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Sun, 11 January 2026

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俳優 森山未來 インタビュー

俳優 森山未來インタビュー俳優 森山未來インタビュー

ロンドンにあるコンテンポラリー・アート・ギャラリーICAで行われた国際交流基金主催の巡回日本映画上映会。その会場に、俳優の森山未來がいた。「モテキ」と「苦役列車」という2本の主演作品の上映に合わせ来英した森山は、現在、文化庁の文化交流使としてイスラエルに拠点を置き、活動している。イスラエルの大都市、テル・アビブでダンサーとして、また一人の人間として何を思い、日々を過ごしているのか、聞いた。

森山 未來 Mirai Moriyama
1984年、兵庫県神戸市生まれ。幼いころからジャズ・ダンス、タップ・ダンス、クラシック・バレエ、ヒップホップなどのダンスを始める。1999年、宮本亜門演出「ボーイズ・タイム」で本格デビュー。その後、テレビ・ドラマ「さよなら小津先生」「ウォーターボーイズ」などの話題作に相次いで出演する。2004年、映画「世界の中心で、愛をさけぶ」で主人公サクの高校生時代を演じ、日本アカデミー賞優秀助演男優賞など映画賞の数々を獲得。近年では舞台、映画、ドラマとジャンルを超え、幅広い活躍をみせる。最近の出演作品に、ミュージカル「100万回生きたねこ」、NHK土曜ドラマ「夫婦善哉」、映画「人類資金」など。現在、平成25年度海外派遣型「文化交流使」としてイスラエルを拠点に活動中。

皆が対等な立場でモノをつくる過程

スクリーン上で、男が路上で痰を吐き、好きな女性の手の甲を舐めて嫌悪され、唯一の友人に取り縋(すが)り金を無心する――日本中が好景気に沸いたバブル期にあって、性犯罪者の父を持ち、日雇い労働で生計を立てる中卒の19歳、北町貫多の半生を描いた映画「苦役列車」では、貫多の劣等感と虚無的な怒りが様々な場面でこれでもかとばかりに描かれる。酒で顔をむくませ、白パンツ一丁で路上をよたよたと走る、そんな目を背けたくなるほどの醜さをさらけ出して貫多役を演じているのは、俳優、森山未來だ。

「苦役列車」上映の直前、長めの髪を無造作にひっつめ、ブーツに細身のパンツ、ゆったりとしたチェックのシャツに身を包んだ森山が、一つひとつの質問に滔々(とうとう)と答えていく。話しながらしきりに動く、しなやかな腕や指先。イスラエルに滞在しているという意識があるからかもしれないが、どことなく無国籍な空気を纏(まと)ったような、不思議な佇まいが印象的だ。

文化的国際交流の発展を目的として、文化庁が芸術家や文化人を一定期間、海外に派遣する文化交流使制度。昨年、この文化交流使に指名された森山が選んだ国は、イスラエルとベルギーだった。あまり一般的な選択肢ではないように思えるが、そこには個人レベルでのつながりがある。2011年に日本を含む世界各地で公演が行われた「テヅカ」、12年末から13年にかけて上演されたミュージカル「100万回生きたねこ」。この2作品に出演した森山は、前者の振付を手掛けたベルギー出身のシディ・ラルビ・シェルカウイと、後者の演出・振付・美術を担当したイスラエル出身のインバル・ピントとアブシャロム・ポラックとの制作過程に魅せられた。

「テヅカでは、漫画家の手塚治虫が描いた世界感と同時に、漫画や文字――例えば日本の文字は象形文字からきていて、絵から文字に流れていくという歴史があり、そこから漫画へとつながっていくわけですが――、といった要素をも表現していきました。その際、例えば筆の動きを体で表現できないか、ということになったときに、コレオグラファーとしてラルビがいるのだけれど、トップダウンでダンサーたちに押し付けるのではなく、君はどういう表現ができるかと求めてきて、僕たちはそれに応えるという過程を体験できたことがすごく大きかった。そしてインバルたちとのクリエーションにおいても同じような感覚で仕事ができたんですね。舞台をつくる中で、ダンサーという存在と、コレオグラファーや芸術監督、もしくは演出家という存在が皆、対等な立場で物事をぶつけ合えるという環境がすごくいいなと感じました」。

森山未來
ICAで行われた巡回日本映画上映会のQ&Aセッションで

自分を「勇気づけてくれる場所」

森山の文化交流使としての生活は昨年10月、イスラエルの大都市、テル・アビブを拠点にするピントとポラックのダンス・カンパニーに籍を置き、彼らの作品制作にダンサーとして携わるという形で始まった。制作過程に興味を持ったとはいえ、文化環境の全く異なる世界に一人飛び込んでみて、違和感は覚えなかったのだろうか。「逆に健全だな、と思いますね」と迷うことなく答えた森山は、これまでの役者としてのあり方にこそ、少々の歯がゆさを感じていたようだ。

「今までも、10代のころから思うことはちゃんと言いたいと考えていたし、こういう風にした方が面白いという提案をしてきたつもりでした。でも自分の視野が狭かったりだとか、提示できる説得力が足りなかったりだとか、様々な問題で結果につながっていかなかった。それが『モテキ』や『苦役列車』を通して、少しずつかなっていったというか、バランスが取れてきたんです。大根監督(『モテキ』)や山下監督(『苦役列車』)と作っていくプロセスは、こう すれば面白いだろうなというイメージと自分が表現できることのバランスがある程度とれていたと思うし、それを大根さんも山下さんも受け入れてくれる環境があったということが重要だったなと思います。だから今、インバルのカンパニーでやっているあり方というのは、自分の中ではとても自然なんです」。

自身の役者としての成長が、こうした制作過程への適応能力とでも呼ぶべき素地を与えてくれた。しかしそれだけでなく、やはり海外で活動しているということが及ぼす影響が大きいとも感じている。創作現場であるなしに関わらず、日本では誰かが誰かに対し、集団の中で意見を言うことがあまり許される風潮にはない。「その中で意見をぶつけていくこともできると思うんですよ」、そう言う一方で、その姿勢を貫くむずかしさを静かに語る。「周りのそういう視線に耐えながら、気付かないふりをしながら、傷つきながら、でも俺は思うことを言っているんだからってやり続ける。柔らかい感情を保ち続けるのは難しいのではないかなと自分は思います」。決して声を張り上げているわけではないのに、関西独特の穏やかな抑揚に乗せて運ばれる言葉がすっと耳に届く。皆が自由に意見を言って、自由に同意して、拒否する、そんなテル・アビブの制作現場は、自然であると感じると同時に自分を「勇気づけてくれる」場でもある。こうした環境や、その中で活動している人間の気持ちをじっくりと観察して、日本に戻ったときには、特に舞台制作の場に還元したい、と考えている。

森山未來 映画「モテキ」
映画「モテキ」より。様々な女性に翻弄される藤本幸世役を
テレビ・ドラマに引き続き演じた森山未來(写真右)と、
幸世の会社の上司、唐木素子役の真木よう子(同左)

肉体的で刹那的なパフォーマンス

現在、森山が滞在しているイスラエルは、非常に特異な状況下に置かれている国だ。近隣諸国との国交は一部の例外を除き断絶しているのに加え、アラブ人が住むパレスチナ自治区との紛争は、今なお解決の兆しも見えない。そんな政情不安を抱える国にあって、森山の住む大都市、テル・アビブは、文化的中心地として知られ、治安も良いとされているが、日本はもとより、英国の日常生活ともかけ離れた一面を見ることも多い。「カンパニーの中にも兵役義務で軍隊に所属している子がいるんですよ。イスラエルの兵役は男性が3年、女性は2年。彼も大丈夫だとは言っているんですが、もしかしたらそのまま帰らぬ人になる可能性がないわけではない。兵役に就いている人間は、休みの日には私服を着ていてもいいけれど、拳銃は持って歩かなきゃいけないんです。バスの中でも、ショッピング・センターにも、私服で拳銃抱えてる人たちがいる。それが彼らの日常なんです。だから(生と死が)紙一重の中で生活しているって言ってしまえると思うんですよね」。

そんな環境下で生まれたイスラエルのパフォーマンスを「刹那的」だと感じるという。粗削りだけれども、理論や理屈を超えてしまったところにある舞台上のパフォーマーたちの肉体性。それは良い悪いではなく、イスラエルという国の持つパワーになっているのではないだろうか。そしてもう一つ、イスラエルという国が建国してからまだ70年も経っていない、非常に若い国ということも大きいのではと森山は考える。

「最初のころ、国はテル・アビブという場所を芸術の街にしようと、ゲリラ的に起こるパフォーマンスを放置し続けたそうなんです。だからすごく大きなものからアンダーグラウンドなものまで混沌としていて。それを認めたという最初のきっかけがすごく良かったんじゃないでしょうか。芸術とか表現というものが人の心を支えていた時代がきっとあったと思うんです。今も同様にしてあると思うんですけど。その流れが、世界的に知られるイスラエルのコンテンポラリー・ダンス・カンパニーであるバットシェパ舞踏団のダンスのような、肉体的で刹那的なパフォーマンスを生み出したのだと思います」。

森山未來
映画「苦役列車」より。北町貫多を演じる森山未來(写真左)と、
貫多のたった一人の友人、日下部正二役の高良健吾(同右)

歪で生々しい美しさ

森山がイスラエルで籍を置くインバル・ピント&アブシャロム・ポラック・ダンス・カンパニーは、バットシェパ舞踏団に所属していたピントとポラックが独立して立ち上げたカンパニーだ。ダンス、という一言でくくることのできない、幻想的で、でも人間の生(せい)を強く感じさせる摩訶不思議なその世界感は、日本を含む世界各地でも高い人気を誇る。なぜ、森山は彼らのつくる作品に惹かれたのか。

「彼らの表現っていうのは、刹那であると同時にすごく『歪(いびつ)さ』を感じるんです。代表作の『オイスター』では、手がない人や、手と足がつながっている人たちが出てくる。サーカス、それも煌びやかなのじゃなくて、かつて社会不適合者とされた人たちが国から援助されていない状況で、生きていく術(すべ)として日本の寺にあった見世物小屋のような感覚のものをつくっているんですね」。これは僕の勝手な妄想なんですけれど、と前置きした上で、ピントやポラック自身にも、彼らがつくり出す作品と同じようなものを感じると続けた。

「イスラエルには徴兵制があるけれども、抜け道もあるそうなんです。蝶ネクタイを着けてお坊ちゃんみたいな恰好をして精神的に不安定であるというキャラクターを自分で演出して演じて、徴兵検査で自分がいかに兵役に不適合であるかをアピールする。日本でもかつては兵役を免れるためにしょうゆを一升飲んだ、なんていう話を聞いたことがあります。しょうゆ一升飲むって想像もつかないけれど、でもなんだか想像できちゃうじゃないですか。体がこんな風になって動けなくなる。……インバルたちにも同じような空気を感じるんですよね。すごく退廃的な雰囲気の中で明るく振る舞う見世物小屋やサーカスのような舞台上に立っていることにこそ理由がある。そこにいないと生きていけない。あえてそこを選ばないと生きていけない環境に私たちは立たされているのだ、という。そういう風に見えるんですよね」。

