第223回 英国の建築、地面の下にヒントあり
散髪店を訪れたときのことです。理容師は寅七が座席に座ると頭を指でもみ始め、頭蓋骨の様子を調べるからと頭全体を丹念になぞっていました。頭蓋骨は28の骨から構成され、そのうち頭蓋を形成する6種8個の骨から毛髪が出ているそうです。頭蓋骨の在り方が毛髪の生え方を規定し、それが散髪する際の重要情報だと教わり、深く納得。確かに地上の建物だって地面の下の地質や地層に大きく影響を受けていますからね。
頭蓋骨の構造が毛髪をきめる
まさに地面の下にヒントあり。例えば、なぜ、最近までロンドンに高層ビルが建てられなかったのか。なぜ、ロンドンの地下鉄網がテムズ川の北側だけ発達したのか。なぜ、ロンドンのレンガは黄土色が多いのか。それらの回答はただ一つ、テムズ川の北側にロンドン粘土層が広がっているからです。ロンドン粘土層は柔らかくトンネルを掘りやすい一方、高層建築に不向きです。また、黄鉄鉱が多いのでレンガ用に焼けば黄土色になるのです。
エクスチェンジ・スクエア
さて、シティのリヴァプール・ストリート駅の北側にエクスチェンジ・スクエアがありますが、最近、緑の多い広場に再整備されました。たくさんのビジネスマンが昼休みにくつろいでいますが、広場に腰かけて気が付くのは電車が下を走り抜けること。正確に言うと、鉄道路線の上に高さ10メートルの陸橋を架け、その上にこの広場が乗っています。幹線鉄道の頭上にできた空中庭園ですから、設計に一番気を使ったのはその重量です。
構内からみると陸橋の上に広場
庭園の石材には軽量で高級素材の仏コンブランシャンの石灰岩や人造大理石が使われました。コンブランシャンは赤ワインで有名なブルゴーニュ地方にあり、石灰岩の色がピンクかベージュがかって見えます。世界でも屈指の良質な石灰岩だそうで、ルーブル美術館やシャルル・ド・ゴール空港にも使われています。石灰岩という軽い素材を使って、いかに豊かな自然と高級感をさりげなく醸し出すか、それが設計者の腕の見せ所だったというわけ。
レインスター・ガーデン23番地の隣はドアも窓も全部フェイク
一方、少し奇抜な建物がロンドン西部のベイズウォーターにあります。美しい街並みが続くレインスター・ガーデンの23番地の隣は、実は壁しかない偽の建物です。その理由は裏手に行けば一目瞭然。19世紀半ば、この建物の下に地下鉄を通すのに、当時はまだ車両が蒸気機関車のため排煙口が必要でした。排煙口を裏手に作り、表通りは美しい街並みのまま。高級住宅街の景観保護と地下鉄の実用性の両方を軽い壁1枚で勝ち取ったのです。
奥の建物は壁だけでその下を地下鉄が快走
寅七さんの動画チャンネル「ちょい深ロンドン」第十七話『リバプール・ストリート駅』もお見逃しなく。