イギリスにある建物の建築様式
ロンドナーと街を歩いていて「あれはエドワーディアン建築だ」「その教会はゴシック建築の傑作だよ」などと言われてもちょっとピンとこない、そんな経験はないだろうか。知ることで物件探しや街の散歩がもっと楽しくなる、英国の建築史を彩る各様式のポイントを簡単にご紹介する。
ロマネスク建築 9世紀~12世紀
ノルマンディー公ウィリアムの征服にともない英国にもたらされた建築様式。この時代は前半のサクソン様式と、後半のノルマン様式に分けられる。前者には、ローマ帝国からもたらされたビザンチン様式からの強い影響が見られ、門の上部が半円形になっているといった特徴がある。ノルマン様式になると、城壁や柱が巨大に。特に大聖堂・教会の空へ高くそびえる姿は、キリスト教の信仰心を高める意味合いもあったらしい。残念ながら、この時代の建築物の多くはヘンリー8世の時代に破壊されている。ロンドン塔のほか、ダラムの大聖堂が有名。
The Tower of London
HM Tower of London EC3N 4AB
www.hrp.org.uk/TowerOfLondon
ゴシック建築 12世紀後半~16世紀前半
ゴシック建築は、12世紀のフランスで考案された建築様式。英国では、ロマネスク建築後半からステンド・グラスが多く使われるようになったほか、教会内部の柱や壁の装飾は重厚なものから優美なデザインへと変わり始めた。教会の門の上部は半円から先がとがった形になり、教会の塔はより高く、建物上部に尖塔が多く見られるように。この様式は今でも各地の大聖堂に見つけることができる。ゴシック建築は、後のヴィクトリアン建築時代にも大きな影響を及ぼしている。
Westminster Abbey
20 Dean's Yard, London SW1P 3PA
www.westminster-abbey.org
チューダー、エリザベス朝建築 15世紀後半~17世紀初期
この時代、民衆の生活も安定し始め、新しい建築スタイルが教会や城だけでなく一般の家屋にも見られるようになった。チューダー建築の特徴の一つは、イングランド中部ストラトフォード・アポン・エイボンなどの地域に多い、白の漆喰の壁に黒の木材を使った家屋だ。また教会などの門の上部には、モスクの尖塔のようなデザインが施されている。エリザベス朝建築期に入ると、技術が進んで安価なガラスを使うことができるようになったほか、今でも郊外のマナー・ハウスなどに見ることができる、レンガで周りを囲んだ煙突が現れた。
バロック建築 17世紀~18世紀
ルネサンス期に開花した芸術・美術の表現法が建築にも採用された時期。建築様式はより華麗になり、装飾も手の込んだものになったほか、インテリアの組み合わせも複雑になっていった。大聖堂や教会といった公共の建物に多く見られる様式だが、貴族の屋敷のチャペルなどにも使われている。ロンドンではクリストファー・レンによるセント・ポール大聖堂のほか、ニコラス・ホークスムーアによるクライスト・チャーチ(Spitalfields, E1)がこの様式。ほかに、チャーチルの生家として知られるブレナム宮殿も有名。
St Paul's Cathedral
St.Paul's Churchyard, London EC4M 8AD
www.stpauls.co.uk
ジョージアン建築 18世紀前半~1830年
古代ギリシャ・ローマ文化への憧憬が色濃く反映された時期。一般的に、建物正面の破風(屋根の切妻に付けられた山型の装飾板)や、建物全体の対称性、秩序だったディテールへのこだわりが大きな特徴。リージェンツ・パークの東・南側に連なる白亜のマンションは、この時代の特徴をよく表している。ただ、この時期の後半になると、西洋偏重への反動からか、「シノワズリ(中国風)」などエキゾティックな装飾を施す動きも出てきた。
Osterley Park and House
Jersey Road, Isleworth, Middlesex TW7 4RB
www.nationaltrust.org.uk/osterley-park
ゴシック・リバイバル建築 18世紀後半~19世紀
ルネサンス期のイタリア人建築家、アンドレア・パラディオの業績を見直す機運の高まりから始まった流れで、ジョージアンとヴィクトリアン建築の双方の時期に影響を見ることができる。最盛期は1855年から85年にかけて。前半は、パラディオの影響が強く「パラディアニズム」の時代と称される。後半、ヴィクトリアン建築の時期になると、様式はより本来のゴシック・スタイルの影響を受け、勾配のきつい屋根や、装飾としてガーゴイル(怪獣の形をした雨水の落とし口)が使われた。
The Banqueting House
Whitehall, London SW1A 2ER
www.hrp.org.uk/BanquetingHouse
ヴィクトリアン建築 1837年~1901年
産業革命以降の工業の発展が、「未来」と「過去」という両極端の要素を建築様式にもたらした時期。鉄筋と板ガラスの普及は建築に大きな影響を及ぼした。ジョセフ・パクストンによって設計され、1851年の万博会場として使われたクリスタル・パレスはまさに未来を象徴するデザインとしてとらえられた。しかし、この急速な変化は、反動を生んだ。ジョン・ラスキンとウィリアム・モリスによるアーツ・アンド・クラフツ運動がそれで、昔ながらの素材・様式による一般家屋、つまり茅葺ぶき・スレートぶきの屋根を持つ漆喰壁の家屋が注目された時期でもある。
Red House
Bexleyheath, London DA6 8JF
www.nationaltrust.org.uk/red-house
執筆・守屋光嗣
愛と憎しみのロンドン