しょうゆのくだりで「体がこんな風になって……」と言いながら、森山は全身を振るわせてみせた。その瞬間、彼がこれまで演じてきた作品の数々が頭を去来する。去勢手術に失敗した男が愛を求め生きる姿を見せていく「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」や、ある日突然虫になっていた男の顛末を描いたカフカの代表作「変身」といった舞台に、突然女性にモテ出した29歳童貞男の紆余曲折を赤裸々に綴る「モテキ」、そして今回上映された「苦役列車」―― ダンサーとして卓越した身体能力を持ちながら、完全なる美をあっさり放棄して人間の持つ生々しさ、不完全さをとことん追求することを恐れないその姿勢。「苦役列車」の主人公、貫多の破天荒な人生を「アナーキズムじゃなく、ただまっすぐ生きている」と表現し、ダメ男ぶりをとことんリアルに垂れ流すように見せつけるその様は、どこか彼の描写するピントやポラックらの生き様とつながっていく。

淡々と話しているのにその言葉は熱く、飄々(ひょうひょう)としているのにその体が雄弁に物語る。文化交流使としての道のりはまだ、半分にも満たない。1年という月日を過ごした森山未來が、どのようなクリエイターとして日本に戻ることになるのか、今はまだ分からないが、コレオグラファーや演出家たちと意見を戦わせ、ときに同意し、ときに拒否し、人間の持つ美しさや醜さをひっくるめた生々しさを投影して一つひとつの作品をつくり上げる過程の只中にいる森山未來が今、とても伸びやかに生きているように見えることは確かだ。

 

豪華客船で往く旅の愉しみ

豪華客船で往く旅の愉しみ豪華客船で往く旅の愉しみ
豪華客船で往く旅の愉しみ

旅の魅力は目的地だけでなく、その行程にこそある
――かつて世界の海を制した英国の豪華客船の歴史と伝統を今に残す
キュナード社のクルーズでは、停泊地での観光以上に、
洋上で過ごす時間こそが何より強い輝きを放つ。
自分のこれまでの日常を振り返り、人生における喜びに思いを馳せる、
そんな一味違う船旅の体験を綴ってみたい。

キュナード社とは?

1839年創立のキュナード社は、英国政府公認の郵便事業を担う海運会社として活躍。その後、長距離旅客輸送から船旅を楽しむクルーズへと比重を移し、1922年には業界初となる世界一周クルーズを敢行するなど、クルーズ・ラインの先駆者として世界的な認知度を誇る。保有する客船には歴代女王の名前を冠することが許されており、現在はクイーン・エリザベス、クイーン・メリー2、クイーン・ヴィクトリアの3隻が就航している。

キュナード社のクルーズ客船の魅力

19世紀から20世紀にかけて特権階級に愛された豪華客船の歴史と伝統を守り続けるサービスが特徴。客室はいくつかのカテゴリーに分かれており、それぞれ専用のダイニングを利用する。また、クルーは全員、クルーズ黄金時代から受け継がれてきた伝統のサービス「ホワイトスター・サービス」を習得。正装での出迎えから毎夕のターンダウン・サービスまで、英国正統派のサービスを提供している。

今回の旅のルート

1月6日出発の「ハンブルクを訪ねるショートクルーズ 5日間」。英サウサンプトン発着、3日目朝に独ハンブルクに到着し、夕方出航。それ以外は洋上での生活を送る。このほか、地中海やエーゲ海、アドリア海の都市を回るツアーや、3~4カ月かけて世界一周するワールドクルーズもある。ワールドクルーズは一部区間のみ参加することも可能。

Q & A

Q: 費用はどのくらい掛かる?
A: 今回のルートの場合、一人249ポンド(Inside(窓なし)カテゴリー、燃料費込、2人で宿泊の場合)~

Q: 料金には何が含まれる?
A: 宿泊、専用ダイニングでの食事(朝・昼・夕)、エンターテインメント
(スパやシアターのボックス席、カジノなどは有料)など。

Q: チップは毎回払うの?
A: 設定されている金額(一日10ドル前後)を最後の精算時にまとめて支払う形。設定金額は船上で変更することも可能。

洋上に広がる別天地

2014年の年明け、イングランド南部の港町サウサンプトンへ向かうと、白く泡立つ荒波にびくともせず巨大な船がそびえ立っている。はるか頭上まで数えきれないほどの小窓が並ぶその様は、船というよりも水上に浮かぶ街のようだ。これから、エリザベス女王の名を冠した豪華客船クイーン・エリザベス号に乗り込み、ドイツ・ハンブルクに停泊し、再びサウサンプトンへと戻る5日間の旅に出る。

雄大に佇むクイーン・エリザベス号
雄大に佇むクイーン・エリザベス号

空港同様のセキュリティー・チェックを経て、いよいよ船内へ。白手袋をはめて正装し、胸元にバラの花を飾ったクルーたちが笑顔で出迎えてくれる。目の前には、真っ直ぐどこまでも続く廊下。軽やかに流れるハープの生演奏に耳を傾けつつ進んでいけば、3層吹き抜けになったグランド・ロビーでは、寄木細工の壁画が柔らかい光に包まれて広々とした空間を見下ろしている。カフェではコーヒー片手にのんびり談笑している人たちの姿。何を指示されるでもなく、客の一人ひとりがこの広大な空間を自由気ままに満喫している。長い道のりを経てデッキ8(8階に相当)の船尾にある最上級カテゴリー「Queens Suite」の客室の扉を開くと、目の前には一流ホテルのスイート・ルームさながらにゆったりと配置されたベッドとソファ。バスルームにはバスタブにシャワー・ルーム、そして2人が同時に悠々使える洗面台。ウェルカム・シャンパンとチョコレート、フルーツの盛り合わせに思わず口元が緩んでしまう。港で預けた荷物を、専属のアシスタント・バトラーが運んできたと思ったら、その後はメイン・バトラーが別のスタッフを連れてにこやかに挨拶に訪れる。時計の針の進み方さえゆっくりになったような別世界での日々が突然、幕を開けた。

豪華客船で往く旅の愉しみ

時間の使い方は千差万別

驚くほどに何の束縛もなく流れる船内の一日は、部屋の入口に置かれた「Daily Programme」をチェックすることから始まる。全船放送などほぼないこの旅での貴重な情報源となるリーフレットには、その日一日の航路や天候、各エリアのオープン時間、エンターテインメントの詳細までが事細かにまとめられている。逃せないイベントをざっとチェックしたら、朝食へ。食事は3食、客室カテゴリー別に用意された専用ダイニングへ赴くことになるが、ほぼ24時間オープンのビュッフェ「Lido」や、予約客のみ受け付けるフレンチ・レストラン「The Verandah」などを利用することも可能だ。ちなみに今回利用したのは最高峰の「Queens Grill」。次のカテゴリーに相当する「Princess Grill」とともにデッキ10に位置し、利用客以外はフロアへの立ち入りが禁じられている。豪華客船の最高峰と聞くと怖気づいてしまいそうだが、スタッフの、スマートさの中に親しみを含ませたサービスには堅苦しさの欠片もない。一方のゲストたちも、さすがに慣れた風情のカップルや家族が多いが、朝ともなればポロシャツやチノパン、ニットにスカートなど、かなりカジュアルな服装で一日の始まりを気楽に過ごしている。メニューはコンチネンタル風からフル・イングリッシュ・ブレックファスト、ときにはフィレ・ミニョンや和朝食まで用意されるという幅広さ。一日中船上という日には、ゆっくり時間をかけて味わいたい逸品ばかりだ。

食事が終わったら、図書室で本を読むも良し、カード・ルームでブリッジに興じるも良し。行動派は朝からジムで汗を流しているし、美を追求する女性たちはジャグジーで身も心も開放させている。午前中から夕方にかけてはパター・ゴルフのコンペ、ピラティスやハーブ療法のセミナーにボールルーム・ダンス(社交ダンス)のレッスンなど、参加型イベントが盛りだくさん。つい夢中になって、専用ダイニングの昼食時間に間に合わない、などということも。そんなときにはビュッフェでサンドイッチをつまんだり、ラウンジやホールで供されるアフタヌーン・ティーを楽しむこともできる。

夜の帳が下りると

緩やかに濃密な時間が過ぎ、やがて夕方6時を迎えるころになると、周りの様子が変わり出す。この時間を過ぎたらカジュアル過ぎる服装(デニムや短パン、サンダルなど)は避けるよう伝えられているので、皆、カジュアル・スマートに着替えて夜の時間がスタート。同じ空間でもほんの少しかしこまった空気が流れるのがまた面白い。こちらも少々おめかしをしてまずは夕食。朝とは打って変わってスーツや膝丈ドレスに身を包んだゲストたちが、ディナーの一品一品に舌鼓を打っている。メニューは前菜、サラダ、メイン、デザートそれぞれ数種の中から選ぶか、アラカルトから注文。カロリー控えめの「スパ・セレクション」もある。どれも街の一流レストラン並みの味とデコレーションだが、特にお勧めなのがアラカルト。鴨肉や舌平目はワゴンで運ばれ、目の前でソースと絡めて切り分けてくれる。付け合わせの野菜やソースの変更などにも柔軟に対応してくれるサービスぶりに、お腹も心も満たされる。

舌平目のグリルとデザート
舌平目のグリルと繊細な盛り付けが光るデザート

ディナーを心ゆくまで味わったら、次はエンターテインメント。点在するバーやカフェの前ではピアノやハープの生演奏が繰り広げられ、静かに話をしながら親しみやすいメロディーに耳を傾けている人たちがいる。英国風のパブ「The Golden Lion」で軽快なジャズの旋律が鳴り響いているかと思えば、「The Yacht Club」では深夜までDJが選曲するアップテンポな曲に合わせ、人々が軽快に踊っている。そんな中、特に人気なのは、「Royal Court Theatre」での催し物と、「Queens Room」で行われるボールルーム・ダンスだ。一夜に2回、音楽やダンス、演劇などの演目が催される劇場は、ウェスト・エンドにも引けを取らない本格派。今回の旅ではビートルズの人気曲をバンドが演奏するライブや、オケの生演奏付きのダンス・ショーなどが行われたが、ボックス席以外は無料ということもあってか、毎回立見客も出る盛況ぶりだった。そして豪華客船ならではのメイン・イベントとも言えるのが、ボールルーム・ダンス。バンドの生演奏を背景に、ライトアップされたフロア上に、腕を組んだカップルたちが滑り出す。プロ顔負けにフロア中を軽やかに回るカップルがいるかと思えば、まだ覚えたてのステップを試すように踊るカップルもいる。フロア近くのテーブルでは、曲が始まるや、一人で座っている女性たちに白いスーツを着込んだ男性たちが優雅に手を差し出してダンスを申し込む。彼らはダンス専門クルーで、一人で参加していたり(船ではソロ・ゲストと呼ばれる)、女性同士で乗船した人たちのパートナーになるというわけだ。互いに体を寄せ合い、仲睦まじげにステップを踏む老夫婦、エネルギーいっぱいの母親をスマートにエスコートする息子、時折耳元で何かを囁きながら笑い合うクルーとソロ・ゲスト――彼らが踊る様を1デッキ上のソファから眺めていれば、あっという間に時間が流れてしまう。ずっと船上にいるなんて、退屈ではないだろうか、そんな風に思っていた一日は、瞬く間に過ぎ去っていく。

