、と言ったところでしょうか。
これからも皆さんに、素晴らしい料理をご提供していきたいです。