「フォーマル」な世界を楽しむ

今回の旅では中日に唯一の停泊地ハンブルクに到着し、朝から夕方までの間、ゲストたちは観光ツアーに参加したり、各自で街の散策を楽しんだが、このクルーズ最大の盛り上がりは、その前夜にこそあった。気軽にクルーズを楽しめる客船も増えてきた昨今だが、あくまで歴史と伝統にこだわるクイーン・エリザベス号の船旅で、これぞ真骨頂ともいえるのが「フォーマル・ナイト」。上流階級の紳士淑女が夜な夜なパーティーを繰り広げていた19~20世紀当時の船上の様子を今に再現する。船旅初心者としては、フルレングスのドレスでなければならないのか、手袋は必須なのか、などと事前に心配してしまったが、夕方になって部屋の中で、用意したドレス(ふくらはぎ丈のブラック・ドレス、手袋なし)に腕を通し、化粧直しをしているうちに、不思議と心が躍り始める。一歩部屋の外に出れば、タキシードに蝶ネクタイの男性がロング・ドレス姿の女性を優雅にエスコート。少し意識的に背筋をピンとさせながらダイニングまで行くと、燕尾服を着たマネージャーが挨拶してくれる。いつも決まったテーブルで食事を取るため既に見慣れているはずのほかのゲストたちも、服装だけでなく立ち居振る舞いまでがどこか違う。優雅な気分で食事を終え、船内をそぞろ歩けば、皆、思い思いに「フォーマル」な装いを楽しんでいる。ネクタイ姿の男性もいれば、ひざ下丈のワンピースを着た女性ももちろんいるが、共通しているのは「TPOをわきまえ、かつ楽しむ」ということ。フォーマル・ナイトは堅苦しさではなく、ほんの少しの心地良い緊張と、高揚感を与えてくれる特別な夜なのだ。

フォーマル・ナイトはクルーも正装で
フォーマル・ナイトはクルーも正装で

豪華客船で往く旅の愉しみ

「水上の街」を支える人々

今回乗船したクイーン・エリザベス号の客室数は約1000室。約2000人のゲストに対し、クルーは何と1000人ほどいるという。客室付きのバトラーやアシスタント・バトラー。朝と夕方の2回行われる部屋の清掃を担当するルーム・スチュワード(スチュワーデス)、シェフやユーティリティー・スタッフ、ランドリー担当などなど、この豪奢な世界は様々な人たちの手によって支えられている。ゲストの視界に入る世界は常にさりげなく、かつ厳密に整えられており、その手際の良さとクオリティーの高さは驚くべきものだ。

「船上のシェフ」クラウスさん
「船上のシェフ」クラウスさん

船内のすべてのギャレー(厨房)を取り仕切るエグゼクティブ・シェフ、クラウスさんは、この道26年の大ベテラン。「この仕事に興味を持ったきっかけは、生まれ故郷のドイツで観た、豪華客船のテレビ番組。もちろん、働く立場になってみればテレビとは違う面も見えてきますが(笑)、26年間も続けているのですから、やりがいがある素晴らしい仕事であることはお分かりいただけるでしょう」。船上では一週間に7日、休みなしで一日11時間働くという。それでも休暇中には勉強のために別の船会社のクルーズに参加するというから、根っからの「船上のシェフ」だ。いくつものダイニングやパブ、クルー用食堂の屋台骨となる複数のギャレーのトップに君臨するクラウスさんは、クルーズの始まる約3週間前(長期の場合は約3カ月前)から各地にいる食材担当マネージャーと連絡を取り合い、肉や魚介、野菜などをどの程度準備するのかを決定。主要な停泊地で積み込まれた食材は、17もの巨大な冷蔵庫や冷凍庫、乾物庫に、食材ごとに分けて保存される。「船のメリットは、何人のお客様が食事をされるか、前もってある程度把握できることですね」と軽く言うが、一定期間に一定量の食材を使い、最高級の料理に仕上げるバランス感覚は、並大抵のものではないだろう。

旅が大好きと語るオルガさん
旅が大好きと語るオルガさん

船内全体の清掃担当マネージャー、オルガさんもドイツ出身。「ドイツ人は船が大好き。クイーン・エリザベス号がハンブルクに到着するときには、船の雄大な姿を一目見ようと早朝でも市民がやって来るんですよ!」と笑う。ホテル・ビジネスを学んだ後にキュナード社へ。ルーム・スチュワーデスやバトラーを経て、現在の地位に上り詰めた。以前、米国人家族のオーペアをしながら一年間、その家族とともに旅行した際に、旅の魅力にとりつかれたというオルガさんにとって、船での仕事はまさに天職だ。8年間、船上で働いて変化したと感じる点があるか尋ねたところ、「ゲストの方々はより国際的になってきたと思います」と言う一方で、「私たちが提供する伝統的なサービスの質は変わりません」と誇らしげに言い切った。

スポーツ万能アダムさん
スポーツ万能アダムさん

子供連れの家族にとって強い味方となるのがキッズ・ルームのクルーたち。お子さん連れの両親が自由に旅を満喫できるよう、年代別のエリアを設置。お絵描きや人形遊びなどを楽しめる年少者向けのエリアに対し、10代の子供たち対象のエリアはダーツやコンピューター・ゲームなどが用意された大人顔負けの仕様になっている。ユース・ダイレクターのアダムさんは、大学でスポーツ・サイエンスを修め、ジムでサッカーなどを教えていた経験を持つ。そのほかのクルーも皆、チャイルドケアの国家資格保持者など、この道のエキスパートばかり。年末年始の休暇明けということもあって今回は比較的、子供の数が少なめだそうだが、夏ともなれば100人以上もの子供たちが船に乗り込むことがあるというから大忙しだ。子連れの家族でも大人と子供のそれぞれが旅を楽しめるのも、この船の魅力の一つだといえよう。

船の達人は人生の達人

多芸多才なジャニスさん
多芸多才なジャニスさん

午前中はカジュアルにくつろぎ、夜ともなれば煌びやかな空間にしっくりなじむ――クイーン・エリザベス号のゲストたちは、とにかく「楽しむ」ことの達人だ。比較的高齢のご夫婦が多いが、若いカップルや子供連れの家族など、様々な年齢層や形態のゲストたちの姿も見える。驚いたのは、一人で参加しているゲストが多いことだ。「この仕事をしていて最も楽しいのは、ソロ・ゲストとの出会い。クルーズではソロ・ゲストの方々が集うイベントも開催していて、大勢の方たち、特に女性がお一人で気軽に参加されています」と話してくれたのは、ソーシャル・ホステスのジャニスさん。ある日の夜は正装し、ボールルームで司会を務めたかと思えば、別の日には燦々と日が差し込むラウンジで刺繍のクラスを担当する影のエンターテイナーだ。 

毎日ダイニングで顔を合わせていた2人の女性ゲスト、ジルさんとリンダさんはともに英国出身。3年前にクルーズ旅行で知り合ったという2人は、部屋は個別に取り、余暇の時間を一緒に楽しんでいる。既に世界中の国々をクルーズで回っているという船旅上級者の2人。以前はそれぞれ夫とともに旅行していたが、病気で先立たれ、その後は単身、クルーズ旅行を続けている。もともとご主人それぞれが病や障害を負っていたため、サポート体制が整っていて、重い荷物を持ち運びする必要のないクルーズ旅行を重宝していたが、現在では「とにかく安全なのが女性の一人旅にはありがたい」とその良さを語る。「そうじゃないこと、リン?」としきりに同意を促すジルさんにテンポ良く相槌を打ちながら、「まだ夫がいると思っているから、ソロ・ゲスト用のイベントには参加しないの」と隣でお茶目に笑うリンダさん。船上で生まれた人間関係が、こうして後々まで続く友情に発展することもある。

船で友情を培ったジルさんとリンダさん、ダンスが趣味のクインさんご夫妻
船で友情を培ったジルさんとリンダさん(左)、
ダンスが趣味のクインさんご夫妻(右)

「私たちにとってクルーズの旅は、クレージーでファンタジーにあふれる夢の世界なの」。船旅の魅力をこう評してくれたのは、ロンドン在住のクインさんご夫妻。「すべてがオーガナイズされていて時間通り、何の責任もなくただ楽しめる」クルーズの旅を、15年にわたり毎年楽しんでいる。「もはや家に戻ってきたような気持ち」で船に乗り込むが、例えば地中海クルーズだと、船に滞在するのは夜間だけで、日中は違う都市に停泊するから、毎日新鮮な気持ちで旅を続けられる。クルーズをきっかけに始めたというボールルーム・ダンスの腕前はかなりのもの。そっと体を寄せ合って踊る2人の姿を見ていたら、何だかこちらまで幸福な気持ちになってきてしまった。

船旅も終わりに近付いて

日々、新たなる扉を開けるように刺激を受け続けた旅も折り返し地点を過ぎると、船上で起こる出来事に対し抱く感情に微妙な変化が生じてくる。ダイニングではテーブル専属のクルーが各人の好みを把握し、「あなたはミルクティー、あなたはコーヒーですよね」とこちらが注文する前から話し掛けてくる。前夜ボールルームで知り合ったご夫婦とともに食事をしたいとテーブルを移動し、4人でワインを飲み交わすゲストの姿もある。何度か顔を合わせていた人に思い切って声を掛けてみれば、実は共通の知人がいることが分かったり、自分の部屋を担当しているクルーから自宅の母親のもとに残してきた息子さんの話を聞いたり。巨大な船全体に、ほのかな連帯感のような空気が漂うようになってくる。「旅先で出会う人たちと話をするのが好き」という人は多いが、船旅ではそれよりもう少し深く、人との関わりを味わうことができるのだ。

朝焼け人生の記念にと生まれて初めて船旅に参加した人、一年の半分以上を船上で過ごす人。数千人もの人々をのせた船は、最終日前夜、真っ暗な海をしぶきを上げつつひたすら進んでいる。船尾にある部屋のベランダからは、くっきりと北斗七星が見える。明朝にはサウサンプトンの港に到着すると思ったとき、心に浮かんだのは何より、船を楽しみ、人生を謳歌している人たちとの別れを惜しむ気持ちだった。船旅の魅力の、ほんの一端を味わうことのできた5日間。船の達人、人生の達人までの道のりは、まだ始まったばかりだ。

 
 

ソチ冬季五輪の観戦ガイド

ソチ冬季五輪の観戦ガイド

ソチ地図ソチ五輪における
英日の注目選手たち

いまだ記憶に新しいロンドン五輪の開催から早1年半。2月6日より、ロシアのソチにおいて第22回冬季五輪が開幕する。17日間の日程で実施されるのは、7競技98種目。冬季五輪においては今まであまり存在感のなかった英国代表だが、五輪関係者たちが「史上最強の布陣が整った」と豪語する今大会には、例年以上の注目が集まりそうだ。ソチ冬季五輪の主な日程とともに、テレビや新聞でその活躍が大々的に取り上げられることが予想される英日の代表選手を紹介する。


ボブスレー ジョン・ジャクソン ボブスレー

海軍の特殊部隊出身
ジョン・ジャクソン John Jackson

英国男子代表のドライバーを務める。英国海軍の特殊部隊の伍長としての勤務経験あり。その海軍においてかつてボブスレー選手であった同僚からの勧めを受けて、28歳にして初めてボブスレーを始めたという。2013年の世界選手権では惜しくもメダルを逃し、その後負った深刻な怪我からの復帰を経て、今大会に臨む。

カーリング イブ・ミュアヘッド カーリング

美貌と才能を兼ね備えた
イブ・ミュアヘッド Eve Muirhead

19歳で初出場ながら主将を務めた2010年のバンクーバー五輪では、日本代表との対戦で激戦を展開。その激闘ぶりとモデルさながらの美貌が相まって人気を呼び、日本でも注目を集めた。13年にはカーリングにおける主要大会を総なめにするグランド・スラムを達成。英国代表の金メダル最有力候補となっている。

▶ イブ・ミュアヘッド選手にダイジェストがインタビュー

ショート・トラック エリーゼ・クリスティー ショート・トラック

常に先頭の攻撃的なスタイル
エリーゼ・クリスティー
Elise Christie

昨季のショート・トラックの1000 メートルにおける世界ランキング1位。密集状態の中で互いの動向を窺いながらのレース展開になりがちなショート・トラック競技にあって、スタート直後から先頭を走る攻撃的なスタイルを取る。フィギュア・スケートのトレーニングの一環としてスピード・スケートを始めたという個性派選手。

スケルトン シェリー・ルドマン スケルトン

英国代表随一の実力者
シェリー・ルドマン Shelley Rudman

2006年のトリノ五輪における英国代表として唯一のメダル獲得者。また同五輪では競技用具を購入する資金を集めるために、彼女の地元でチャリティー目的のカヌー・レースが開催されたことでも話題になった。2013年の世界選手権で英国人女性として初の金メダリストに。婚約者の男性もスケルトン選手。

スノーボード ビリー・モーガン スノーボード

奇跡の「トリプル・ロデオ」
ビリー・モーガン Billy Morgan

22歳のときに世界で初めてトリプル・ロデオ(後方への3回転の宙返り)と呼ばれる難技を成功させ、その模様を映した映像がインターネット上などで大評判となった。今大会より五輪種目となったスノーボードのスロープスタイルで五輪初出場となる。スロープスタイルの世界ランキング第2位で昨季を終えた実力の持ち主。

 

フィギュア・スケート 浅田 真央 フィギュア・スケート

3回転半に期待がかかる
浅田 真央(あさだ まお)

人気、実績ともに今大会の日本代表選手の中で注目度ナンバー・ワンの選手。代名詞は3回転半ジャンプ。前大会のバンクーバー五輪では、ショート・プログラムとフリーを合わせて3度成功させる女子シングル史上初の偉業を成し遂げ、銀メダルを獲得。今大会でも3回転半ジャンプの成否に注目が集まる。

フィギュア・スケート 羽生 結弦 フィギュア・スケート

世界ランキング第1位
羽生 結弦(はにゅう ゆづる)

昨年のGPファイナルではショート・プログラムの歴代世界最高得点を更新し、現在、国際スケート連盟の世界ランキングにおいて1位に立つ有望株。バンクーバー五輪の銅メダリストで右足の負傷から復帰段階にある高橋大輔、「氷上のアーティスト」と呼ばれるほどの表現力を持つ町田樹とともに期待がかかる。

スキー・ジャンプ

日本ジャンプ界の新星
高梨 沙羅(たかなし さら)

父も兄もスキーのジャンプ選手という一家で生まれ育った17歳。昨シーズンに日本人選手初のワールド・カップ個人総合優勝を成し遂げた。また16歳4カ月での偉業達成は、ワールド・カップ(W杯)史上最年少記録に。今季はW 杯最多勝記録を更新しており、ソチ五輪で活躍すれば、日本の新たなスターとなること間違いなし。

フリースタイル・スキー

悲願のメダル獲得なるか
上村 愛子(うえむら あいこ)

冬季五輪で4大会連続入賞を果たしている、日本を代表するモーグル選手。1998年の五輪初出場となった長野五輪の7位から大会ごとに1位ずつ順位を上げ、前回のバンクーバー五輪では4位。モーグルにおける採点対象の一つとなるエア演技においては、女子選手としては規格外とされる大技を披露する実力を持っている。

スピード・スケート

日本の「お家芸」の後継者
長島 圭一郎(ながしま けいいちろう)

日本の「お家芸」と言われる男子500メートルに出場する。バンクーバー五輪の男子500メートルでは銀メダルを獲得。他国のコーチまでも見惚れてしまうというほどの美しいフォームでの滑走を武器とする。同じ企業に所属し、同大会同種目で銅メダルだった加藤条治とともに、今大会における金メダルの有力候補。

 

ソチ五輪の日程(クリックすると拡大します)ソチ五輪の日程

ソチ五輪のみどころ

● 英国のメダル獲得数は過去最高に?
前大会のバンクーバー五輪における英国のメダル獲得数は、スケルトン女子でエイミー・ウィリアム選手(後に引退)が獲得した金メダル一つに終わった。2006年のトリノ五輪でも同種目でシェリー・ルドマン選手が銀メダルを一つ獲得したのみで、過去最高のメダル獲得数は1924年のシャモニー五輪での4つ。一方で、今大会の英国は、メダル候補がそろった豊作年だと言われている。BBCなどによると、国内のスポーツ調査機関が予想する英国のメダル獲得数は過去最高となる6つだ。

バンクーバー五輪での総メダル獲得数国別ランキング
バンクーバー五輪での総メダル獲得数国別ランキング

● 同性愛宣伝規制やテロへの懸念でも話題に
ロシアが昨年に未成年者への同性愛宣伝を禁止する法律を制定したことから、英国を始めとする欧州各国の文化人などが反発。一時はボイコットを呼び掛ける声も広がった。プーチン露大統領がその後、五輪期間中は観戦者や競技者を同法律の対象外とすることを明言したことで事態はいったん沈静化したが、大会開催期間中に抗議活動などが展開される可能性は大。また2013年末に同国南部で自爆テロが相次いだことで、治安を懸念する声も上がっている。

● BBCでは毎日放送
BBC2ではソチ五輪の模様を毎日午前7時から午後7時まで生中継。また同じくBBC2で午後7時から8時までハイライト中継を行う。さらにBBC Radio 5では、メダル獲得の期待がかかる英国人選手が出場する競技すべてを随時放送する予定。

ソチ五輪

 

ソチ冬季五輪代表 カーリング イブ・ミュアヘッド選手

ソチオリンピック、代表候補選手にインタビュー:グランドスラムを達成した実力を持ってすれば、五輪で勝利できる

デッキ・ブラシのような形をした道具で氷面をこすり上げる動作が特徴的なカーリングは、冬季五輪における人気種目の一つ。

この種目において今最も注目を集めている存在が、2010年のバンクーバー冬季五輪で日本の女子代表と熱戦を繰り広げた英国のイブ・ミュアヘッド選手だ。前大会は弱冠19歳で英国代表のスキップ(主将)として参戦。

13年には世界選手権を含む主要大会を軒並み制するなどしており、ソチ冬季五輪での金メダル獲得が有望視されている。

カーリング女子・英国代表主将 イブ・ミュアヘッド Eve Muirhead

イブ・ミュアヘッド

1990年4月22日生まれ、スコットランド中部パース出身。父親はアルベールビル冬季五輪に出場、兄弟は世界ジュニアカーリング選手権で優勝を果たすなどといったカーリング一家で育つ。9歳でカーリングを始め、ジュニア時代から国際舞台で活躍、2010年に開催されたバンクーバー冬季五輪では19歳で初出場ながらスキップ(主将)を務めた。13年にはカーリングにおける主要大会となる、国内選手権、世界選手権、プレーヤーズ・チャンピオンズシップの3つすべてを制覇し、グランド・スラムを達成。ソチ冬季五輪への出場が決定した最初の英国代表選手となった。ゴルフはハンディキャップが2の腕前。またバグパイプの世界選手権出場歴もある。

「大変なこともありましたが、『能力が十分なら、
年齢も十分』と自分に言い聞かせていました」

ご家族は、父親、母親、そして2人のご兄弟までもがカーリング選手であるというカーリング一家だと伺いました。ご家族で食卓を囲んでいるときなどにも、カーリング談義に花を咲かせているのでしょうか。

家族としてのくつろぎの時間を過ごしている間には、できるだけカーリングについての話題は避けるようにしています。というのも、いったんカーリングについて話し始めたら、必ず白熱した議論へと発展してしまうことを知っているからです。家族のメンバーがそれぞれ個別の意見を持っていて、しかも各々の意見が全く異なるので本当に困ってしまいます。

ここまでお話すれば、もうお分かりでしょう。実際のところは、食卓を囲んでいる間もカーリングについて話してしまうことが多いですね。

2010年に開催されたバンクーバー冬季五輪では、まだ10代であったにも関わらず、英国代表のスキップ(カーリング競技における主将)として大会に出場されました。年上のチームメートたちを率いるのは難しくなかったですか。

確かに大変なこともありましたが、「能力が十分であれば、年齢も十分」と自分に言い聞かせながら大会には臨みました。つまり必要な能力さえ備えていれば年齢など関係ない、ということです。チームメートたちとの年齢の違いについては気にせず、英国代表チームの一員として何ができるかという点に集中するようにしていました。

バンクーバー冬季五輪でのミュアヘッド選手
2010年に開催されたバンクーバー冬季五輪での
対日本代表戦で投球を行うミュアヘッド選手

バンクーバー冬季五輪において、カーリングの英国女子代表は期待されていたメダルを逃しました。敗因は何だったのでしょう。

単に私たちが本来ならすべきことをできなかった、というだけです。英国女子代表チームの全員が同時に不調の状態に陥ってしまっていました。

バンクーバー冬季五輪から4年が経過しました。あれから英国代表はどのような成長を遂げたと思いますか。

あのときと比べてずっと強いチームになったと思います。氷上での練習に加えて、ジムにおいてもかなりの量の筋力トレーニング、コンディショニング・トレーニング、有酸素トレーニングをこなしています。現在は、スコットランドにおけるスポーツや競技者の支援を行う機関である「スポーツ・スコットランド・インスティチュート・オブ・スポーツ」から多大な支援を受けながら、献身的な取り組みを行っているところです。

ソチ冬季五輪で金メダルを獲得する自信はありますか。

現世界王者としての実績を鑑みれば、私たちのチームには、五輪のような大きな大会を制する実力が備わっていると思います。我々のチームは、カーリングにおける主要大会をすべて制するグランド・スラムを達成しました。大会ごとに優勝国が異なるというのであれば話はまた変わりますが、グランド・スラムという形で主要な大会すべてを制したことで、私たちが真に世界最高のチームであることを証明することができたのではないかと自負しています。また私たちはグランド・スラムを達成した初めての欧州出身チームであり、さらには1年の間にグランド・スラムを達成したのは史上初と、この初物づくしの記録は私たちのカーリング選手としてのキャリアにおいて非常に大きな意味合いを持っていると思います。

冬季五輪に臨むに当たって何が一番の課題となると思いますか。

確かに五輪の舞台では厳しい戦いを経験することになるでしょう。でも、だからといって五輪を特別視することなく、ほかの競技大会と同じように取り組むことができれば、良い結果につながるのではないかと考えています。

ラトビアの首都リガで行われたカーリング女子世界選手権の決勝
ラトビアの首都リガで行われたカーリングの女子世界選手権の決勝で
スウェーデンを下し、ガッツポーズ

「ロンドン五輪を観戦して、
私たちも表彰台の上に立ちたいという気持ちを強くしました」

ソチ冬季五輪ではどの国が最大のライバルになると思いますか。

五輪ではすべての試合において手強い対戦相手と戦うことになると思いますが、最大の強敵はカナダとスウェーデンになるでしょう。

バンクーバー冬季五輪のカーリング女子における日本代表対英国代表の激戦と、あの試合でミュアヘッド選手が最後に見せたスーパーショットを覚えている日本人は多いと思います。

あの試合で英国代表は日本代表に負けてしまったので……。ただあのショットは今でもよく覚えていますし、これからもきっと忘れることのないプレーになるだろうと思います。

バンクーバー冬季五輪以降、日本代表選手との交流などはあるのでしょうか。

日本の女子代表とは今でも遠征先でよくお会いします。特にカナダ遠征でお見掛けすることが多い気がしますね。

カーリング選手として活躍しているだけではなく、ゴルフはシングル・プレーヤーの腕前、バグパイプでは世界選手権に出場するほどの実力を持っていると伺いました。それぞれ何か共通点はあるのでしょうか。

共通点は、すべて私の故郷であるスコットランドの伝統を受け継いでいるということですよ!

12年に開催されたロンドン五輪では、開催期間中に観戦に出掛けたそうですね。

ロンドン五輪は私にとって最高の思い出となりました。そしてロンドン五輪のメダリストたちのように、私もあの表彰台の上に立ちたいという思いを強くするきっかけになったという点でも、私にとって大きな意味を持つ出来事です。ロンドン五輪を観戦して以来、ソチ冬季五輪に向けての練習もよりハードに行うようになりました。

グラスゴーで行われたフェスティバルで、バグパイプを手にポーズをつくるミュアヘッド選手(右端)
スコットランド西部グラスゴーで行われたフェスティバルで、
バグパイプを手にポーズをつくる(右端)

「注目されることを楽しみ、
また注目を自身の力にすることができるようになりました」

ロンドン五輪において、特に印象に残った場面などありましたか。

陸上の7種競技で金メダルを獲得した英国のジェシカ・エニス選手が競技を行う瞬間を、五輪スタジアムで観戦できたことは大変幸運だったと思います。私にとって、彼女は言わば生きた教科書です。精神的重圧に耐えるだけでなく、その重圧を精神力と自信に変えてみせる姿を見て、私もあのように振る舞いたいと感じました。実際、今では注目されることを楽しみ、またそうした注目を前向きに捉えて、自身の力にしています。  

初の五輪出場となったバンクーバー冬季五輪においては、その辺りがうまくいかなかったというのが反省点です。周囲からの期待にきちんと向き合うことができなかったというか。ただ長期的な視点で見れば、そうした失敗を経験したことが、私の人生にはプラスに働くことになるかもしれないと思っています。  

実際に経験してみなければ分からないことってあると思うのです。そうした失敗は時間をかけて咀嚼(そしゃく)し、必要なときにはきっぱりと気持ちを切り替えることが大切だと考えています。

最後に、ソチ冬季五輪への意気込みを教えてください。

バンクーバー冬季五輪のときには、私はまだ新米でした。今回は真の意味でチームを率いる立場にあります。だからこそ、今回のソチ冬季五輪は私にとってさらに特別な意味合いを持った大会となりそうです。

カーリング Curling

高度な戦略を必要とするため、「氷上のチェス」との別名を持つウインター・スポーツ。4人で構成されたチームが交互に8回ずつ石を氷上に滑らせるように投げ、最終的に氷上に描かれた円の中心に石を最も近付けたチームがその数に応じて点を得る。1人が指示を出し、1人が投げ、残る2人がデッキ・ブラシ状の道具で氷面をこすって石の方向や速度を調節。10セットを行い、総得点が多い方が勝者となる。

15世紀にスコットランドで発祥したとされており、現在でも国際大会で使用される石には同アルサクレイグ島特産の花こう岩が使用されている。また各選手にはワイヤレス・マイクが装着されるため、観戦者は試合中の選手の会話を聞き取ることができる。

カーリング女子・英国代表主将 イブ・ミュアヘッド

 

ロンドン&イギリス各地のデザイナーズ・ホテル

英国各地のデザイナーズ ホテル

デザイナーズ・ホテル外装やインテリアそのものが鑑賞に値する展示物のようなつくりとなっている、デザイナーズ・ホテル。多種のサービスが行き届いた大手ホテル・チェーンや、場合によっては宿の主人との個人的な交遊さえ深めることのできるB&B での宿泊も良いけれど、たまには趣向を変えて、デザイナーズ・ホテルに泊まってみるのもいい。
ホテルに戻ってからも観光気分が味わえる素敵なデザインのホテルに宿泊すれば、旅行の楽しみは倍増。そこで今回は、冬でも旅行を楽しむことができるような、英国各地の個性豊かなデザイナーズ・ホテルを紹介する。
*宿泊料金は、時期や予約方法などによって大きく変わる場合があります。


ロンドン市民でも楽しめる!
ロンドンのデザイナーズ・ホテル

デザイナーズ・ホテル数えきれないほどのホテルが存在するロンドン市内にはデザイナーズ・ホテルもたくさんあるが、やはり相当に割高であるというのが現実。そこでここでは100ポンド前後で利用できる場所に加えて、ロンドン在住者が宿泊せずとも気軽に利用できるサービスを提供するデザイナーズ・ホテルを紹介する。

Boundaryコンラン卿がプロデュースするホテル
バウンダリー Boundary

日本でも人気のインテリア・デザイナー、テレンス・コンラン卿が共同経営するホテル。ヴィクトリア朝時代の倉庫を改装した建物の中には、「バウハウス」「ル・コルビュジエ」などの名前が付けられた部屋があり、それぞれの家具で部屋を統一。自家製パンとケーキがおいしい地階のカフェ「アルビオン」は地元民の間でも人気のスポットとなっている。

Boundary

Boundary
2-4 Boundary Street, Shoreditch, London E2 7DD
最寄駅: Liverpool Street
Tel: 020 7729 1051 
£230~
www.theboundary.co.uk

Megaro Hotel中も外も鮮やかに彩られた
メガロ・ホテル
Megaro Hotel

まるで落書きしたかのようなパステル・カラーのグラフィティー・アートが外壁に描かれているので、目印としてはこれほど分かりやすい場所はない。さらにユーロスターの発着駅となるキングス・クロス・セント・パンクラス駅のすぐ近くに位置しており、日本からロンドンを訪れ、その後パリへ移動を予定している友人にも紹介しやすいはず。

Megaro Hotel

Megaro Hotel
Belgrove Street, London WC1H 8AB
最寄駅: King's Cross St. Pancras
Tel: 020 7843 2222
£105~
hotelmegaro.co.uk

Russell's of Claptonわずか6室のスペースに広がる混沌とした世界
ラッセルズ・オブ・クラプトン Russell's of Clapton

2012年のロンドン五輪で再開発が急速に進んだハックニー地域のB&B。部屋数はわずか6室という小規模のスペースに、ヴィクトリア朝のアンティークから機能美を備えた英国人デザイナーの家具までが混在している。またこのB&Bが売りにしているのが朝食。ベーコン、ソーセージ、ジャム、コーヒーはロンドン市内または近郊でつくられた地産のものを使用している。

Russell's of Clapton

Russell's of Clapton
123 Chatsworth Road, Clapton, London E5 0LA
最寄駅: Hackney Central/Homerton
Tel: 0797 666 9906
£85~
http://russellsofclapton.com

St Martins Lane Hotel存在そのものが現代アートのよう
セント・マーティンズ・レーン・ホテル St Martins Lane Hotel

正体不明の野菜のような形をしたオブジェや歯の形をした椅子など、まるで現代美術館にいるかのような感覚にとらわれてしまう奇抜な内装は、写真家のジャン・バプティスト・モンディーノやインテリア・デザイナーのフィリップ・スタルクなど名だたる現代アーティストたちが手掛けたもの。バーは平日午前3時までオープン。

St Martins Lane Hotel

St Martins Lane Hotel
45 St. Martin's Lane, London WC2N 4HX
最寄駅: Charing Cross
Tel: 020 7300 5500
£289~
www.morganshotelgroup.com/originals/originals-st-martins-lane-london


100ポンド前後で泊まれる!
人気観光地のデザイナーズ・ホテル

デザイナーズ・ホテル

たとえ地方でもまともに「デザイナーズ・ホテル」を探そうとすると、一生に一度行くことができれば御の字とでもいうような超高級ホテルのスウィート・ルームばかりが候補となってしまう。気軽に旅行に出掛けるためには、一泊100ポンド前後で宿泊することのできるデザイナーズ・ホテルを知っておくと便利だ。

カーディフ

The Big Sleep Hotel米俳優ジョン・マルコビッチがオーナー
ビッグ・スリープ The Big Sleep Hotel

英国における格安デザイナーズ・ホテルの草分け的な存在とされ、1999年の開業時には大きな話題を集めた。オーナー陣には米俳優ジョン・マルコビッチも名を連ねるという変わり種で、「デザイン性に優れた低価格ホテル」というのがコンセプト。ウェールズの首都カーディフ市街の中心地ほか、イングランド南西部チェルトナムと同南部イーストボーンにもある。

The Big Sleep Hotel

The Big Sleep Hotel
Bute Terrace, Cardiff CF10 2FE
最寄駅: Cardiff Central
Tel: 029 20 636363
£29~
www.thebigsleephotel.com

リバプール

Hope Street Hotel現代アートの街を象徴する存在
ホープ・ストリート・ホテル Hope Street Hotel

再開発工事によってリバプール市内で最も美しく整備された通りとなったホープ・ストリートに立つ。美術展覧会「ビエンナーレ」を開催するなど、現代アートの街として生まれ変わりつつあるリバプールを象徴するような存在として認知されていて、床暖房を利かせたフローリングや、デンマーク人デザイナーのヤコブ・イェンセンがデザインした家具などを備えている。

Hope Street Hotel

Hope Street Hotel
40 Hope Street, Liverpool L1 9DA
最寄駅: Liverpool Central
Tel: 0151 709 3000
£81~
www.hopestreethotel.co.uk

マンチェスター

Velvet Hotel妖艶なベルベットが至るところに
ベルベット・ホテル Velvet Hotel

バーやレストラン客でいつもにぎわう、イングランド北西部マンチェスターのいわゆるゲイ・エリアに立つホテル。ホテル名が示唆するように、室内の至るところにベルベットが効果的に使われている。むき出しになったレンガやオリエンタルな趣向のベッドなどと合わせて、豪華絢爛さと退廃的な雰囲気の両方を醸し出す、妖艶な内装が特徴的なデザイナーズ・ホテル。

Velvet Hotel

Velvet Hotel
2 Canal Street, Manchester M1 3HE
最寄駅: Manchester Piccadilly
Tel: 0161 236 9003
£88~
www.velvetmanchester.com

バース

Brindleysデザイン性にこだわったB&B
ブラインドレイズBrindleys

家族経営のB & Bでありながら、デザイン性にはかなりのこだわりを見せている宿泊施設。バースの中心駅から徒歩でわずか数分の立地にあり、部屋数はわずか6室。ヴィクトリア様式の建物の中にフランス風の家具をそろえた優雅で上品な空間が好評で、「タイムズ」紙や「トリップ・アドバイザー」など各メディアが優秀なホテルに対して与える賞の数々を受賞している。

Brindleys

Brindleys
14 Pulteney Gardens, Bath BA2 4HG
最寄駅: Bath Spa
Tel: 01225 310444
£110~
www.brindleysbath.co.uk

ソールズベリー

Quidhampton Mill B&Bメルヘンチックな内装の離れ屋
クイダンプトン・ミル B&B
Quidhampton Mill B&B

古代遺跡ストーンヘンジや大聖堂で有名なイングランド南部の街ソールズベリーに程近いB&B。部屋数は3つで、本館からは少し離れた別の建物に位置している。経営者の誇りは、「B&BらしくないB&B」であること。ソファやドアのノブに掛ける「就寝中」のカードを始めとする小物が、メルヘンチックな雰囲気を漂わせている。

Quidhampton Mill B &B

Quidhampton Mill B&B
Quidhampton Mill, Netherhampton Road,
Quidhampton, Salisbury SP2 9BB
最寄駅: Salisbury
Tel: 01722 741171
£85~
www.quidhamptonmill.co.uk

エディンバラ

The Bonhum新旧市街の両要素を表現
ボナム The Bonhum

デザイナーズ・ホテルが多いエディンバラ地区の代表的なホテル。重厚なカーペットや木材の家具と溶け込む艶やかな色使いのインテリアや現代アートが特徴的。古い歴史を今に残す旧市街と、おしゃれな店が並ぶ新市街の両面の魅力を合わせたような、エディンバラという街の魅力を体現した構造となっている。

The Bonhum

The Bonhum
35 Drumsheugh Gardens, Edinburgh, Scotland EH3 7RN
最寄駅: Waverley
Tel: 0141 248 8888
£140~
www.townhousecompany.com/thebonham

 

ロンドンのクリスマス・マーケット

ロンドンのクリスマス・マーケット

11月半ばから、英国ではいよいよクリスマスに向けての準備が始まる。そこで活況を呈してくるのが、英各地で開かれるクリスマス・マーケットだ。ところが多くの人にとってこの季節は寒く、暗く、そして忘年会への出席や学期末のレポート提出などに追われる繁忙期でもあるため、なかなか遠出する気になれないというのが現実。そこでロンドン市民が気軽にぶらりと立ち寄ることができる、ロンドンで開かれるクリスマス・マーケットを紹介する。

*クリスマス期間中はマーケットが休みまたは時間が変更となる可能性があります。
お出掛けの前にはご確認ください。

ハイド・パーク 遊園地並みの規模を誇る巨大施設
Hyde Park Winter Wonderland

Hyde Park Winter Wonderlandロンドン中心部のハイド・パークで開かれる「ウィンター・ワンダーランド」は、クリスマス・グッズを販売するストール以外にも様々な仕掛けや催し物がいっぱい。観覧車、アイススケート場、絶叫マシーン、マジック・ショー、DJ ブースなど、遊園地並みの大掛かりで充実したアトラクションが用意されている。また昨年好評だった氷の彫刻の展示スペースを今年は2倍に拡大。敷地内には飲食スペースもそろっているので、家族や友達と出掛ければ優に半日以上を過ごすことができる巨大なエンターテインメント施設となっている。

11月22日(金)~2014年1月5日(日)
10:00-22:00(22日は17:00から)
入場無料
Hyde Park, London W2 2UH
最寄駅: Hyde Park Corner
www.hydeparkwinterwonderland.com

タバコ・ドック セレブ風に食べ放題のマーケット
Taste of Christmas

Taste of Christmas19世紀にタバコの倉庫として建設された建物をイベント・スペースとして再開発したロンドン東部の「タバコ・ドック」では、食べ物に特化したクリスマス・マーケットが実施される。入場券が若干割高にも思えるが、いったん入場してしまえば敷地内にあるほぼすべての食べ物の試食が無料。しかもそれらの試食品は、ミシュランの2ツ星を獲得したセレブ・シェフのミシェル・ルー・ジュニアや高級インド・レストランの「シナモン・クラブ」などがプロデュースしているものなので、実はかなりお得な料金設定となっている。

11月21日(木)~24日(日)
時間の詳細は下記ウェブサイトを参照
£23.65~(子供£12.90~)
Tobacco Dock
50 Porters Walk, Wapping
London E1W 2SF
最寄駅: Wapping
www.tasteofchristmas.com

モア・ロンドン 地元の業者たちが特産物を用意
More London Christmas Market

More London Christmas Marketテムズ河に架かる跳開橋タワー・ブリッジ付近一帯を「モア・ロンドン」と呼ぶ。ロンドン市庁舎を始めとする近代的なビルが立ち並ぶこの地区でもクリスマス・マーケットが開催。ほかのクリスマス・マーケットとの一番の違いは、世界中から商品が集まるロンドンにしては珍しく、同地区を拠点として活動する、食べ物、ファッション、土産物の店舗や業者が中心となってストールを出店しているということ。また本物のトナカイも登場。夜空の下でライトアップされたタワー・ブリッジの麓で、クリスマスの雰囲気をたっぷりと味わうことができるはず。

12月11日(水)~15日(日)
11:00-18:00
入場無料
More London Riverside, Tooley Street
London SE1 2DB
最寄駅: London Bridge
www.morelondon.com

キュー・ガーデンズ 大自然とアートと光の幻想的な光景
Christmas After Dark

Christmas After Darkユネスコの世界遺産に指定されている、ロンドン西部の巨大な植物園キュー・ガー デンズは、毎年冬になるとクリスマスにちなんだユニークな催しを開くことで知られている。今年の冬には、また新たな試みを開始。園内の湖沿いに英国人アーティストが製作したインスタレーション作品を並べ、日没後は約1.6キロに及ぶこの小道をライトアップする。冬の大自然とアートと光が融合した幻想的な光景は、ロンドンの新たな観光スポットとなるはず。食べ物のストール、メリーゴーランド、サンタ小屋、音楽の生演奏など、毎年恒例のアトラクションも充実している。

11月28日(木)~2014年1月4日(土)
16:30-22:00
£12.50(子供£8)
Royal Botanic Gardens, Kew, Richmond
Surrey TW9 3AB
最寄駅: Kew Gardens
www.kew.org

サウスバンク 多種多様なマーケットが目白押し
Southbank Centre Christmas Market

Southbank Centre Christmas Marketロンドン中心部を流れるテムズ河の南岸沿いで開かれるクリスマス・マーケット。巨大観覧車ロンドン・アイから多目的施設のサウスバンク・センター前まで続く道に約80軒のストールが並ぶ。また一日に2回、聖歌隊の合唱が披露され、無料で見学可。さらにウォータールー駅側の入り口前ではほかにもたくさんのマーケットを開催しており、甘党を惹きつける「チョコレート・フェスティバル」や各地の特産物ばかりを集めた「リアル・フード・マーケット」、さらにはデザイナー商品を集めたマーケットなどの企画が目白押しだ。

12月24日(火)まで
時間及び「チョコレート・フェスティバル」などそのほかのイベントの詳細は下記ウェブサイトを参照
入場無料
Southbank Centre
Belvedere Road, London SE1 8XX
最寄駅: Waterloo
www.southbankcentre.co.uk

ペッカム・ライ ストーリーが詰まったデザイナー商品が並ぶ
Crafty Fox Market

Crafty Fox MarketDJが奏でる音楽に耳を澄ませ、カフェで提供されるケーキを頬張りながら、デザ イナー・グッズの買い物を楽しむというユニークな趣向を打ち出すマーケット。しかもストールに並ぶのは、こだわりの品ばかり。70人に及ぶ英国人デザイナーがハンドメイドで制作した作品には、それぞれ創作のきっかけや制作の苦労といったストーリーがたっぷりと詰まっているのだという。デザイナー本人から指導を受けながらグッズ作りを体験できるワークショップに加えて、子供たちも一緒に楽しむことができる切り絵教室も開催される予定。

12月14日(土)12:00-18:00
入場無料
The Bussey Building, 133 Rye Lane
London SE15 4ST
最寄駅: Peckham Rye
www.craftyfoxmarket.co.uk

 

ロンドン・ジャズ・フェスティバル 2013

ロンドン・ジャズ・フェスティバル

今年も毎年恒例のロンドン・ジャズ・フェスティバルが開催される。
ロンドン各地の会場で多数の一流ミュージシャンたちが10日間にわたり演奏を披露するこのイベントは、今までジャズにあまり馴染みがなかったという人でも気軽に本物のジャズに触れることができる希少な機会だ。
そこで、ジャズ初心者向けのアドバイス付きで今年のフェスティバルにおける注目のラインナップを紹介する。
www.londonjazzfestival.org.uk

渋くて甘い歌声に酔いしれる
An Evening with Paolo Conte

11月16日(土)19:30 £10~40

An Evening with Paolo Conteイタリアの著名シンガー&ソング・ライターであることに加えて、ピアニスト、画家、弁護士としても活動するという特異な肩書きを持つパウロ・コンテ。古き良きイタリア映画のサウンドトラックとして流れてきそうな渋い歌声が特徴だ。甘美なメロディーに合わせて「ドゥ・ドゥ」とささやくスキャットが印象的な彼の「イッツ・ワンダフル」は不朽の名曲。

Royal Festival Hall
Southbank Centre, Belvedere Road
London SE1 8XX Waterloo駅
Tel: 020 7960 4200
www.southbankcentre.co.uk

初心者のための豆知識 ①

「ひょうたんから駒」のようなスキャット唱法

スキャット唱法は、20世紀を代表するジャズ・ミュージシャンのルイ・アームストロングが発明したとされている。レコーディングの最中に譜面を台から落としてしまった彼は、歌詞を覚えていなかったことから適当な歌詞とリズムで録音を続行。これが後にスキャット唱法として広まったという。

ブラス・バンドの演奏で盛り上がろう
Riot Jazz + The Comet is Coming

11月17日(日)20:00 £15

Riot Jazz + The Comet is ComingプランBやディジー・ラスカルなどといった英ヒップホップ界のアーティストたちとも数多くの共演を果たしているライオット・ジャズ・ブラス・バンド。マンチェスター出身のメンバーが編成するこのブラス・バンドが、ファンク、ソウル、ヒップホップなどをごちゃ混ぜにした音楽で盛り上げる。クラリネット奏者のシャバカ・ハッチングスが前座として登場。

XOYO
32-37 Cowper Street, London EC2A 4AW
Old Street駅
Tel: 020 7354 9993
www.xoyo.co.uk

初心者のための豆知識 ②

ジャズ独特のノリは「スウィング」と呼ぶ

1930~40 年に流行した、主に白人を中心に編成された大人数のバンドで演奏するジャズの形態が「スウィング・ジャズ」だ。またジャズ特有のいわゆるノリを「スウィング」と呼ぶ。ジャズの演奏中に身体が思わず動いてしまうようなリズムを感じたら、それがまさしく「スウィング」の正体だ。

グラミー賞3度受賞したベーシスト
Christian McBride

11月18日(月)・19日 19:15 £25~40

Christian McBride世界で最も権威ある音楽賞とされるグラミー賞を3回も受賞した超一流のベーシストが、クリスチャン・マクブライドだ。音楽の名門校ジュリアード学院を卒業し、40歳の時点で既に300以上の録音に参加、「最も多くの録音を行ったジャズ・ミュージシャン」との称号を得た売れっ子ミュージシャンの演奏を生で観賞することができる稀有な機会。

Ronnie Scott's
47 Frith Street, London W1D 4HT
Tottenham Court Road駅
Tel: 020 7439 0747
www.ronniescotts.co.uk

初心者のための豆知識 ③

ジャズを聴くならロニー・スコッツ

ロンドンで最も評判の高いジャズ・バーの一つが「ロニー・スコッツ」だ。1959 年に同名のテナーサックス奏者がつくったジャズ・バーで、一年を通して世界中からジャズ好きがこの場所を訪れる。高級感たっぷりの内装と考え抜かれた抜群の音楽環境は、ジャズ初心者の心を即座につかんでしまうはず。


英国ジャズ界の若手ホープ
Reuben James

11月19日(火)22:00 £12

Reuben Jamesバーミンガム出身、弱冠20歳のルーベン・ジェームズは、英国のジャズ界で神童扱いを受けている若手ピアニスト。ジャズ、ゴスペル、ヒップホップ、クラシック音楽を取り混ぜた独創的な演奏で知られる。海外での注目も高まっていることから、「606クラブ」のような小規模のジャズ・バーで彼の姿を見られるのも今後は少なくなっていくかもしれない。

606 Club
90 Lots Road, London SW10 0QD
Fulham Broadway駅
Tel: 020 7352 5953
www.606club.co.uk

初心者のための豆知識 ④

ジャズなら遅くからでも遊べる

ロンドンで夜に行われるエンターテイメントは、開始時間が6、7時というものが珍しくない。会社勤めをしている人が週日に遊ぼうとすると、ほぼ定時にオフィスを飛び出すことになる。一方でジャズ・バーは深夜まで営業している場所が多い。残業後や食事後に遊びに出掛けたいという人にもお勧め。


制約なしのアドリブによる競演
Brad Mehldau and Mark Guiliana:
Mehliana + Sons of Kemet

11月21日(木)19:30 £10~25

Brad Mehldau and Mark Guiliana: Mehliana
+ Sons of Kemet米ピアニストのブラッド・メルドーが、ドラム奏者のマーク・ジュリアナとコラボを行う。予め決められたルールなしに、アドリブを果てしなく続けるという形式で演奏を披露。ジャズをジャズたらしめているアドリブの魅力を十分に堪能できるパフォーマンスとなるはず。アフリカ・南米系の音楽を組み合わせた「サンズ・オブ・ケメット」とのダブル・ビル。

Barbican
Silk Street, London EC2Y 8DS
Barbican駅
Tel: 020 7638 8891
www.barbican.org.uk

初心者のための豆知識 ⑤

ジャズの魅力はやっぱりアドリブ

ジャズを特徴付けているのがアドリブ。予め決められた譜面に従って演奏するクラシック音楽とは違って、一定のルールに従いながら即興で作曲と演奏を同時に行う、というスタイルだ。アドリブが終わったら、たとえ演奏中でも拍手をしたり「イエー」と快哉を叫んだりするのがお決まりのパターン。

「プロムス」出演歴もある異才
Gwilym Simcock's Eurozonee

11月22日(金)・23日(土)19:30 £15
24日(日)20:00 £20

Gwilym Simcock’s Eurozoneロンドンで毎年夏に開催される音楽の祭典「プロムス」にも出演歴のあるウェールズ出身のピアニスト、グウィリム・シムコックが登場。大手ピザ・チェーン店「ピザ・エクスプレス」が所有するジャズ・バーで演奏を繰り広げる。複雑かつ高度な音楽理論を駆使して奏でられる彼のメロディーが、ピザが行き来する少々猥雑な会場に響きわたる、異色の音楽空間となるはず。

PizzaExpress Jazz Club
10 Dean Street, London W1D 3RW
Tottenham Court Road駅
Tel: 0845 602 7017
www.pizzaexpresslive.com

初心者のための豆知識 ⑥

ジャズはお酒や食事との相性がいい

クラシック音楽や演劇などにおいては、パフォーマンスの最中に物音を立てるのはご法度。だがジャズ・バーでは、飲食や、状況によっては談笑までもが奨励される。演奏中に自然発生的に生まれる拍手の音や、グラスにお酒が注がれる音までもがバック・ミュージックとなるのがジャズの魅力だ。

摩訶不思議な「禅ファンク」を奏でる
Nik Baertsch: Ronin + Trio Red

11月23日(土)20:00 £14.50~29.50

Nik Baertsch: Ronin + Trio Red「浪人」という日本語を名とするこのバンドは、過去に「乱取り」「非思量」といったタイトルのアルバムを発表し、CDのジャケットには葛飾北斎の浮世絵を使用するなど日本文化から多大な影響を受けているのだという。自らの音楽ジャンルを「禅ファンク」と表現する、摩訶不思議なバンドが今年のロンドン・ジャズ・フェスティバルに参加する。

Kings Place (Hall One)
90 York Way, London N1 9AG
Kings Cross & St Pancras駅
Tel: 020 7520 1490
www.kingsplace.co.uk

初心者のための豆知識 ⑦

ジャズは日本人の心性に合う

日本人のジャズ好きはつとに有名。ジャズの本場である米国のニューオリンズのジャズ・バーへ赴くと日本人ばかりだった、といった逸話はよく聞かれる。また世界のジャズ界において、日本市場が占める割合はかなり大きいのだとか。ジャズは日本人の心性に合う、ということなのかもしれない。

 

布袋寅泰 インタビュー 【後編】

布袋 寅泰 インタビュー
ロンドン公演 INFORMATION
HOTEI THE ELECTRIC SAMURAI

2013年11月9日(土)20:00
£20~34.72
O2 Shepherds Bush Empire
Shepherd's Bush Green
London W12 8TT
Tel: 0844 477 2000
www.o2shepherdsbushempire.co.uk
24時間チケットホットライン
Tel: 0844 338 0000
BookingsDirect.com



少し気が早いですが、布袋さんにとっての2014年の目標をお聞かせいただけますでしょうか。

まずは11月9日のロンドン公演が来年に向けての大きなスタート。今後はスイッチを切り替えて、色々な人とコラボレーションしながら自分の新たな可能性を探っていきたいな。また11月の公演は大きな会場で行われるのだけれど、来年は少し小さめのクラブとかライブハウスみたいなところをこまめに回りたいと思っているんだ。BOØWYの初期みたいに、目の前にいる聴衆の一人ひとりを納得させていくという努力をここロンドンでもしない限りは、本当の意味での成功にはたどり着けないと感じているから。また来年は音楽フェスティバルにも挑戦したい。


渡英してから一年が過ぎて、音楽に関する価値観に変化は生まれましたか。

考え方がすごくシンプルになったんじゃないかな。日本で自分が作った音楽を改めて振り返ってみると、音を詰め込みすぎているような、色彩を使いすぎているような、ともかく装飾過多に感じてしまう。英国の音楽シーンはリズムやベースがもっとずっとシンプルで、音楽の骨格の部分が響いてくるよね。それは一つひとつの音を大切にしているということでもあるんじゃないかな。日本だとどうしても完璧な形に仕上げたくなるというか。音楽に限らず、製品全般にわたって言えることなのかもしれないけど、英国だと何か買うとその容器の蓋が開かなかったりするじゃない。でもそれでも日常生活を送る上では大きな問題とはならないんだよね。音楽の話に戻ると、装飾し過ぎてしまうと根幹にあるスピリットやメッセージみたいなものが遠のいてしまう危険があるから、ロンドンで音楽活動していく上ではよりシンプルに、よりダイレクトに、という方法を取らないと勝てないと思うんだ。



11月9日のロンドン公演はビジュアル・アートと連動させた構成になるとうかがいましたが、こうした他分野との融合は今後も続けていくのでしょうか。

このアイデアはさらに深めていきたいね。最近は日本の殺気立つような美しさというのを伝えていきたいと思うようになってきたんだ。音楽だけではなくて、日本の現代アートやファッションを自分のステージで具現化することによって、欧米の人たちの想像力を掻き立てることができたら、と考えている。

あと僕は映像的な音楽がもともと好きだったから、そうした方向性が自分の武器にもなり得ると思う。今後は様々な人とコラボしながら、たくさんの人たちに僕のステージに上がってもらって、クールを超えた「ホット・ジャパン」を目指したい。最終的には、それがHoteiという名のチームによるエンターテインメントとして完成できればなあと。大きなものを表現するときは、俯瞰的に視点を広げて、学び、そして演出していくっていう力も必要になるだろうから。

一方ではギター、ベース、ドラムだけで演奏するシンプルな音楽の生々しさにも惹かれていて、その両方からたくさんのヒントを得られるのではないかなと思っているところ。ミュージシャンとしては、音がさびないように常に演奏していたいし。

「ジャパン祭」でのステージ
10月5日に行われた「ジャパン祭」において、
トラファルガー広場の特設ステージで演奏を行う


最後に在英邦人の皆さんへのメッセージをいただけますか。

まずは、こちらにいる先輩方に対しては新参者ですけどよろしくお願いします、という気持ち。あとは皆さんと同じく、僕もこの英国そしてロンドンという街で暮らしながら色々なことを感じていますという報告というか。アーティスト、会社員、学生、父親、母親と立場がそれぞれ違っても、ロンドンという街を通して日本とは違った世界に触れながら、日本人としてのあり方みたいなものを日々感じながら生きていくという姿勢は変わらないんじゃないかな。そこには苦しみもあれば喜びもあって、こうやって晴れの日もある、雨の日もある、同じ空の下で頑張っている、言わば同志。同志がいるという事実が僕にとっての支えになるし、逆に僕ができることは数少ないかもしれないけれど、できることがあるのだとしたら何らかの形で伝えていきたいと思う。

先日は娘が通う日本人学校で講演会をさせていただいて。あとはその小学校で交通整理の当番を受け持ったなんてこともあったな。生徒の両親が順番で担当することになっている当番で、「まさか布袋さんは……」みたいなことも言われたけど「いえ、やりますよ」って。僕が交通整理していたら、「あっ布袋寅泰だ!」と止まってしまった運転手の方に「危ないですから止まらないでください」と言いながら誘導したりね。

ライブを行っているときはステージの上に立つミュージシャンとして活動するけれど、それ以外のときは一人の日本人として同じように接していただけたら、というのが僕の願い。ロンドンの街でもし会ったら気軽に声を掛けてほしいとも思う。在英邦人の皆さんとは絆のようなものを感じるから。自分が皆さんに対してそう感じているように、皆さんにも布袋という人間を英国で暮らす日本人の同志として感じてもらえたらとてもうれしい。


布袋寅泰(ほてい・ともやす)
1962年2月1日生まれ。群馬県出身。1981年にロック・バンド「BOØWY」のギタリストとしてデビュー。1988年の同バンド解散後はソロ活動を本格化。クエンティン・タランティーノ監督の映画「キル・ビル」のメイン・テーマとなった「BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」は、英国のiTunes Storeの音楽部門で1位を獲得したほか、欧州サッカー連盟の入場テーマに使用されるなどして世界的なヒット曲に。2012年8月より家族とともにロンドンに移住した。 www.hotei.com


 

是枝裕和監督 インタビュー

是枝裕和監督インタビュー

あらすじ
出生時に病院で子供を取り違えられていたことに気付かぬまま、それぞれの暮らしを営んできた2つの家族。事態の発覚後、それぞれの夫婦は6歳になるお互いの息子を交換することを選ぶ。家族を結び付けているものは、果たして血のつながりか、ともに過ごした時間なのか。

出演: 福山雅治、リリー・フランキー、尾野真千子、真木よう子ほか


欧州では血縁のない親子関係が日常的


最新作「Like Father, Like Son」について、国内外で目立った反応の違いはありましたか。

カンヌやロンドンの映画祭などに取材に来る方たちの中で、実際に養子を育てているとか、父親と血がつながっていない、という方がすごく多くいらしたことには驚きました。欧州においては、血縁のない親子関係というのが日本に比べるとはるかに日常的なのではないかと感じています。

本作品の中では、自身が敷いたレールの上を歩むよう息子に求める主人公と、子供の思いに受容的であろうとする別の登場人物との対比が鮮明に描かれています。映画監督として、ご自身はどちらのタイプに似ていると思われますか。

受容的であろうとする方です。というか、僕はその方法しか取ることができません。号令をかけて、自分のイメージ通りに他人を動かすという演出方法を持ち合わせていないんですよ。そうした方法とは違う映画監督のありようを自分なりに模索した結果、現在の形にたどり着きました。

もちろん、準備を周到に行うよう努力はします。ただ、準備したものを捨てるべきときには潔く捨てる。現場でもっと面白いものが見つかったときには、躊躇なく後者を選ぶようにしています。自分のイメージに凝り固まらずに、現場においていかにスタッフやキャストから出てくる表現をすくいとれるか、というのが大きなテーマとなりますね。用意したセリフを役者が上手く言えなかったときに、上手く言えない役者が悪いのではなく、セリフに何か問題があるのではないかという風に考えることが大事。特に相手が子供の場合は、「じゃあ、どういうセリフだったら自然に言えるんだろうか」と考える作業を徹底的に行います。結局、お客さんに観ていただくのは僕が書いたセリフではなくて、役者さんが口にした言葉なので。

脚本を書く最初の段階では、旅館に篭って執筆作業を行います。ただ、それで書けるものというのはたかが知れていて。その後にキャストに会って、彼らが実際に発する声を聞きながらリライトしていきます。言い換えるならば、役者さんの観察ですね。あとは自分の頭の中に蓄積された記憶に耳をすませる作業も重要。この「テーマに関するリサーチ」と「観察」と「記憶」の3つを組み合わせながら映画作りを行います。

「そして父になる」を邦題とするこの映画が、英題では「Like Father, Like Son」となった経緯を教えていただけますか。

タイトルに関しては最後まですごく悩んだんですよ。30ぐらい候補を考えて、撮影を開始した時点でもまだ決まっていませんでした。そのうち助監督が「Like Father, Like Son」という英語のことわざを見つけてきてくれて。このフレーズの中に「父」と「子」が両方とも入っているので「あっ良いタイトルだな」と。実は撮影現場で使用した脚本には「Like Father, Like Son(仮)」とタイトルが書かれているんですよね。だから自分としてはむしろオリジナル・タイトルが「Like Father, Like Son」です。その後、日本における国内タイトルが「そして父になる」へと変わった、という感じでしょうか。国によっては「そして父になる」の直訳版をタイトルとして使用する国もあるので、今ではどっちもありだなと思っています。


「何が求められているか」と考えながら発想したものは尊敬されない


「Like Father, Like Son」がカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞したように、是枝監督の作品は日本国内にとどまらず海外でも高く評価されています。海外での評価を視野に入れた上で作品作りを行っているのでしょうか。

作品作りにおいては海外向けの工夫って別にないんですよね(笑)。ただ各国の映画祭にはできる限り自分自身が赴くようにはしています。外国語をろくに話すこともできないのにこんなこと言うのも恥ずかしいんですけれどもね。

例えば5年前に「歩いても 歩いても(英題: Still Walking)」という非常に個人的な体験を基にした作品を作りました。私自身の母親が亡くなって、「うわあ、色々なことが間に合わなかったなあ」と思って作り始めた作品です。後悔の気持ちを抱えながら脚本を書いたので、映画ができあがって、こんな個人的な映画を他人に見せていいのかなと自分でも感じたくらい。フランス人のエージェントに見せたら、「国内向きすぎる。あまりにローカル。欧州では理解されないと思う」と言われたんですよ。私も確かにそうだな、と思っていました。ただ実際に上映してみたら、色々な国で「なんでお前、俺の母親のことを知っているんだ」って言ってくれる人がたくさんいたのです。映画の登場人物が自分の母親と同じだって。そのときから、何が海外向けで何が国内向けだなんてことを作り手が考えて、観客を操作しようとしても意味がないなと。あの一本を撮ったことで「今、自分に一番切実な問題を深く掘り下げていくことで十分」という風にスタンスが変わりました。「何が求められているか」「何が日本的か」「欧州に求められる日本像とは何か」という発想で作ったものは、尊敬を得ることができないのではないかなって僕は思いますけどね。


「Like Father, Like Son」
「Like Father, Like Son」の撮影現場での是枝監督(写真右端)。
子供を取り違えられていたことが発覚し、悩む父親を
福山雅治(同左端)、母親を尾野真千子(同中央)が演じる


是枝 裕和(これえだ ・ひろかず)
1962年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒。テレビ番組制作会社に入社後、主にドキュメンタリー番組の演出を手掛ける。95年に「幻の光」で映画監督デビュー。2004年に公開された「誰も知らない」は、主演の柳楽優弥がカンヌ国際映画祭の最優秀男優賞を史上最年少で受賞した。最新作「Like Father, Like Son(邦題: そして父になる)」は今年のカンヌ国際映画祭における審査員賞受賞を始めとして、海外でも高い評価を得ている。

 

布袋寅泰 インタビュー【前編】

布袋 寅泰 インタビュー
ロンドン公演 INFORMATION
HOTEI THE ELECTRIC SAMURAI

2013年11月9日(土)20:00
£20~34.72
O2 Shepherds Bush Empire
Shepherd's Bush Green
London W12 8TT
Tel: 0844 477 2000
www.o2shepherdsbushempire.co.uk
24時間チケットホットライン
Tel: 0844 338 0000
BookingsDirect.com



去る10月5日にロンドンのトラファルガー広場で開催された「ジャパン祭」でのライブ出演が話題を呼びました。

毎年大盛況のジャパン祭に参加することができて、とてもうれしかった。トラファルガー広場という言わばロンドンという街を象徴する場所で、まさか自分が演奏する機会に恵まれるとは思っていなかったしね。今回は、ロンドンで活動しているマルチ・ミュージシャンの廣田丈自氏と一緒に映画「キル・ビル」のテーマ・ソングである「BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」を少し長いバージョンで演奏したんだけれど、僕のモダンなビートと廣田さんが率いるチームの和太鼓という組み合わせは、トラファルガー広場に来てくれた聴衆の皆さんの耳には新鮮に響いたんじゃないかな。

「BATTLE-」という曲は去年のロンドン公演で演奏したときも、コンサートが終わった後に現地の方から、あの曲のカバーもしていたんですね、みたいなことを言われちゃって。お陰様であの曲自体は広く知られているのに、僕自身が作曲して、そして演奏しているということを知っている人は英国そして欧州では非常に少ない。一方で、世界の人々に向けて自己紹介代わりに演奏できる曲を持っているということは非常に心強くもあるんだけれども。


昨年12月に行われたロンドン公演には、日本からはるばる渡英した方から在英邦人、英国人まで、様々なファンが集いました。

あのライブに来てくれた観客の皆様には心から感謝! 英国のメディアや音楽関係者に自己紹介するための場でもあったので、たくさんの観客が声援を送ってくれたことで熱狂的なステージとなり、そうした関係者に向けての絶好のアピールになったという意味でも本当に有り難く思っている。結局、どこの国の生まれの人であろうと、僕の音楽を聴いてくれる大切な聴衆であることには変わりないわけで、誰に来てもらっても感動してもらえる音楽を演奏することの大切さを再認識する機会にもなった。


そして今年もロンドン公演が開催されることになりました。11月9日に行われるこの公演についてお聞かせください。

今回のステージは、昨年のものとはガラリと変える予定。ステージには階段状のスクリーンを配置して、そこに何百匹もの鯉や墨絵やそのほかのジャパニーズ・アートを映し出していく。また今回の衣装を担当してくれるのは、世界的デザイナーのヨージ・ヤマモト氏。ビジュアル・アートとファッションと音楽を組み合わせることで、言語の壁を超えるような内容にしたい。さらにコンサートの模様を日本へテレビ中継し、あとはYouTubeを通じて全世界へと届けるつもり。

そして肝心の音楽について言えば、演奏曲の半分以上がいわゆるインストルメントで、つまりは歌がほとんどない。自分の一番の武器であるギターをメインとするためで、今回はマイク・スタンドとはちょっと距離を置いて、思い切り自由になってみたい。以前から僕の公演を観続けている方にも、「初めて観る布袋」と受け止めていただけるんじゃないかな。

「ジャパン祭」でのステージ
10月5日に行われた「ジャパン祭」でのステージ。
廣田丈自氏らが演奏する和太鼓とのコラボレーションを行った



布袋さんが英国に移住してから、早一年が経過しました。

アーティストとしてだけではなく、一人の人間として、また一緒に渡英した家族にとってもすごく大きな一年だった。その間にロンドンの四季を感じて、厳しい冬、そして今年特有の燦々(さんさん)とした眩いばかりの夏を過ごして、もっともっとロンドンが好きになった。何事もほぼ完璧に管理された東京での生活に比べて、ロンドンは不便で思い通りにいかないことも多々あるけれども、そうした不便さと向き合うときに、これまで忘れていた人間らしさのようなものを感じながら、そうした瞬間を楽しむ余裕も少しずつできてきた、というところかな。


英国のメディアから取材を受ける際には、布袋さんご自身が英語で対応しているとうかがいました。布袋さんの英語のインタビューがBBCで放送されたりもしましたね。

全くもってお恥ずかしい姿なんだけどさ。もどかしいし、お恥ずかしいし。でも多少の恥をかいてでも経験するってことが、こちらに来た理由でもあるので。ただ拙いながらも、言いたいことは相手には伝わっているのではないかな。自分の英語には全く自信がないんだけれども、通訳を通してしまうと伝えきれない部分がどうしても出てきてしまう。意思までを通訳するのはやっぱり難しいしね。僕にとっては失敗するチャンスがまだ残されているというか、今だったらまだ英語に関しては初心者っていう言い訳もきくし、あとは失敗っていう経験がまた僕に勇気を与えてくれるとも信じているし。失敗するというプロセスを経ないで他人任せにしてしまうと、渡英するに際して自分に課した挑戦の精神に反してしまうことになる。本当に小さなことだけど、なるべく自分でできることは自分でやるようにしているんだ。
(次号に続く)

布袋寅泰(ほてい・ともやす)
1962年2月1日生まれ。群馬県出身。1981年にロック・バンド「BOØWY」のギタリストとしてデビュー。1988年の同バンド解散後はソロ活動を本格化。クエンティン・タランティーノ監督の映画「キル・ビル」のメイン・テーマとなった「BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」は、英国のiTunes Storeの音楽部門で1位を獲得したほか、欧州サッカー連盟の入場テーマに使用されるなどして世界的なヒット曲に。2012年8月より家族とともにロンドンに移住した。 www.hotei.com


 
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